SCMにおける意志決定のパラドックス


サプライチェーンにおける生産計画やスケジューリングの仕事をしていると、あれかこれかの選択肢に悩むことが、しばしば起きる。それは、計画の仕事が将来の不確実性を相手にしているためである。先のことを完全に予測する方法はないから、生産スケジューリングは本質的に多目的性を持っている。たとえば、できる限りすべての生産オーダーの納期は満たしたい、かといって製品在庫は減らしたい。工場の製造能力は上限いっぱいまで活用して稼働率を上げたい。だが飛び込み注文に対応できる余力も持っておきたい。小ロット化してリードタイムを短縮したい。しかし、段取り替えは減らして品質や稼働率は向上させたい・・

すべてを同時に満たす解はない。納期遵守率・製品在庫量・設備稼働率・余裕率・リードタイムなどの尺度間には、お互いにトレードオフの関係があり、「あれもこれも」とすべてを欲張ることは不可能だ。生産スケジューリングの仕事にたずさわる人は身をもってこれを知っている。だから、APS製品は複数のスケジュールを作成保存して比較評価できる機能が必須になる。しかし、比較評価といっても、具体的にはどうするべきなのか。

同じような問題が、調達の場面でも生じる。生産財のサプライヤーを新しく選ぶ際には、必ず複数の指標からの比較評価が必要になる。“そんなの逆オークションをやって、一番安いところに決めればいいじゃないか”と思うITエンジニアは、無邪気すぎるというものだ。買い物の世界では、価格は唯一無二の評価指標ではない。価格はつねに最有力な指標ではあるが、『安物買いの銭失い』という古い諺にあるとおり、値段だけでものを決めるのは愚かである。

それはたとえば、自分が新しく自動車を買う場合を想定してみればわかる。カローラとベンツを比べて、カローラの方が安いからといって買う人間はいないだろう。性能も用途もまるきり違うからだ。カローラと同じクラスに車種をしぼってみた場合だって、価格以外にいろいろな観点から比較するにちがいない。そして、次のような表を作るはずだ。




車種価格
デザイン

エンジン性能

安定性

燃費

保守性

付属機器
X車160万





Y車170万





Z車190万









このような表から、XYZの順位付けを合理的(だれもが納得できる)かつ機械的(決まった手順で計算できる)に決める方法はあるだろうか? あるとしたら、それはどんな方法だろうか?

仮にあなたがZ車が一番気に入ったとしても、この比較表を「財務省」(それが誰であれ)に持っていって通すには、それなりの論理が必要だ。話を単純にするため、この表の価格とは、納期やローンなど支払い関係の時間的条件がすべて盛り込まれた、現在換算の取得価格を表しているとしよう(「The Time Value of Money」参照)。あなたとしては、価格以外の定性的な評価項目を総合判断して、この車の「使用価値」を決めたい。そして、Z車の使用価値から見れば、30万円の価格差など小さいものだと説明したいのだが・・

すぐに思いつくのは、表の各評価尺度でそれぞれベストなものを選び、その点数合計で選ぶ方法だ。これは、ある意味では投票に似ている。「デザイン」「エンジン性能」「安定性」などの評価尺度がそれぞれ投票者であり、XYZが候補者であると考える。美人コンテストや入社試験や選挙と同じである。

そこでためしに、各投票者(=項目)が、最良と思うものに1票を投じることにしてみよう。総選挙方式である。するとZ車が3票を獲得して1位になる。ところで、今度は各投票者が最悪と思うものに投票させてみよう。と、ZはYとならんで3票を獲得し、また首位になってしまう。

投票者全員が、評価の尺度を逆転させたときに、選定結果が同一のものになるとしたら、その決定方式は明らかに不合理である。社会的意志決定理論の研究者たちは、これゆえに、総選挙のような「単票式」投票は不合理が明らかである、として退けている。この種の研究は18世紀のフランス(つまり政治的社会的に沸騰点に達していた、あの大革命時代の国)にさかのぼる。

かわりに提案されたのは、各人が評価順位にしたがって3,2,1点をそれぞれ投じる方式だった。これをボルダ方式といい、よく用いられるやり方だろう。これだと、上の例は機械的な計算によってX=11、Y=10、Z=12点となり(同列首位は2点ずつとした)、今度はあなたにとって望ましい結果のように見える。

ところが、じつは、このボルダ方式には、結果を意図的に操作できる余地があるのだ。そればかりではない。20世紀後半の経済学的・数学的研究は、こうした意志決定のプロセスに対して、おどろくべきことを発見している。それは、「合理的」かつ「機械的」な意志決定方式は、必ず何らかのパラドックスを伴うということである。それはさながら、矛盾のない公理系の不完全性を証明した『ゲーデルの定理』のように、多目的な意志決定プロセスに内在する不完全性を示している。長くなってきたので、続きは次回書こう