設計変更(Engineering Change)の取り扱い
私の勤務するエンジニアリング会社は、お客様のために工場を設計し、資材を調達し、建設工事を管理し、操業のための情報システムを納入する、というビジネスを営んでいる。自社では工場を持たず、ひたすら他社のために工場を作るという意味では、サービス業である。しかし、世界各地のサプライヤーから資材を仕入れて、建設現場でそれを溶接・組み立てるという見方をすれば、巨大な組立加工業のメーカーでもある。
エンジニアリング会社がメーカーにたとえるなら、その製品とは工場であり、これは一品ごとの個別受注生産品である。そして、エンジニアリング会社の悩みというのは、世界共通で、『設計変更』(仕様変更)の取り扱いにある。なにせ、“工場という名前の製品”のBOM=部品表は巨大である。したがって、設計が完全に固まり、BOMが確定してから組立(建設)に入る、などということは期待し得ない。BOMが少しでもまとまったら資材調達に走り、まだ残りの部分を設計しながら、同時に建設に着手する。こうして短納期をめざすのである。
しかし、とうぜんながら最初に設計した部分と、後になって設計した部分に、不整合が生じてくる可能性がある。また、仮に設計が完璧であったとしても、客先の要求仕様が変わったり、ベンダーの供給性状が合わなかったり、法規制が改正されたりして、設計を見なおさざるを得なくなる。
工場のBOMは巨大であり、かつ設計・調達・建設の役割分担が社内部署にあるため、たとえ小さな設計変更であっても、それがどことどこに、どれだけインパクトを与えるか、担当者だけではつかみきれない。このために、エンジニアリング業界では『設計変更通知』(Engineering Change Notice)と呼ばれる情報伝達の仕組みを使って、変更の確実な伝達とフォローをコントロールしている。そのためのキーとなる職種が、エンジニアリング・マネージャーである。
エンジニアリング・マネージャー(EM)とは、プロジェクト・マネージャー(PM)の下にあって、設計作業一切に責任を持つ職種である。プロマネが映画のプロデューサーだとすれば、エンジニアリング・マネージャーとは、いわば映画監督である。設計の全体像をつねに理解し、それが調達・建設など下流工程の作業にどう関わるかも含めて、采配する権限を与えられている。
設計変更通知は、だれが作成するにしても、必ずエンジニアリング・マネージャーがレビューし承認した上で、関連部署に配布する(どこが関連部署かを考えるのもEMの仕事である)。そのために、変更台帳をつくり、発番と登録を行なっている。そして、どの設計変更は、どんなステータスにあるか(つまり伝達中か変更中か完了か)などをトラッキングしていく。
私の見るところ、見込み生産を含む多くの製造業では、この設計変更通知のコントロール手順がうまく確立していないか、あるいは、あっても十全に機能していないように思われる。その理由はいろいろあるだろうが、“設計変更はあってはならないもの”、“例外的な事象”と考えられているためではないか。それは、最近の製造業を取り巻く状況の中では、明らかにずれた考え方である。
設計は、必ず変更されていく。それにともなって、BOMも生き物のように変化していく--そう考えて、社内の仕組みを作っていった方が、スピード化の時代にはふさわしいように思うのである。