安全性と、働くことのエートスに向けて

PHP問題と、安全性という指標

先週はphpの脆弱性問題で、世界中のネット業界が揺れた時期だった(当サイトは対応済み、一応念のため)。ただphp以外にも多くのサイバー攻撃や漏洩問題があり、片肺飛行みたいな状況のサイトも結構見かける。

「安全性」Safetyは、「セキュリティ」Securityと並んで、製品やサービスの重要な品質特性であり、また働く環境の目標でもある。「安全性」はどちらかというと、人に危害を加えたり人の健康を害したりしない面を言うことが多く、「セキュリティ」は悪意やミスから大事な人員や資産・情報などを守る場合に使われる概念だ(でもSecurityの訳語を探すと、「安全性」が出てきたりもする)。

製造業のKPIといえば、伝統的にQCD(品質・コスト・納期)の3種だが、近年はこれに加えて、S(安全性)が4番目につけ加えられることも多い。QCD+S、である。これは2006年から労働安全衛生法に、「労働安全のリスクアセスメント」が明文化されたことも、後押ししたのだろう。

なお、欧米では安全性に加えて、「健康」「環境」を並列し、Health, Safety & Environment(略称HSE)と称するケースが多い。今年9月に刊行した『実践的MES導入ガイド』 の第4章は、工場内の業務プロセスの網羅カタログ的な記述で、本書の中心的な章だが、ここにも「HSE」の節を入れた。HSEマネジメント業務など、一見MESシステムに関係なさそうだ。だが、MESを適用する対象だろうがそうでなかろうが、とにかく工場業務の全貌を理解できるよう、あえて入れてある。


ドイツの工場で驚いた、フォークリフトの運転と安全性

労働安全などと書くと、「俺、それ興味ないから」といって、この記事をスルーしてしまう読者が続出しそうだ。本サイトの読者のほとんどは知的職業に就くホワイトカラー層で、オフィスで働いている。自社内にブルーカラーの職場を抱えていない企業も、多いだろう。わたしがずっと働いてきたエンジニアリング会社だって、そうだ。一応建設業ではあるが、建設労働者は自社で抱えず、毎回、現地の工事業者と契約して仕事を進める。

唯一、製造業の人だけは、自社内に「安全性」を真剣に問われる職場がある(まあ、ファブレス企業とか、現場は全部外注、といった会社は除くとして)。そして今回は、その製造業について、微妙だが、とても大事な話を書こうとしている。

「安全」について、わたしがよく思い出す製造現場がある。ドイツのミュンヘン郊外で見た、自動車工場だ。今からもう7年前、2019年の秋だった。スマート工場に関する受託調査の一環で、わたしはエンジ協会の研究会の仲間と共に、ドイツを訪れた。ドイツIndustry 4.0の舵取りをする中核である、工科大学やフラウンホーファー研究所などをたずねるためだ。

その一環で、わたし達はマンMANという自動車メーカーの工場を視察させてもらった。マンという企業名を知っている日本人は少ないが、トラックやバスなど大型の商用車を生産する、売上高2兆円の大企業である。日本にはほとんど輸入されていないから知られていないだけで、欧州でもトップクラスの自動車メーカーだ。一般に欧州でも工場内は撮影禁止だから、会社名のモニュメントの写真しか紹介できないが、ご容赦いただきたい。

工場の詳細な説明は省くが、きちんとした工場だった。ただ技術的には、見ていて日本と大きなレベルの違いは感じなかった。ドイツだからと言って、喧伝されるほどスマートな感じもしない。ただ、見学してわたしがビックリした点が一つあった。それは、組立ラインのフロア内を走る、フォークリフトのスピードだった。ひどく速いのである。部品をラインに供給する役目の、有人運転のフォークリフトだ。無人のAGFとかではない。

「よく工場内でこんなスピードが許されていますね」と、同行した仲間(製造業のベテラン)も驚いていた。カミカゼ的な速度だから、ひっくり返ったり、接触事故を起こしたり、荷物を落としたりしそうなものだが、たぶん運転が上手いのだろう。


安全性と働くモチベーションの関係

では、その工場では安全性がないがしろにされているのか? そういう風には、全然感じられなかった。工場内は、明るかった。物理的に、明るいのだ。ミュンヘンは北国で、秋冬は暗い。だが工場の屋根には外光を取り入れるルーフが随所に切ってあり、手元まで明るかった。

働いている人達の雰囲気も明るかった。自動車組立ラインは忙しい。短いタクトタイムで、異なる車種のトラックを組立続けなければならない。だが、給料のためにやむなく働いている、という雰囲気は感じられない。見ていると休憩時間なのに、職長クラスが手にほうきを持って、職場の床の小さな溝を掃除している。足を滑らせたりフォークが突っかかったりしないためだろう。誰かに命令された訳でもあるまい(命令されたって、休憩時間中には拒否する権利がある)。

労働者のほとんどは、ドイツ人のようだった。ドイツには外国からの移民も多数住むが、職場の大半が外国人、とは思えない。そして明らかに、自動車づくりという仕事に誇りを持ち、モチベーションをもって、働いている。だから工場全体が、何となく明るいのだ。フォークリフトが速いのは、それが「やらされ仕事」ではないからだろう。

もちろん、これは主観的な印象で、何かエビデンスをつけて示せる訳ではない。とはいえ、わたしも相当多数の工場を見てきた。生産性も士気も高い職場か、非生産的で陰気な職場か、少しは分かるつもりだ。安全性は、決してハードウェアやITシステムだけで決まらない。むしろ、働いている一人一人へのケアとリスペクトで決まる。


「ドイツ博物館」での発見

翌日の夕方、少し時間ができたので、ミュンヘン市内の有名な「ドイツ博物館」を訪ねた。世界最大級の科学技術・産業博物館である。随分前に、「エンジニアにとって必見の場所だ」と聞いていたが、ようやく見学の機会をえたのだ。広大な建物に多数の展示物があり、まともに見たら1日がかりになる(一週間かかる、と地元の工科大学の先生は言った)。それを、ほんの2時間程度で、走り回るように見学した。

そして、「今回ここを見に来て良かった」と思った。博物館の展示と、スマート工場の話が、意外にも一直線につながっているのだ、と分かったからだ。展示で印象に残ったのは、子供用の積み木だった(石でできている「積み石」も含む)。組み立てて、大聖堂のような複雑な建物を作る。遊びだが、教育目的でもある。

他にも子ども向けの教育玩具があり、そしてメインの展示物も、触って動かせるようになっているものがほとんどだ。見ているうちに、ここの人たちは、こうした堅いものを積み上げたり組み合わせたりして、堅牢で精緻に働くものを作ることが、根っから好きなのだな、と感じた。メカニックな物への愛好心。作り上げることの面白さ。そして、それが実は、生きること=働くことの中核にある、という感覚が次第に伝わってきた。

そしてあらためて、自動車工場で働いていた人達の顔を思い浮かべた。彼らは「働くことの中核に携わっている」感じがした。ドイツIndustry 4.0が、なぜ「ドイツの高賃金を維持したまま製造業を現代化する」ことを目指すのか、なぜ工場を全部、海外移転してしまう政策にならないのか、うっすら理解できた。働くことの中核を無くしてしまったら、産業は何のためにあるのか。そういう問題意識は、肉体労働を低級な仕事とさげすむ文化の国では、生まれない。「ドイツIndustry 4.0は無人工場を目指していない」と、工科大学の先生ははっきり言った。


働くことのエートスとは

「エートス」とは、元はギリシャ語で性格といった意味だったが、M・ウェーバーが価値観を込めた社会的行為への動機づけ、といった視点で社会学に用いるようになり、広まった。有名な『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』 などがその例である。

ドイツ文化圏における働くことのエートスには、手仕事で何かを作り上げることが、しっかりと組み入れられているらしい。むろん、これが漠とした、定性的な言い方にすぎぬ事は承知している。でもそれは、かの国の職人=マイスター制度などにも現れている。職人階級は、フランスにもイタリアにもあった。だがそれを維持してきたドイツとイタリアは、今でも高品質な産業機械などを作るのに、維持しなかったフランス(人類学者レヴィ=ストロースは半世紀も前にその事を嘆いていた)からは、次第にエンジ会社は買える物が無くなってきた。製造業の実力は、そういう所に現れるのだ。

工場とは、その企業が「働く」とはどういうものかと考えている事の表象だ。肉体労働など、低級な人間の仕事だと思っていれば、そういう工場ができあがる。きちんとしたものを作り上げる喜びこそ、生きることの主要なモーメントだと思っていれば、そういう工場が出来上がる。

ドイツのIndustry 4.0はその後10年経って、欧州 Industry 5.0になったが、「人間中心の生産」Human-centric production を目指す点は変わっていない。「人が働く事の中心にはものづくりの楽しさがある」というドイツ流思想があるからだ。

翻って日本では、第4次産業革命とかロボティクスは「無人工場」を狙うという考えが未だに強い。日本の経営者やメディアは、よほど働く人間たちが嫌いらしい(笑)。労働者がいれば、面倒な労務管理や組合対策も必要になる。法律で決められた労働安全衛生も、守らなければならない。全部ロボットにしてしまえば、楽だろう・・。

技術的挑戦課題として、無人工場を構想すること自体を、否定するつもりはない。危険でよろこびの薄い単純労働を、機械化することにも賛成だ。だが、ずっと繰返し言っているように、「スマート工場とは、見た人が皆、『ぜひここで働きたい』と考える工場」である。働くことが楽しくない工場から、すぐれた製品が生み出される訳がない。働くことのエートスを抜きに、製造業を考えることはできないはずなのである。


<関連エントリ>
「安全第一とはどういう意味か」 (2011-04-03)
「安全と危険の境目をはかる」 (2011-04-21)