(6) パレルモの喧噪

ナポリからシチリアの州都パレルモに行くには、陸・海・空の三つの手段がある。鉄道は南イタリアではひどく時間がかかるので、パス。ナポリを夜出航して、朝パレルモに入港する船に、本当は乗りたかったけれど、体力のない家内には船の夜旅はちょっと無理なので、これも涙をのんでパスし、飛行機でイタリア本土を飛び立つことにした。

それにしても、地中海の夜の船旅というと、とってもロマンチックな気がするのはなぜだろう。オホーツク海や東シナ海では、とてもここまでイメージが盛り上がるまい。地名の喚起する幻影って、結構いいかげんなものだ。まあ、ぼくら夫婦は地中海世界が好きなのだということにしておこう。

飛行機で降り立ったパレルモ空港は、なんとなくアメリカ西部の田舎の空港を思わせた。周囲の山脈は乾いた山肌をさらし、ロビーでは麻薬犬をつれた兵士が銃をぶら下げて警戒している。

規定料金のタクシーで市内にむかう。中心部でおりてインフォメーションをまず探し、宿を紹介してもらう。宿に荷物をおいて、さっそく市内観光に出発だ。

パレルモは旧市街と新市街から成り立つ町だ。新市街は完全にモダンな現代ヨーロッパの街並だが、名所旧跡は煤けて古びた旧市街に集まっている。旧市街の中心、クアトロ・カンティ(四つの歌=四つ辻に向かう4つの建物が美しいのでこう呼ばれた)など、もっときれいにしておけばずっと見事だろうになあ。

ノルマン様式で名高い宮殿(現在は州政府がつかっている)に歩いて向かううち、次第にまわりの道路を行く自動車の喧噪がひどくなってきた。車が数珠つなぎになって、その渋滞の車がみなクラクションを鳴らし続けているのだ。どうやら突発的なアクシデントがあって、市内の交通路が一部止められたためらしいと後でわかった。しかし、クラクションというのはハンドルやギアやペダルと同様、車の運転の必需部品らしい。これがシチリア流というものか。

ノルマン王宮の列柱ノルマン王宮の列柱

ノルマン・アラブ様式の古い教会を見て回った後、棒になりかけた足を引きずって、大学近くのトラットリアで夕食にする。ステーキを頼むと、牛肉の塊をぽんと焼いて、つけあわせはレモンの半切りだけというシンプルさ。うーむ。地場の白ワインは酸味の強い、さっぱりした味。塩味と酸味、これがシチリアの新鮮な素材とあわさって、素朴で力強い料理を作り上げるらしい。

ところで、選んでもらった宿は失敗だった。部屋は白壁で天井がやたらと高く、暖房がなくて、おまけに毛布も薄いものが1枚だけ。さすがに2月なので夜中は猛烈に寒いのだ。家内の喘息が再発しかねないので、翌日ほうほうのていで逃げ出す。若いつもりで一つ星の宿など選んだのが馬鹿だった、と反省する。

つづく