「ITって、何?」 第20問 ITって人と人を結びつけるのに役立つの?(最終回)

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--さあ、ここを通り抜ければ、もうぼくの生まれた町だ。

「え。・・いやだわ、なんだかわたし緊張してきちゃった。・・どうしよう。ねえ、わたし、ちゃんとした顔してる? おかしくない?」

--いつも通りさ、大丈夫だ。

「そんなこと言って、こっちを見てもいないくせに。」

--だいじょうぶだよ。

 それでも彼女はハンドバッグから化粧道具を取り出して、小さな手鏡を一生懸命のぞき込みはじめた。

「ねえ、わたし、お母様の写真の前でちゃんとご挨拶できるかしら。」

--できるさ。それに、そんなこと親父も誰も気にしやしない。

「あなたはそう言うけれど、人と人とのつきあいってむずかしい、大変なものなんだわ。あなたはきっと、コンピュータの前に座りっぱなしだから気が楽なんでしょうけれど。」

--そんな事ないさ。ぼくの仕事はシステム・アナリストだ。ユーザの行動の分析が商売だ。いつも人との関係には気を使っている。

「“いつも人との関係には気を使っている”・・嘘ばっかり! 忙しいときにはメールの返事もろくによこさなかったくせに。」

--あ、あの時は・・いや、ごめん。言い訳はよそう。電子メールが登場したことで、人と人とのつきあい方もずいぶん変わってきたのはたしかだけれど。

「また話をそらしたりして・・人とのつきあい方なんて、そんなに変わったかしら? わたし、本質は何も変わっていないと思うけれど。」

--そうかな。

 しばらく彼女は黙っていた。

--どうした? 何を指折り数えているの?

「今回のこの質問で、ちょうど20個目だったわ。」

--そうか。20の扉もようやくおしまいか。もうすぐ着くしな。それで、ITって何か、少しは分かった気になってくれたかい?

「ぜんぜん。」

--そりゃどうも。まあ難しいテーマだったし、『××って何?』式の、仕組みの説明は一切しない、という風に自分の手を後ろでしばっていたし、ぼくの解説能力の限界だったかもな。だとしたらあやまるよ。ごめんなさい。

「あやまらなくてもいいのよ。ただ、なぜ分からなかったか考えていたの。」

--それで?

「たぶん、あなたと私の生きている問題意識自体がちがうから、かみ合わないんだわ。」

--そうかな。ぼくは会社員。システム・アナリスト。それに男だ。きみはフリーの翻訳家で、小さな事務所で働いていて、おまけに女性だ。でも、それ以外に共通するところもずいぶんあるじゃないか。例えば同じ時代の日本に生きていて、同じ都会の・・

「そういうことじゃないのよ。そういう表面的なことじゃ。
 さっきの電子メールの匿名性の話なんかでも、あなたは電子認証とか、そういう技術論でとらえていたでしょう?」

--まあね。だってぼくは技術屋だからね。

「わたしは、匿名性の問題は、“自分とは誰か”という自己証明、アイデンティティの問題に行き着くと思うの。」

--うーん。つまり君は技術屋じゃなくて事務屋だと。それとも哲学者かな。

「そうじゃなくてね。えーと。私の好きな文明と文化の定義に、
文明は人間に利便を与える。文化は人間に自己証明(アイデンティティ)を与える。
という定義の仕方があるの。」

--はあ。それで?

「多分あなたの意識はもっぱら文明に属していて、私の意識は文化に向かっているんじゃないかと思う。だから問題意識がすれ違うのよ。」

--ぼくが、文明の側なわけ? そりゃ光栄だな。でも文化の方も手強いか。

「あなたは情報の定型化が好きでしょう?」

--ぼくは何度でも繰り返すけれどね、ITの本質ってのは、データと情報のサイクルを回すことなんだ。情報を機械に与えて処理できるようにしてやるためには、定型化してデータにしなきゃならない。
 そりゃユーザには一見、堅苦しくて不便に見えるかもしれない。でも、それはより広い意味での、ユーザの利便に供するためのものだからね。
 ・・なるほど。利便を与えることが文明の目的なら、たしかにぼくは文明の側に属しているのかもしれない。コンピュータが文明の国アメリカの産物だってのも納得できる話だ。とはいえ、ITが最終的にユーザに配達するのは融通無碍な情報だけれどね。

「でも、そこで配達されるのはあくまで書き言葉だけでしょう? さっきのメールの話に戻るけど。」

--携帯電話の音声だってデジタル技術の応用なんだけどな・・いいよ、わかった。主に書き言葉だ。でもそれのどこが悪い? 何が足りないっていうんだ? ITは立派に人と人を結んでいるじゃないか?

「本当に人と人とをつなぐものはフェイス・トゥー・フェイスのコミュニケーションしかないのよ。
 書き言葉のみでのコミュニケーションには限界、というよりもバイアスがあるの。音声もない、相手の顔の表情も、仕草もない。言葉を発することは、からだぐるみの行為なのに。」

--そう言われてもねえ。バイアスって、どんな風な?

「コミュニケーションで大事なのは、本当のメッセージはインフォーマルなチャンネルで流れるってことだと思う。組織内のコミュニケーションもそう。さっきの何とか実験でもそれが結論だったでしょう?
 個人対個人でも、身振りや顔つき、言葉の発声のしかたやくせで、相手が無意識に発している感情レベルでのメッセージを受け取りながら、言葉の中身を吟味しているの。それが全部抜け落ちるとしたら、すごいバイアスじゃないかしら。」

--つまり感情が伝わらないってことかい。だったら、そのためにニッコリマーク(^_^)とかシクシクマーク(;_;)とかを使えばいいのに。

「それじゃ不十分なのよ。ねえ、わかって。お願いだから。
 あなただって、ずっとメールだけでやりとりをしてた人にこのあいだ会ったら、“想像してたやつとは全然ちがってたよ”なんて言ってたじゃない。」

--ああ、その手のことはしばしば起こるね、たしかに。

「ネットで、自分がどういう人格として他人に受け取られているか、不安に思ったことってない? 自分が誰なのか、書き言葉でしか知られないのよ。
 そんな狭いチャンネルしか通れないから、メールってしょっちゅう感情が不自然にこわばった状態になるんだわ。あなたも経験がない?」

--そうだなあ・・まあ、ときどき、電子掲示板で妙にひどい喧嘩になることがあるけど、あれなんかネット上の迷惑行為ではあるな。

「それって感情が窮屈だからそうなるのよ。面と向かい合っていたら、知り合いだろうが赤の他人だろうが、そう簡単に喧嘩はできないもの。」

--少なくとも、もっと上手に喧嘩するかもな。

「たぶん、あなたにとって言葉はコミュニケーションの全体で、終点のように思っているみたいだけれど、それはちがうわ。言葉はコミュニケーションの始まりでしかないのよ。それって悪いけど、西洋から輸入した誤解だわ。」

--輸入。そうすか。

「機械翻訳も人工知能も、同じようにIT屋さんの考え方の限界を示しているんじゃないかしら。それは、さっきの“英語は論理的だ”という誤解ともよく似てる。ITの親は西洋哲学と論理学だ、って言うあなたの説明が正しいんだとしたら、それは結局、西洋の論理学という釈迦の手のひらの限度なのよ、きっと。」

--孫悟空としてのぼくの感想はだね、釈迦の掌ってのは思ったよりずっと広い、ということだ。まだ果ての五指には到達していないような気がするもの。

「一つの地平を選んだ時点で、すでにそこに限界があるのよ。」

--だって選択ってそういうものじゃないだろうか。人間はあれもこれもは選べない。一つ選んだら一つ捨てるしかない。ITに限界はあるかもしれないが、それは果てに行ってみるまで分からないんだから、そこに賭けるしかない。これは賭なんだ。人生は賭けの連続だろ? 学校の専門を選ぶときだってそうだ。就職だってそうだ。結婚だって・・結婚だって賭けじゃないか。

「そうね。」

--ぼくはITの専門家としての仕事を選んだことを誇りに思っている。それが文明の領域に奉仕する仕事で、西洋人の論理がベースになっている限界はあるとしてもだ。まあITの解説は下手かもしれないけれどね。

「あなたの仕事がデータと情報の橋渡しをする仕事なら、私の仕事は文化と文化の橋渡しをする仕事なの。主に西洋と東洋の間だけど。」

--どんな文化でだって、人間は文明がなけりゃ生きられないだろ?

「でもどんなに文明があっても、文化がなければ人間は生きていく意味を失うのよ。」

--なんだかどっかの気障なセリフみたいだな。文明がなければ生きてはいけない。文化がなければ生きていく意味がない。

「・・データがなければITは動かない。情報がなければITを動かす意味がない。」

--お見事。それだけ分かってくれりゃ、十分です。それが20の扉の結論だから。

「ねえ。」

--なんだい。

「・・ううん。何でもないの。」

--ふうん。
 ああ、街が見えてきた。あの向こう側の丘に、ぼくの家がある。

「どれ? 見えるの?」

--まだ見分けられない。でももう、カーナビの仕事は終わりだ。

ITって、人と人を結びつけるのに役立つかしら?

--もう答えたんじゃなかったっけ?

「たぶん、ITって人と人を結びつけるきっかけを作ることだけは出来るのよね。国境を越えて、知らない人同士でも、1通のメールから結びつくきっかけにはなる。」

--ぼくはそんな風にロマンチックに考えたことはないね。ぼくは一介の技術屋だ。道具がちゃんと動いてくれればいい。このカーナビみたいにね。

「でも、道具が人を幸せにするのでなかったなら、いったい何のためにあるの?」

--そんなことは知らない。技術屋には技術屋の領分があり、それ以上のことは考えないようにしている。

「データ処理は文明に、情報は文化の領域に奉仕している。そうでしょう?」

--・・かもね。

「あなたは、このカーナビは軍事技術の応用だっていってたわ。人を幸せにするという目的とはあまり相容れない目的の技術。文化というより文明のための目的の。」

--それで?

「でも、同じその技術が人と人を結びつけることにも役立つかもしれないのよ。前線の暗い森の中で銃をかまえる兵士にとって、検閲された故郷からの手紙だけでなくて、地球上のすべての人と直接やりとりできることが、どれだけ大きな意味を持つかしら。どうして私たちは、そういう方向に向かって努力できないのかしら。」

--ぼくら人間は他人を幸せにするために生きているんだろうか。誰だってまず、明日を生き延びるのに懸命なんじゃないだろうか。

「でも、私は幸せになりたいわ。他の人にも幸せになってほしい。」

--それが何ほどのことだろうか。そもそも他人を永久に幸せにすることなんか誰にも出来やしない。ぼくも君も、誰もがいつかは小さな写真の中に収まってしまうんだ。

「だからせめてその時までは、一生懸命自分たちのことに、この世のことに手を尽くすべきなのじゃないかしら。そうでなかったら、なんのためにいるのかしら。」

--さあ、それは、わからない。その時が来るまではただ懸命に生き続けるとしか、ぼくには言えないね。

「わたしたちはその時に、一緒の写真の中にいるかしら。」

--そのために、一緒に歩いていこうと決めたんじゃなかっただろうか。

「そう。そうよね。」

--ぼくと君の間にも、いろんなギャップがある。たぶんずっと埋まらないままのものもあるような気がする。でも、君とぼくとの対話のサイクルの中で、何か新しいものが生まれてくるかもしれない。そう、願っているよ。

「そういうのを、たぶん愛っていうんじゃないかしら。」

--・・・・・。

 しばらく彼女は黙っていた。そして、こちらを向いてこう言った。

「ねえ。・・・愛って、何?」

                         (了)



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「ITって、何?」 第20問 ITって人と人を結びつけるのに役立つの?(その1)

<< ITが社会に与えるインパクト >>

--ああ、こんな風に車が流れてくれると、運転ってのはなんて楽なんだろう。さっきまでのあの渋滞の中じゃ、何もしていないのにひどく神経が疲れた。今はもっとまともなことに神経を集中していられる。

「流れるべきところを淀ませてしまうものごとって、それがなんであれ、すごく自然にも人間にも反しているのよね。見ためじゃわからないけど、そういう時って精神的にとってもエネルギーを消耗するもの。」

--ほんとだよね。それは見かけの能率だけからじゃわからないことだな・・。
 おっと、このバイパスに降りなきゃあ。

「危なーい。もっとやさしく運転してよ。
 ・・さっきの電子商取引の話の続きだけれど、でも、全然知らない人たち同士が、同じ本や旅行について意見を交換する場所で知り合うことができるのって、いいわね。ITって人と人を結びつけるのに役立つのかしら? だったらそれこそがITの一番の価値なんじゃない?」

--人を結びつける可能性がある、ってのはある程度ぼくもそう思う。それがITの一番の価値だっていわれると、ちと抵抗があるけどね。

「あら、そう? でも、電子メールひとつとっても、すごい発明だと思うけど。あれ発明した人には、ノーベル賞あげてもいいくらい。」

--あれは特定のだれかの発明品じゃないし、ノーベル賞とはまた大げさな・・だったらインターネットの出会い系サイトだって直木賞あげなきゃならん。

「でもね、宇宙旅行のSFはたぶん昔からたくさんあったと思うけど、電子メールが登場するSFなんて昔はなかったんじゃない? 100年前から人類が待ちこがれて、必然的に誕生したってたぐいのものじゃないはずだわ。」

--そりゃま、地球上のほとんど誰もが(まあこれは極端だけれど、かなりの人間が)Eメール・アドレスをもって通信し合う世界なんて、考えてみりゃかなりSF的ではあるな。それでアラブ世界じゃ革命まで起きたものな。でも昔のSFによれば、21世紀にはみんなエア・カーを乗り回していて、いつまでもこんなに地上が車で渋滞してなかったはずなんだけどな。

「いまごろ鉄腕アトムが空を飛んでたはずよね。ロボットとか人工頭脳とかは夢にあったけど、電子メールは夢を超えていると思うわ。」

--さっきの西洋対日本のときも同じ議論したけどね、ぼくは定型化の好きな石頭だから、メール=ITみたいなとらえ方には反対なんだ。君はニッポンの親指メール礼賛論みたいだったけど。

「わたしは西洋との違いを伸ばせといっただけ。だってあなたが若い女の子たちを馬鹿にしているように聞こえたからよ。」

--それはどうも失礼。ぼくにとっては、あやふやな情報をワープロできれいな帳票に打ち込んでは社内メールでたれ流しているおじさん達も、女子高生と同類さ。

「だって石頭のおじさんたちがガチガチに定型化してつくりあげた、日本のこの縦割り社会のおかげでみんな窒息しかかっているんじゃないの! そこに横穴を開けて風通しをよくする電子メールのどこが悪いの。」

--ぼくは定型的な情報の流れと非定型なコミュニケーションは区別しようといっているだけ。それで思いだしたけど、アメリカに有名なホーソン実験というのがあった。

「何それ? 知らない。」

--もうだいぶん以前の話だけれど、アメリカの経営学者たちが、工場労働者の作業能率を向上させる因子は何かを調べようとして、ウェスタン・エレクトリック社のホーソン工場でいろいろな実験をした。たしか電線か何かの工場で、女子労働者がおおぜい働いていた。

「それで?」

--たとえばね、ある班を選び出して、照明の明るさを上げて作業させてみたんだ。そうすると、確かに作業の能率が上がった。なるほど、これは発見だ! そこで、これを逆の面から確かめるために、照明を暗くしてみた。能率は下がるはずだ。ところが。

「ところが?」

--これまた作業の能率が上がってしまったんだ! 学者たちはわけがわからず、頭をかかえた。

「まさか、工場の明るさが、ちょうど一番作業しにくい明るさだった、ってことなの?」

--ちがう。あれこれと確かめてみた結果、学者たちは、その班がテストの対象に選び出されたということだけで作業の能率が上がることに気がついた。たとえば、チームワークがよくなるといった具合にね。

「女の人たちだったら、十分あり得る話だわ。」

--でも、それは、会社の職制を通じた公的なチャネルによる指示でそうなるんじゃない。非公式な、職員同士の横のコミュニケーションでそういう結果が生まれるんだ。そこで、会社組織内には非公式なコミュニケーションが存在して、それは公的なコミュニケーションと同等に近い重みを持っていることを研究者たちは発見した。これは「ホーソン実験」として経営学の重要な発見となった。

「あっきれた・・だからアメリカの経営学なんてみんな大馬鹿だっていうのよ!」

--おいおい。

「だってそうじゃない! 何が“発見した”よ。職場に横のコミュニケーションがあるなんて、どこの会社に勤めたって3分でわかることよ。女工は命令したら黙々と牛馬のごとく働くもんだと思ってたわけ? ご立派な学者先生よねえ。黒人奴隷を働かせて自分だけ楽していたプランテーションの発想だわ。まったく、『女は世界の奴隷か』だわ。」

--しまった。変なところに火をつけちゃったかな。ぼくがいいたいのはね、組織内での人と人との関わり方には公式なものと非公式なものの二種類があるってこと。電子メールを非公式なコミュニケーションの道具として礼賛する前に、ITが公式コミュニケーションを再編する可能性の方を、もっと評価して欲しいんだ。

「公式コミュニケーション? 命令とかのこと?」

--君の軽蔑するアメリカの経営学によるとね、企業というのは、共通目的協同意識・そしてコミュニケーションの3要素からなっている。これのどれか一つでも失うと、企業組織とは言えないんだ。
 共通目的のない集団の例は、町内会や自治体などの、単なるコミュニティ集団だ。これは企業組織とは言えない。それから、目的は共通だけれど協同意識がない集団もある。予備校のクラスなんかそうさ。組織ではなくライバルの集合体でしかない。そして、目的も協同意識もありながらコミュニケーションのないものは、やはり企業ではなく烏合の衆という。
 これまでの職制を通した公式コミュニケーション、つまり指示や報告は、紙か口頭を通したものだった。伝達に時間がかかるし、正確さも低い。ITは多数の相手に同時に発信できて、蓄積も検索もできる。これはいままでのピラミッド型の組織構造を変える可能性さえ秘めてる。

「そうお?」

--ピラミッド組織というのは、そもそも人口の年齢構成もピラミッド型で、かつ年功序列制のときにはじめて意味があるものだ。今みたいに高齢化社会で年齢構成がいびつになって、なおかつ年功序列もあやしくなった時代にはひずみが多い。

「じゃ、どういう風になるの?」

--ぼくも確かなことは言えないけれど、多分今よりももっとフラットな、機能も権限も分散された組織の形になるんじゃないかな。

「ふうん・・今の、一点集中のタテ型社会が崩れてくれるんならうれしいけど、ほんとにそうなるかしら? たとえばネットが発達すれば、遠くから大都会に通勤したりするかわりに、地方に分散して住んだまま仕事ができるようになるといいのにね。」

--はやりのSOHOだね。

「SOHOって?」

--Small Office, Home Officeの略で、自宅や小さな事務所単位で仕事をする形態のこと。高速ネットワークが整備されれば打合なんかもネット上でできるし、報告書や仕事の成果物もメールで送れるようになるから、みんなが巨大なオフィスに通勤して集まる必要はなくなるはずだ。と、喧伝されている。でも、ぼくには疑わしい気がするけれどね。

「どうして?」


  (この項つづく)



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