海の向こうで戦争がはじまる(2002/12/05)


ロジスティクスという言葉で、ひとが連想するものはさまざまだろう。大規模物流センター、倉庫に積み上がった物資の山、工場の入荷ライン、生産計画のガントチャート、行き交う大型トラック、等々。

しかし、私の場合、その言葉を聞くとすぐに、一枚の船の設計図が目の前に浮かび上がってくる。大きくて精緻な船の中の、機能配置図だ。それはカリフォルニアの医療コンサルタント・オフィスの壁に、ピンで止めてあった。別件でそこを訪れた私の質問に対し、相手の一人は、「それは病院船の基本設計図だ」と答えた。ペルシャ湾に派遣される米国海軍の一部だ、と。1991年、湾岸戦争の起こった年のことだ。

病院船。うかつにも私は、それまでそういうものが存在することも、それが海軍の艦隊の一部をなしていることも知らなかった。無論、ちょっと考えてみれば分かることだ。兵隊を前線に送るとき、医薬品や医療器具も当然、武器弾薬などの補給物資と一緒に送られなければならないことを。それが『兵站』の、ロジスティクスの必須の一部である、ということを(「ロジスティクスと兵站の間」参照)。

とうぜん、そのような『病院船』の基本設計から発注、竣工までどれほどの時間がかかるのかも容易に想像がついた。海の向こうで戦争を始めるには、病院船がいる。その調達は、兵站のスケジューリングの重要な対象だ。そして、そのとき初めて、彼らがどれほど周到に時間をかけてあの戦争を用意していたかを知ったのだ。

米国を旅したことのある者は、その広大さに強く印象づけられる。端から端まで、昼に夜を次いでどんなに急いで車を飛ばしても、4日はかかる。開拓時代の馬車では言うに及ばず、だ。私は今この文章を出張先であるパリのホテルで書いているが、ヨーロッパ半島は広いとはいえ、つくづく凋密な場所だ。米国の空漠さは、こことは比べものにならない。だから補給はつねに米国人の主要な関心事だった。彼らの軍隊組織や行動規範はイギリスやオランダの海軍から学んで受け継いだ要素が多いが、兵站の計画性に関しては米国がもっとも徹底している。

その彼らが、周到に準備した湾岸戦争で、ねらったのは何だったか。私はつい最近、あるスリランカ人のIT技術者と話したが、彼は昔イラクで働いた経験があった。あそこは美しい国だ、と彼は言う。そのイラクで彼が従事した、当時世界最大規模を誇った肥料プラントは、“化学兵器工場の疑いがある”という理由で、米軍により爆撃で完全に破壊された。そのTV映像を国外で見ながら、彼は自分の仕事の成果が灰燼に帰する様を悲痛な思いで眺めたという。

無論、米国の言い分は正しかったのかもしれない。だが、似たような経験をしたのは彼ばかりではない。破壊されたクウェートの製油所は、われわれ日本人が設計し建設したプラントだった(あえて言うが、日揮が、だ)。それが戦争でこわされたあと、大規模補修工事を受注したのは全てアメリカの会社だった。どこをどう直せばいいのか、一番よく知っているのは我々日本企業だった。しかし復興需要をエンジョイしたのも、そのあとの石油利権を独占したのも、軍隊を派遣した米英なのだ。しかし、その金は誰のふところから出たものだったか?

「日本の失われた10年」、という言葉がある。その10年の始まりはいつか。皆、それは地価が下り坂になりはじめた90年頃だと思っているらしい。私の見方は、違う。それは、日本政府が米国の言うなりに巨額の金を払って、当事者としての政策も見識もないことが世界中に暴露された湾岸戦争の時からなのだ。

湾岸戦争とは何だったのか。それを皆、まじめに考えたことがあるだろうか。湾岸戦争が何だったのか、それが日本の知的状況の中でいかに総括されているか、知りたかったらYahoo!やAmazon.comにいって調べてみるといい。恐ろしいほど貧寒な状況が分かる。見つかるのは、9割がた、軍事オタクのための情報だ。はっきり言うが、クズばかりだ。

海の向こうで再び戦争が始まるかもしれない。戦争をしたがっている連中が、両側にいるからだ。ここヨーロッパでは皆すでにかなり緊張している。しかし、有事のとき、20兆円を超える戦費の支出が予想されているときに、日本にいくらのツケが回されてくるのか、日本人はなぜ考えないのだろうか? 日本が曲がりなりにもよって立っている製造業は、ほとんどが平和の配当で食っている業種ばかりだ。それがどれだけの打撃を受けるのか、だとしたらどう防ぐべきなのか、他の誰が考えてくれるのだろう? 形ばかりの戦艦派遣の論議を、うれしがってやっている時だろうか?

ストラテジーだとか、リスク・マネジメントだとか、空疎なカタカナ文字を並べる暇があったら、本当にこの先について真剣に考えた方がいい。この国の戦略を、では無論ない。私は政治家ではないし、あなたも(たぶん)政治家ではないだろう。考えるべきは、自分の自由度と責任の範囲で選べること、つまり自分の仕事のことだ。もし戦争が起こったら、この先どうなるのか。その範囲と期間によって、どう影響が広がるのか。自社の製品にとって市場の需要はどうなるか。原料資材が入手困難になったり、燃料費が高騰したらどうするのか。

考えるべき課題はたくさんある。不確定要素も山ほどだ。無論、何も起こらないかもしれないし、何も起こらぬ事を私は強く望んでいる。ただ、ひとつだけ確かなのは、どれほど困っても、我々の政府はほとんど何の助けもしてくれないだろう、という事だ。自分たちで考えなければ、誰もかわりに考えてなどくれないのだ。