プロジェクト・コスト・コントロールの中級編:実績コストACをいつ計上するべきか?

プロジェクト・コスト・コントロールの中級編:実績コストACをいつ計上するべきか?
(2016-01-17)

前回、プロジェクト・コスト・コントロールの入門編として、費用を正確に把握するためには、社内におけるプロジェクト制の確立と、WBSに基づいた実行予算の設定が重要である、と書いた。そこで今回は、現実のプロジェクトにおける、実績コストACの定義と、将来発生コストETCの推定方法について書こうと思う。というのは、この両者はいずれも、標準的な教科書に書かれている公式だけでは、十分に捕まえられないからだ。

まず、コスト・コントロールと言う仕事の目的を再確認しておこう。それは完成時のコストを、実行予算の枠内に収めることである。完成時の予測金額EACは、実績コストACと将来発生コストETCの合計で表される(EAC = AC + ETC)。実績コストが予定より超過している場合には、まだ手元に残っていて自由度のある予算残額をうまく用いて、今後の出費を抑える手段を講じる必要がある。つまり、早めで上手なお金の使い方を決めるということだ。早めに生きたお金の使い方をして、問題発生を先に予防しておけば、後で問題が生じてから慌てて対策するよりも少ない金額ですむ。

さてプロジェクトのコストを構成する費目は、大きく次の要素からなる。
1 社内人件費(労務費)
2 材料購入費
3 外注費
4 その他直接経費
5 間接経費
この分類は製造業の原価管理に準拠しているが、多くの業界で同じだと思う。

上記のうち、2番目から4番目までは外部費用である。したがって実績コストACは企業の経理部門で、確実に捉えられるはずのものだ。だから、世の中によくあるプロジェクト・コスト・コントロール用の情報システムでは、会計システムからのインターフェイスでこうしたデータを持ってくるような設計になっている。

ところがここには問題がある。実は、外部コストには3つの発生時点があるのだ。発注時、検収(請求)時、支払時の三つである。英語ではそれぞれ、Committed
cost, Incurred cost, Paid costという。そしてこれら3つの時点の金額は、異なる可能性がある。

例えば何か機材を購入するときのことを考えてみればわかる。発注書を切った後で、仕様変更を行ったために、検収(請求)金額が変わる。あるいは、検収時点で納品物に齟齬が見つかり、支払い金額がさらに変更になる。こうした事はプロジェクトではよくある話だ。ではこれら3つの金額のどれが実績コストACにあたるのか?

おまけに、支払い自体、何度かに分かれる場合もある。発注書を切る時点で、着手時に1割の前渡金をわたして、納品時に残額というのも、しばしばある話だ。さらに、途中に支払いのマイルストーンをもうける場合もある。

ちなみに会計的には普通、注文時ではなく、検収をもって買掛金に計上する。逆に言うと、発注時にはまだ金額や役務内容は確定していないと考える訳だ。ただし、プロジェクトのキャッシュフロー的には、請求を受けたときではなく、実際の支払時に変化が生じる。

さらにいうと、発注時の前渡金はキャッシュフローに影響するが、会計的には原価ではない(対応する役務提供がないから)。受注側からも、売上計上はできないのである。

ついでながら、費目の中には、そもそも発注という行為自体ががない費目もある。たとえば、日頃つきあいのある業者から材料を購入する場合など、電話で注文して、いきなり納品書と請求書が来るのが普通だ。常駐派遣の人件費もそうだろう。いちいち毎月、発注書を切るわけではない。ただ、こうした費目には、検収行為はある。

さらに、発注も検収もなく、いきなり支払行為のみの費目も存在する。交通費・通信費など「その他直接経費」と呼ばれるもののほとんどはそうだ。さらに、社内人件費もこれに似ている。いずれも、実際に費用が発生した後でないと、把握できない。

え、頭がだんだん混乱してきた? まあ、そうかもしれない。だが、こうした現実のややこしい姿を理解した上で、実績コストACの適切な定義は何かを決めておかないと、実際のプロジェクト・マネジメントの役には立たなくなってしまう。だから中級編なのだ。

この種の問題を考えるときは、目的にさかのぼって確認する方がいい。コスト・コントロールの目的は、経理(会計)だろうか? それとも、キャッシュフローの管理だろうか? もちろん違う。完成時のコストを予算に収めることである。そのためには、予算に関する『自由度』の観点が必要になる。

予算の自由度の観点からいうと、発注書を切ってコミットしてしまったら、他にはもう使えないのだ。である以上、じつは一番早い発注段階で実績コストACをつかみ、計上するのが、目的にかなうということになる。もちろん、そのためには、発注予定との差異を検知できるように、コスト・ベースラインも発注時点での線を引いておく必要がある。

ところが、市販の多くのコスト・コントロール・システムは、発注時ではなく、検収時に実績コスト発生と定義している。これは、会計システムとのインタフェースの都合でそうなっているにすぎないと思う。おまけに世の中の文献でも、これに準じて検収額
Incurred costをACと定義してるものが多い。そこでこれ以降は、世の大勢にしたがい、検収額をACとして話を続けよう。

次なる課題は、今後発生するコスト(ETC)をどうやって推測するかである。

プロジェクトのアーンドバリュー法(EVMS)を解説した本では、たとえば、次の式が出てくる。

 ETC = BAC – EV

ここでBACとはBadget at Completion、すなわち実行予算での完成予定額を示し、EVとはEarned
Value、すなわち出来高をいう。EVは、少し古い教科書ではBCWP(Budgeted cost of work performed)と書いてある場合もある。

例を挙げる。ここに元々、100万円で終わるはずの仕事があった(BAC = 100)。ところが実際にやらせてみると、今現在までにかかったコストは50万円だった(AC
= 50)としよう。で、現時点の進捗は40%だ。つまり100万円の仕事の内、40万円分の仕事しか出来高は上がっていない(EV
= 40)。そこで、今後発生するコストは、100 – 40 = 60万円だろう、というのが上の式である。

ただし。もし今までやってきた40万円分の仕事と、まだこれからやらなければならない60万円分の仕事が、まったく独立したWBS要素で、やる人も別で、これまでの実績とは関係ないというなら、それでもいいだろう。しかしもし同じ人や業者で行うとしたら、これまで40万円分の仕事を仕上げるのに、50万円かかってきた訳だ。だったら、今後も同じような調子で進むんじゃないか、と考えるのが現実的な感覚だろう。

ここで、コストパフォーマンス・インデックス(CPI)を、CPI
= EV/ACで定義する。上の例だと、40/50 = 0.8だ。つまりこれまでの仕事ぶりは、当初考えていたより、8割程度の生産性しか上げられなかった。だとしたら、今後も同じ調子で、60万円分の仕事も、実際には60/0.8
= 75万円かかると見た方がいい。

ETC = (BAC – EV)/CPI

これが、たぶんより現実的な推算式だ。と、たいていの教科書には書いてある。

しかし、上の式は、じつは適用対象に限定があるのだ。それは「スコープが柔らかい費目」だけに該当する。ここが中級編のポイントである。

スコープが柔らかいとは、どういう意味か。それは、コミット(発注)した時点で作業量の全体が明確ではなく、途中で増減があり得る種類のアクティビティであることを示す。逆に「スコープが堅い費目」とは、コミットの時点で、作業量の全体像がかなり明確なアクティビティである。

スコープが柔らかい費目の代表例は、実費償還契約(準委任、あるいはBQ精算など)による外部費用である。あるいは、設計などの社内人件費もこの部類に属する。こうした費目では、時間の経過とともに作業が進捗していき、少しずつ費用ACが確定する。図の左を見てほしい。たとえ最初に何らかの見積があり、それにしたがって発注(コミット)したとしても、その後、少し時ずつ作業が進み、順次、実績コストが上がってくる。

以前書いたように、『進捗』とは「あとどれだけ仕事が残っているか」で計測する。進捗とともに、残る作業量はより明確となり、それに相当する発注残額は減っていく。ただ、生産性の問題などで、検収した実績コストが予定より増えてしまうのは良くある話だ。いずれにせよ、このケースでは、EAC=検収額+発注残額
で推計される。検収額は確定したコストで、発注残額は比較的確実な将来コストである。

こうした費目では、コスト・コントローラーは、発注時には予定総額ないし上限を決めて発注すること、実績コストの発生をリアルタイムにつかむこと、そして進捗を精確に計測するため主要なメトリクスとあわせて把握する、などのテクニックが要求される。

他方、スコープが堅い費目では、別の見方をしなくてはならない。こうした費目では、作業が完了したときに、いきなり全体の検収額が上がってくることになる。途中のACはゼロなのだ。だから、あらかじめ、コミットした発注額に対して、この先に発生するかもしれない追加費用を、リスク項目ないし潜在的追加としてリスト化し、追いかけておく必要がある。図の右側にあるとおり、このケースでは、発注額Committed
costは一種の確実な将来コスト Firm ETCである(まだ実績ACは上がってきていないから)。時間の経過とともに、潜在的追加もふえていくかもしれない。そして最後になって、当初の発注額に対して、追加金額(approved
change)が決まる。

図では、会計的な実績コスト(Actual Cost)と、確実な将来コスト(Firm ETC)、そして不確実な将来コスト(Uncertain
ETC)を色分けで区別している。だが、どちらも着目しているのは、それらの合計である完成予定額EACである。仮にもし、ACを検収額ではなく発注額で定義したとしても、単に色分けが変わるだけで、潜在的追加をきちんと把握しなければ全体が分からないことにかわりはない。

おわかりだろうか。長々と論じてきたが、ACとETCの区別などというのは、相対的なものである。それはコントロールの目的に応じて決めればいいのだ。大事なのは、完成予測における不確実な項目を、どうやって整合性をもって把握するかの方なので、ここをきちんと仕組み作りできてはじめて、中級レベルになるのである。

Follow me!