理系も文系も、INCOTERMS(取引条件)を理解しよう
ある工場の出荷場にて
工場の出荷場に立って、作業を見ていた。大小さまざまな形状の部品を扱う、金属系の機械部品メーカーの工場だ。製品(部品)は不定形で、いわゆる1-1パレットの正方形の上に置くと、大きくはみ出すようなものもある。平板状の物も多いが、金属だから重量がある。そうした製品が、出荷場の荷さばきスペースに多数、並べられている。製品にはそれぞれ、紙の現品票がついていて、一応、出荷先毎に仕分けてパレット化してある。
見ていると、若いオペレーターが電動フォークリフトに乗って、実に機敏に、かつ器用にパレットをすくっては、外に搬出して出荷用のトラックに乗せていく。ウィングを跳ね上げた大型トラックの荷台に、うまく向きをそろえながら、パレットを効率よく並べるのだ。平板状の製品は、数パレットを上下に重ねたりする(それを想定して、製品の上にはクッション用の梱包材が載せられている)。
胸のすくような、その働きざまを見ながら、「日本の工場の現場って、頭が良くないと働けないな」と思う。だって、みんな不定形なのだ。それを、どういう順序でどう並べると、限られたスペースに沢山積み込めるか、頭の中でパズルを解きながら進めていく。しかも頭の良さだけでなく、フォークリフトの運転は、運動神経的なセンスも必要だ。自分ではとても、工場には務まらない、と思った。
工場をマテリアル・マネジメントの場ととらえる
見ながら、あらためて、工場の一番の課題はマテリアル・マネジメントだな、と考えざるを得なかった。いわゆる4Mと呼ばれる要素、つまりMachine(機械)、Material(物品)、HuMan(働く人)、そしてMethod(方法)が、製造現場のコントロールの主要な対象だ。このうち、Machine(機械)は大小さまざまだが、位置は据付で変わらないものが多い。人は、自分で動くし性格も多様だが、名前と意思とコミュニケーション手段(言語)をもつ。Methodも標準作業手順書(SOP)などの形にそろえることは可能だ。
しかしMaterialだけは、形も大小さまざま不定形で、位置も変わるし、名前も(必ずしも)ないし、コミュニケーションどころか識別の手がかりさえ薄弱だ。4Mの中で、一番、難しい。なのに、そのマテリアルを産出するために、工場は動いている。どう識別し、どう定位し、どう動かし、どう保管・ハンドリングするか。そこに各社の工場の知恵がにじみ出る。マテリアルの扱い方を見れば、その工場の(企業の)仕事のレベルが分かる。
工場とはマテリアルが集積し、動き、変形する場だ。それらをいかに識別し、流れをいかに整流化し、保管をいかに整然かつ安全にし、通路と輸送手段をいかに確保し、無事に出荷するか。こういう見方をするのが、工場エンジニアリングの発想だ。ただし普通の製造業の人たちの見方とは、少し違うかもしれない。工場は切ったり削ったり表面処理したり組み立てたり、モノを変形する仕事が主役であり、運んだり置いたりするのは付随的な仕事だと、考える会社が多い。
変形するのは技術もノウハウも必要だが、運ぶのは誰だってできる。こんな風に考えるから、同じ工場組織の中に士農工商みたいな序列ができあがる。どう考えようと企業の自由だ。だが、製造機械中心の発想で工場を作った結果、あちこちに無意味な滞留と仕掛ができ、とんでもなく非効率なレイアウトにも無頓着、となるといささか問題だ。だがその非効率は、誰の問題なのか。切削課の? 組立課の? 検査課の? 物流課の? ——誰にも責任を問うことはできまい。誰にも責任はない。だが皆、頭を悩ませている。だって、マテリアル・マネジメント課が存在しないからだ。
物流は誰の責任か
さて、話を工場の出荷場に戻す。フォークリフトでパレットを器用にトラックに乗せていたのは、その工場の従業員で、物流会社のトラック運転手ではなかった。トラックを手配したのは、製品の発注元の大手企業だ。「そうか、この部品メーカーへの発注書はきっと、『車上渡し』が契約条件なのだ」と、そのとき気がついた。だから、製品(部品)をトラックに乗せるまでが、この部品メーカーの責任なのだ。
そしてトラックに乗せたら、検収である。検収されたら、その瞬間から物品の管理義務は、発注元が手配した物流会社にうつる。そして部品メーカーには、売上代金請求の権利が発生する。出荷システムは納品書と請求書を出力し、会計システムに売掛金データを転送するだろう。
だからフォークリフトのオペレーターには、細心の注意が要求される。もし万が一、トラックの荷台に置くときや、そこまで運ぶ最中に、不注意で部品を傷つけたら、自社の責任で修正・作り直しになる。物流の物損事故は、トラック走行中にも起こりうるが、むしろ荷積みと荷下ろしの作業中の方がおきやすいだろう。
わたしが感心したのは、それでも、工場のフォークの若いオペレーターが、車上に上手に製品のパレットを載せる工夫をしていたことだ。上手く積載効率よく詰めれば、物流会社はとても助かる。逆に下手な積み方をして、1台のトラックではあふれてしまっても、追加の手配は物流会社のコストであり、部品メーカーにとっては関係ないはずだ。それでも、ちゃんと相手を思いやって、望ましい積み方を工夫する。日本の現場は、こういう、会社間をまたいだ協力と信頼関係から成り立っている。
取引条件とINCOTERMS
INCOTERMS(インコタームズ)という言葉を知ったのは、エンジニアリング業界向けの電子調達サイトの構築プロジェクトに関わっていた、2001年頃だったと思う。国際調達・海外建設が当たり前のプラント・エンジニアリング業界では、資機材の発注の際に、それをどこで受け取るかを明確にしなければならない。
たとえば日本のエンジ企業が、イタリアのメーカーに製造機械を発注し、サウジアラビアまで運んで建設据付を行う。このとき、できた資機材をメーカーの工場で受け取るのか、工場の近くの港で受け取るのか、建設地のサウジまで運んでもらうのかで、物流輸送費の負担は全然違う。INCOTERMSとはこの種の国際貿易において、売主と買主の間で「輸送費用」「保険料」「通関手続き」「商品の破損リスク」の責任分担を定めた、国際規則である。国際商取引条件(International Commercial Terms)の略称で、国際商業会議所(ICC)が制定したルールの呼び名だ。現在のINCOTERMSでは11種類の取引条件が定められていて、FOBとかFCAといった3文字略語で呼ばれる(詳しくは例えば、JETROのサイト などを参照のこと)。
ところで、国内での受発注の条件では、上に述べた「車上渡し」の他、「工場渡し」「持込渡し」(納入渡しともいう)」などが、よく用いられる。工場渡しとは、工場の出荷場の床で責任が移転するケースで、積み込みは買い主(側の物流業者)が行う。これはINCOTERMSのEXWにほぼ相当する、と考えられる。逆に「持込渡し」は買い主の指定する場所(工場や倉庫や建設現場など)まで運んで、ようやく検収を受けられる。INCOTERMSのCIFに近いが、実は責任範囲に相違点がある。そして車上渡しは、概念的にはまあFOBに近いのだが、FOBは船に載せる条件である。

・・とまあ、ここまで辛抱強く読んでこられた読者は、「だから何なの?」と思ったかもしれない。取引条件なんて、資材購買部門の事務屋が知ってればいいことじゃない? エンジニアの仕事は、設計し仕様を決めることだろ。そう。その通りだ。そして、そういう風に組織間で責任分界点を決め、分業を進めていった結果、どこの会社にも「マテリアル・マネジメント部門」が存在せず、製造業の取引におけるサプライチェーン・マネジメントも、ろくに機能しない状態が生まれたのだ。その証拠に、この小さな島国の中では、INCOTERMSに相当する共通規則さえ、存在しない。
あらゆる仕事は、つながって機能する。どこでどう、つながっているのか。どこはうまくつながり、どこにギクシャクと無駄があるのか。取引条件も理解できずに、なぜ基幹情報システムや製造実行システムを設計できると思うのか。どちらも、会社内・工場内の「つながり」を保つ仕組みではないか。だから理系だろうと文系だろうと、取引条件の基本くらいは理解した方が良い。そうすれば、社会の見通しが良くなって、きっと役に立つのだから。
<関連エントリ>
「なぜお金の管理より、モノの管理の方がはるかに難しいのか?」 (2026-05-17)