「ITって、何?」 第18問 日本はIT先進国なの、それとも遅れているの?(1/3)
<< IT大国だが先進国ではない >>
「それにしても、日本はITの創造性に欠けている、って本当なの? 日本はIT先進国なのかしら、それとも遅れているのかしら。なんだか両方の説をきくわよね。」
--うーん。最近の海外の評価を見ると、決して世界でもアジアでもトップではないようだね。
「そうなの? じゃ、どこがトップなの?」
--まあ世界のトップはアメリカだと、誰もが認めるんじゃないかな。2番目が日本だと、かつては皆が思っていた。しかし90年代、とくに後半くらいに日本はその座から滑り落ちてしまったようだ。
「“失われた20年”ね。こんなところでも失っていたんだ。」
--最近では、アメリカの次に話題になるのは、なぜか北欧が多い。フィンランドなんかインターネットの普及ではアメリカをずっと前から追い越していた。ドイツもERPパッケージでかなり株を上げたね。
それで、最近のアジアのIT産業はどうか、って話になると、これが日本をすっ飛ばして中国か韓国・シンガポールなんかの話題になりがちだね。なんだか悔しい気もするけどさ。でも中国や台湾は今や世界のパソコン工場なんだから、しかたない。
「ふうん。それで最近は政治家のおじさん達もIT、アイテー、でうるさいのね。ああいう人たちって、日本は中国とか韓国とかに追い抜かされたなんて聞くと、頭に血が上りそうだもん。」
--ただね。そういう議論てさ、ぼくは抽象的すぎると思うんだ。だって、方向を言わなければ「先進的」かどうかわからないだろ? 東に向かっているのか、南に向かうべきなのか言わないまま、あのランナーはこのランナーの先をいっているだの追い抜いただの、議論してもしかたがないじゃないか。
「ってことは、何か物差しをとって比べるべきなのね。でも、どんな指標があるのかしら?」
--そこなんだなよな、問題は。じつは、ぼくにもぴったり来る指標がすぐには思いつかないんだ。
たとえばね、昔だったら、その国の計算機の生産高で比べれば良かった。でも、これは、IT=コンピュータ・ハードウェアの時代の感覚だ。ITの世界の歴史では、一貫してハードの価格の比率はソフトの価格の比率に比べて下がり続けている。こんな感覚で今時議論しても意味がない。果たして中国・台湾みたいにパソコンを低価格で作りつづけていりゃあ先進的といえるのか? ぼくにはとっても疑問だね。
むしろ、その国の中で、情報サービス産業が全体としてどれだけ売り上げているか、あるいは対GDP比でどうかを比べることのほうが有意義だろう。これだと日本はけっこういいはずだ。
「だったら、それで比べればいいじゃない。」
--ところがね、輸出入を計算に入れようとすると、急にむずかしくなる。というのは、ソフトウェアはモノではなくサービス商品にくくられるから、たとえば実物経済のような輸出入の勘定にはひっかからないんだ。
「ふーん。じゃあ、ほかに何かないのかしら。」
--思いつくことはいくつかあるんだ。たとえば、インターネットの普及率とか、あるいはデジタル通信サービス事業者の売上とか。でも、これも今ひとつだ。
「どうして?」
--たとえばね、通信の規制緩和が進まないためにデータ通信の費用が大きい国があったとしてさ(これはちょっと前までの日本のことだけれど)、それは果たして先進性をあらわしているのか? 大いに疑問じゃないか。
「じゃあ、パソコンの普及率とかは?」
--それも90年代の中頃は一人一台かどうかが騒がれたころによく使われたけれど、ぼくは単純にすぎると思う。ホワイトカラーの職場はいいけれど、工場や現場業務のブルーカラーの多い組織はどうするんだ。トラックの運転台に1台ずつPCを置くわけにもいかないだろ。こういう、ハードウェアの普及率だとか、あるいはハードウェアの生産高でその国のITのレベルを計ろうというのは間違っていると思う。
「あなたって、コンピュータが仕事のわりには、ぜんぜんハードに肩入れしないのね。純粋にソフト屋さんみたい。」
--別にハードウェアを軽視しているわけじゃない。でもね、さっきもいったようにハードウェアの金額的な比重を考えると、それを指標にITの先進性を計られることには抵抗がある。
さっきから言っているように、そもそもIT産業の発展は分岐増殖型のパターンにしたがっているんだ。だからハードウェアからソフトウェアが分化し、さらに基本ソフトと応用ソフト、通信ソフトとどんどん分化してきているわけだ。だから、どれかの業種にピントをあてた単一の指標で日本のITのレベルを計られ、批評されたんではたまったものではない、というのがぼくの感覚なんだ。
「・・ふーん。わかったわ、問題が。」
--?? 問題って、何が? 日本が先進的かってこと?
「ちがうわよ。あなたが指標を選ぶのに苦労している理由よ。何かうまい指標をぱっと見つけて、それで計れば日本のIT産業もけっこういい位置に来ている、っていうことを証明したいんじゃないの?」
--そんな下心はないつもりだけどね。
「下心とか何とかじゃないのよ、たぶん。ただ、あなたの言った指標って、みんなITの売り手側の指標じゃない? それはあなたがIT産業に属しているから自然にそういう見方をしてしまうんだわ。」
--売り手側、ねえ。まあ、たしかに社内向けではあるが、売り手側の目で見ていることはたしかだな。
「そうでしょ? だって、“社内にはITの価値が分かるやつが少ない”、って、さっきも吠えていたばっかりじゃないの。自分は供給者として優秀な能力を持っているのに、消費者側が馬鹿だから先進的になりきれない、っていうのがあなたの潜在的フラストレーションなのよ、きっと。
でもね。ある国がITに関して先進的かどうかって、その国のIT産業がたくさん稼いでいるかどうかで決めていいものかしら? もっと消費者サイドで見なければいけないんじゃない?」
--そうかなあ。
「だってね。えーと、たとえば・・ほら、ピカソやダリやミロはスペイン人だったじゃない。」
--?? いったい何の話だい?
「それからシャガールはベラルーシ出身、モンドリアンはオランダ人だったわ。その一方で、フランスの画家はセザンヌとマチス以降は、言っちゃ悪いけれど小粒な人が多いの。だからといって、この20世紀前半の美術史を考えた場合、スペインの方がフランスより先進的だったと言えると思う?」
--・・はあ?
「でも、この人達はみんなフランスで活躍したのよ。なぜって、そこには彼らの絵を評価して買ってくれる需要があったからだわ。買い手の目が良かったからこそ、今でもフランスの美術館には20世紀初頭の近代絵画がたくさん残っているの。まあ、戦後はアメリカが現代美術の最大の買い手になっちゃったけど。だからね、先進性をいうなら、作り手じゃなくて買い手の側を考えなきゃだめなんだわ。」
--なんだかその例はへんてこな気がするけれど、まあ、君の言いたいことは何となく分かる。しかしね、買い手の側を評価するとなると日本のITの評点はぐっと低くなりそうな予感がして、どうもいやだな。
「買い手の側のレベルをうまく計れる物差しってないものかしら。たとえばほら、会社がITにたいして出費しているエンゲル係数みたいなもので。」
(この項つづく)