(9) 花のアグリジェント

 パレルモからシチリア島を縦断して南海岸のアグリジェントまでは、バスで3時間程度だ。島内の高速道路は快適でよく整備されているから、朝バスに乗れば昼にはアグリジェントにつく。そしてのんびりと途中の景色を眺めて楽しむことができる。

シチリアの緑野

 パレルモ市内を出て少しすると、険しかった山肌の表情が次第に和らぎはじめる。遠くまでゆるやかに波打つ丘と大地は、雄大としかいいようのない形を作っている。島なのに大陸よりもおおらかな風景に恵まれるのは、不思議な気持ちがする。斜面は背の低いオリーブの木々、オレンジの木、サボテン、遠目には桜にそっくりなアーモンドの木々などが並びはじめる。景色はやがて、遠くを横切る山脈まで続く緑野の絨毯、そして花に囲まれることになる。

 シチリアの2月は美しい。

 牧草は青く丘陵を覆い、野草は白や黄色の花をつける。そこここに花咲くアーモンドの樹々は満開の桜を思わせる。地中海性気候は冬に雨をもたらし、夏の間に枯れていた草木を生き返らせる。サボテンでさえ、真っ赤な実を結ぶ。

アーモンドの樹の花とサボテン

 高速道路は大地にそってうねりながら進む。それにしても、イタリア人が道路を造るときには、わずかな大地の窪みにも必ず橋脚をつけて勾配をなだらかにしたがるのが面白い。まるでローマ水道のようだ。大規模な土木構造物が好きなのはローマ時代以来の血なのかもしれない。

 やがて、丘陵線の上に長方形の建物が大小並び立つ、クレーの絵みたいなちょっと奇妙な光景が見えはじめる。アグリジェントについたのだ。この街は海を見下ろす丘の稜線にそって細長く連なっている。

丘の上のアグリジェント

 バス停を降り、町の中心街にでて、さっそくインフォメーションにいって宿を探すつもりだったが、昼休みで閉まっている。仕方がないので小さなトラットリアを見つけて昼食。ここで珍しく羊を見かけたので家内が食べたが、ほんとに今回不思議だったのは、肉といえば牛肉ばかりで羊がなかったこと。ぼくらは羊が好きなので、シチリアみたいに大地に近く牧畜が多い暮らしをしているところでは、どこでも食べられるだろうと思っていたのが、おおいに当てがはずれてしまった。

 結局インフォメーションは地図を入手する以外あまり役にたたず、日本から持っていったガイドブックにのっていた宿に電話をかけて決めた(二つ星)。家内は荷物を引きずってのバス旅行が疲れたらしく、午後は部屋で寝ているという。たしかに宿の予約もなしに初めての街に飛び込むのは、結構精神的に疲れるものだ。家内が休んでいる間に街を散歩してみた。小さいが、活気があって気持ちのいい街だ。店々のウィンドウも気が利いている。観光で食べているわりには、いや味やスレたところがない。

 夕方なんとか元気を取り戻した家内と街を散策し、通りを少し入ったトラットリアで夕食(それにしても今回はほとんどトラットリアばかりでリストランテはめったに入らなかった・・・懐具合がしれようというもの^^;)。魚料理が旨い。

 この晩は、ちょうどフェスティバルにあたったため、目抜き通りをフォルクロア・パレードが繰り出していた。通りには頭上に赤・青・様々な色の電球がつるされ、夢のようなイルミネーションで飾られている。見物客の中を、中世風の衣装を着た人たちが次からつぎへと自分たちの氏族の紋章や旗印を掲げて進むが、どれがなにやら、説明がないので異邦人にはさっぱりわからず、残念残念。

 しばらく見物した後、お菓子屋兼カフェーにはいる。南国で、宮廷のあったところはお菓子が発達するらしく、パレルモもお菓子屋さんが多かったが、アグリジェントも質では負けていないようだ。ここで食べた「キャキャ」というお祭りのお菓子がとても気に入った。アーモンド粉と小麦粉を薄く練って延ばして揚げたものらしく、ポテトチップのような形だが褐色で飾り砂糖がかかっている。軽くておいしい。店の主人はマルタ島出身だといっていた。そういえば、ヨハネ騎士団の要塞マルタ島もシチリアから船ですぐのところにある。チュニジアだって遠くない。

 ぼくらはもう、地中海の南岸近くに来ているのだった。