(8) モンレアーレの黄金の雨

その日の夕方から降りはじめた雨は翌朝になってもときどき降り続けた。薄寒い空の色の下、パレルモ駅前から8番の郊外バスをつかまえ、ぼくらはモンレアーレに向かった。

モンレアーレはパレルモからバスで30~40分ほどいったところにある、古い寺院の街だ。山間だが、終点につくまで道の両側には人家が絶えず、パレルモが大都市であることを感じる。

モンレアーレの大聖堂にはいると、中は薄暗く、目が慣れるまで少しかかる。薄暗いのは、外の天気のせいもあるだろうが、なにより聖堂の天井が遥かに高いためだ。そしてその天井から壁面にかけて、見える限りのすべての面が、ビザンチン様式の金のモザイクで埋め尽くされている。聖堂の幅は40mで長さは100m、このゆったりした空間のすべてが重い金色だ。目が慣れてくるにつれ、その巨大な規模と細かな精密さは金色の霞のように強い印象となって降りかかりはじめる。

柱廊の間をゆっくりと歩く。すると聖書の物語も歩くごとにひとつひとつ場面が変わり、人間と神との相克や和解の歴史が進んでいく。とくに丸いアプシスにある巨大なキリスト像は圧巻だ。周囲はギリシャ的な装いの天使たちが取り巻く。聖句もすべてギリシャ文字で書かれている。これはビザンチン帝国から雇われてきた職人たちの腕になるためだろうか。

モザイクのキリスト教美術では、イタリア中部ラヴェンナのモザイクが最も有名で、事実ひじょうに素晴らしい。ただラヴェンナではいくつかの教会にわかれて描かれているのに対し、、このモンレアーレでは集中している点で見事だ。もう一つの違いは、ラヴェンナでは明るい、陽の光にも似た無重力的な恩寵を感じさせるのに対し、ここにあるのは宿命にも似た秩序感の美学だということだ。

Monreale 2

それにしても12世紀にこれだけの大伽藍を築くことのできたシチリアという国にはつくづく感心する。北方の国々でゴシックの大聖堂が建設されるのはようやく14世紀を過ぎてからのことでしかない。当時のキリスト教世界では、おそらく最高峰と呼ぶべきだろう。そして当方世界との結びつきは、ノルマンの侵入とあわせて独特な文化の標高をつくり上げている。王宮のパラティーナ礼拝堂のモザイクも、このモンレアーレのモザイクに規模こそ及ばないが、密度の点では引けを取らない。

とにかく、パレルモに行く人はぜひモンレアーレを訪れるべきだ。これを見るために、これを見るためだけでも、シチリアには行く価値がある。

Monreale 3

聖堂の横に、塔に上がるための入口がある。狭い階段を身をかがめるようにして通り抜け、屋根の上の通路を通って最上段の見晴らし台に立つことができる。塔の上に立つと、モンレアーレからパレルモに向かって開けたなだらかな盆地が見渡せる。「黄金の盆地」と呼ばれる実り豊かなその地面は、その日、霧雨にけぶっていた。

昼食は町の小さなピッツェリア「ペッピーノ」で食べた。この店で食べたパスタは、シチリアの他のどの店で食べたパスタよりも美味しかった。

つづく