なぜお金の管理より、モノの管理の方がはるかに難しいのか?


個人の出納帳アプリについて




マネーフォワード(MoneyForward)の同期停止問題が、最近ネットの世界を騒がした。マネーフォワードは個人や小規模事業者の、金銭出納を記録集計するSaaSサービスで、わたしもWeb版やスマホアプリ版を利用している。報道によると、GitHub経由の不正アクセスに伴う安全確認(認証情報の無効化)が原因で、金融機関が同期を停止していたという。今週から順次復旧しているようだが、利用者にとって不便な状態が、ちょうどゴールデンウィークの出費の時期をはさんで続いている。




わたしは長い間、iOSとMac上で動く米国製のMoneyProというアプリを使ってきた。本業は会社員だが、大学講師などの副業を持っていたため、毎年、確定申告をしなければならない。だから金銭出納の記録が必要だった。MoneyProは、別に確定申告書を作る助けなどしてはくれないが、出納記録と集計分析には必要十分な機能を持っていた。マネーフォワードに乗り換えたのは2年前のことだ。理由は単純、日本の銀行やクレジットカード会社とデータを同期してくれて、入力の手間が圧倒的に楽になるからだ(MoneyProも同期機能はあるのだが、対象は北米の金融機関で、日本は未だサービス外である)。




ただし、集計分析機能についていうと、MoneyProの方が圧倒的に上に思えた。マネーフォワードにはたとえば、通常会計とボーナス会計、といった区分すらない。毎月の推移は比較分析してくれるが、ボーナス月は他に比べて金額が跳ね上がる。マネーフォワードという会社の従業員は皆、年俸制で働いており、「ボーナス」という観念がないのではないか。そう疑いたくもなる。(個人の感想です)




「お金の管理」という仕事




もちろん、わずか二つのアプリを比べて、米国の方が日本より、個人のお金の管理に関する考え方が進んでいる、などと乱暴な推論をしたい訳ではない。ただ米国に住んだ自分の昔の経験から見て、アメリカの方がお金に関して、ずっと時間も使い神経も使う社会ではある。納税の仕組みの違い、小切手の使用、防犯の必要性など、理由はいろいろだ。これに比べると、日本の、とくに勤め人は、随分そうした煩雑さから守られている。




この4月からフルタイムの会社員をやめて、自分の会社「株式会社マネジメント・テクノロジー」を立ち上げた。設立したのは1年以上前だが、本格的に稼働し始めた訳である。と同時に、会計入力の煩雑さに、さっそく音を上げかけている。決算処理自体は知人の税理士事務所にお願いしているが、ベースとなる出納データは、自分で入力しなければならない。これが面倒なのだ(面倒くさがりの性格なんです、わかってます、はい)。マネーフォワードは自分個人の小遣い帳で、会社の会計はまた別ソフトである。だからある種の二重入力も発生する。




会計入力は、過去の履歴の記録である。法人税の納税のため、義務づけられている。それ以外に、会社となると、先のことも考えなければならない。どれくらいの売上があり入金があり出費があるのか、推測し計画する。つまり予算である。こうしたお金に関する現在・過去・未来を把握できて、はじめて「お金をマネージしている」状態に達する。これはどんな法人にも共通な、技術的にも成熟した定常業務のはずだが、にもかかわらず会計のために大企業が巨額のERP導入プロジェクトを動かしたりする。考えてみれば不思議である。




だが、わたしにとってもう一つ不思議なことがある。それは大企業も中堅企業も、「モノの管理」=マテリアル・マネジメントのために巨額の投資を行う事例を、あまり聞かないことだ。多数多量のモノを扱う業種、とくに製造業では、「モノの悩みを解決するDX!」とかいって、大げさなプロジェクトが進行しても良さそうなものなのに、そんな話題はIT専門メディアをさえ、賑わさない。みんな、そんなに楽々と、適切に、モノを「管理」できているのだろうか?




お金という管理対象の特性




実を言うとお金は、一般のモノに比べ、管理対象として非常に特異な性質を持っている。たとえば、お金は互いに交換可能である。当たり前じゃないか、と思うかもしれない。だが、製造や流通で扱う普通のモノと比べてみてほしい。モノには品質そのほかの属性が付随していて、見かけ上同じ種類のモノであっても、取り替えられるとは限らない。出荷検査前のモノを、検査後の品目と勝手に取り替えて出荷したら、問題だろう。




また、お金はトータルの合計金額だけが重要であり、その内容構成は問わない。1万円札で何かを買ったら、おつりが5千円札と千円札の組合せだろうが、すべて千円札だろうが、普通は受け取る。千円札10枚と、1万円札1枚は、同じと見なされる。だから両替という業務が可能になる。モノでは「両替」など不可能だ。店舗だろうがどこだろうが、お金はトータルの合計金額だけが記録され、その金種(お札や貨幣の種類=品目)の内訳など、普通は数えない。




これはつまり、お金には品目別の細かな「ロケーション管理」が不要だ、ということだ。お金に関しては、倉庫管理システムWMSは不要である。トータルの額さえおさえておけばいいのだから。無論、保管場所は決めて、鍵をかけておく必要がある。ただ、これは貴重なモノの保管だって、同じことだ。




また、お金は減耗しない。物理的にはすり減ったり切れたりするが、使用価値は変わらないし、無料新品に交換できる。すなわち、消費期限がない。これも普通のモノとの大きな違いである。そして、お金にはシリアル番号もロット管理もない。もしも紙幣の番号をすべて控え、その所在管理をしなければならないとしたら、その事務作業の膨大さ煩雑さは、いかばかりだろうか?




管理とは何か、を明らかにする12の質問




わたしは以前、「管理とは何か、を明らかにする12の質問」 (2021-03-16)という記事で、いわゆる『管理業務』と人が考える仕事の内容を、12種類の領域に構造分解した。このときは、まず「モノの管理」を考え、続く「管理という仕事をスケールアウトするために」 (2021-03-28)で「人の管理」と比較した。そこで、同じ12個の質問を、お金について考えてみよう。




まず、対象の把握である。
 (1) 所有しているものは、何と何か →「合計でいくらか」が必要で、内訳は問わない
 (2) 手元にある(借りている)ものは何か →これも合計でいくら借りているか、だけが必要
ついで、現状の把握になる。
 (3) 所在はどこか →現金・口座など区分はあるが、せいぜい数種類だろう
 (4) 状態はどうか(使えるか、使っているか、使えないかの区別) →この質問は無意味だ
 (5) どんな性状(属性・品質)か →この質問も無意味だ
 (6) 数量はどれくらいか(足りているか、足りないか、余っているかの区別) →これは(1)でカバーしているから不要
時間軸と変化の把握も考える。
 (7) 出入りはどうだったか →これは履歴が必要
 (8) 出入りはどうなる予定か →これも予定が必要
問題解決と標準化はどうか。
 (9) 使いやすい場所においてあるか →(3)でカバーしているから不要
 (10) 補充、廃棄、修繕がなされているか →この質問は無意味
あるべき姿の構想はどうか。
 (11) 無いもので必要なモノはあるか →お金には種類の区別がないから、これも無意味な質問だ
管理の方式
 (12) 経験に学んで、モノの管理の方式をつくっているか →まあ、これは必要か。




以上を表にしてみると、こんな形になる。グレーの項目は不要な領域で、物や人に比べると、ずいぶん少ないことがわかる。








「だからお金の管理は簡単だ」などと言うと、怒りそうな人が大勢いるの承知している。お金はもちろん、大事だ。この世で一番大事だ、とまでは言わないにしても、生きていく必要条件であり、企業には存続の必要条件である。またお金の記録に関わるITシステムも、監査証跡その他、独特の機能やデータ構造を必要とし、決して単純でも簡単でもない。




それでも、お金には上述した特徴があり、種類も属性もなく、数字だけが問題になる。これは紙幣・貨幣が一種の「権利証」であって、抽象化された観念の表象であることを示している。




これに対して、実物のモノは、はるかに物理的実存と個別性があり、面倒である。製造業でモノを管理したかったら、マテリアル・マスタ(品目マスタ)をはじめBOMだとかBOPだとか、あれこれのマスタ・データと、出入りのトランザクション・データを、全部きちんと「管理」しなければならない。




しかし多くの企業では、外部との界面、すなわち入出荷くらいしか正確には捕らえていない。実は、これらの業務は、受発注のお金のやり取りに付随するから、できているのである。いったん敷地内に入ったら、どこにおいて誰が使ったのか、追いかけ切れていない会社が続出だ。本社の「管理部門」が実情を知ったら、悶絶するかもしれない。でも無理がないことなのだ。だってモノの管理はお金の管理よりも、ずっと手間がかかるのに、それに必要な仕組みへの投資が、十分に行われてこなかったのだから。




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管理とは何か、を明らかにする12の質問」 (2021-03-16)
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