(7) 美をめぐるお散歩

翌日、100mほどはなれた二つ星のホテルに移動する。暖房がこれほどありがたかったことはない。いくらシチリアはアフリカのすぐ隣りといっても、寒いときには寒いのだ。女の人たちはみな毛皮を着て歩いている。ぼくらも外出の時はオーバーをもって歩いた。

ホテルのとなりが植物園なのでのぞいてみた。パレルモ大学の施設らしく一応管理が行き届いている。この中は町の喧噪も遠ざかり、のんびりするにはいい場所だ。ただし午前中しか開いていないのが欠点か。サボテンなど、南国の植物が多く集められている。寒いヨーロッパ本土からの旅行者などは珍しさに感激するかもしれない。

その足で、シチリア地方美術館に行く。ここは古い修道院を改装したものだが、石の壁に木の階段でも、ほこりくささや寒々しさを感じさせない。照明やディスプレイが非常にうまいからだろう。展示品は中世から近代まで広い時代にわたってシチリアの画家・職人たちがつくった作品を展示してある。有名な作家はほとんどないが、どれもレベルの高いもので感心する。「受胎告知」や大作「死の凱歌」などすばらしい。こうして通史的に見ることができると、美の様式の変遷や混合、宗教性との関係などいろいろなことを考えさせてくれる。小味だが行ってみる価値のある美術館だ。

ナポリの美術館もたしかに素晴らしかったけれども、ちょっと広すぎて順路がわかりにくく、足がくたびれた。コンパクトで、密度が高く、そして動線の明確な方がぼくは好きだ。

といえっても、ナポリの美術館ではポンペイの遺跡から出土した絵画が素晴らしく、これももちろん価値のある所ではあった。あるポンペイの絵を見ていて、家内が「あ、この構図、トスカーナのルネッサンス絵画によくでてくる構図じゃない!」と叫んだが、本当にいたリアの美術というのは、すごく連続性のあるものだという感じを受ける。有名な、振り向く女性の肖像とか、あるいは輪になって踊る女性たちの絵とか、作者の名前も定かではないが、その活き活きとした美しさには本当に感動した。

まあ無名といったって、シチリアの画家たちも同じで、有名・無名は作品が美術市場を多数出回るかで決まるようなものだから、建物から動かせない作品をつくる人々が無名なのはむしろ当たり前かもしれない。

昼食はこぎれいなトラットリアに入り、好みで前菜を大皿からとって食べる。浅井や魚介などの素材をオリーブ油・香草・トマトなどで和えただけだが、どれもしっかりとした味で美味しい。パスタもよかった。ただ、なぜか食後の珈琲が店にない。昼過ぎになるとシェスタで街はすっかり閉まってしまうので、ようやく小さなバールを探して珈琲にありつく。

つづく