ル・コルビュジェのサヴォア邸と自由度の難問

フランスのパリ郊外、ポワシー(Poissy)の街に、サヴォア邸はある。郊外通勤電車RERでパリの中心から西に約30分、ポワシーはイル・ド・フランス地方の典型的に穏やかな小都市だ。駅から少し歩くと市庁舎で、その前の広場には市場が立ち、小ぶりだけれど由緒あるゴシック建築のノートル・ダム教会がある。街の名前が暗示するように、セーヌ川に面するこの町は、下流から船で運ばれてきた魚や水産物を、ここで陸あげして大消費地パリに運ぶ流通の拠点として、それなりに栄えてきた歴史をもっている。

金融業の資産家サヴォア夫妻が、この街に週末用の別荘を作ろうと思いたったのは1920年代の後半のことだった。夫妻はその設計を、ル・コルビュジェという筆名(?)で仕事をしていた気鋭の中堅建築家に依頼した。セーヌを見下ろせる小高い丘の上に、それなりの敷地を買って、2階建ての家屋を造らせる。ほとんど集合住宅ばかりのパリの街の住民は、ときどき郊外に抜け出して、緑の中の一軒家で息抜きをしたくなるのだ。

建築家ル・コルビュジェにかんして、私の知識、ないし知ったかぶりは、ごく限られている。19世紀の終わりにスイスに生まれた彼が、このサヴォア邸の設計を依頼されたのはちょうど40歳の時で、すでに彼は前衛的なアジテーターとして知られていた。ル・コルビュジェと、ミース・ファン・デア・ローエ、フランク・ロイド・ライトの3人の建築家によって近代建築はスタートしたと言われている。

近代建築とは何か。それは、一般に造形の自由さだと思われている。しかし、それを可能にしたのは、もっと技術的な要素、すなわち鉄筋コンクリートという新しい素材の登場だった。それまでの石や煉瓦を積み上げて壁に荷重をもたせる、いわゆるヨーロッパ風の伝統的石造りの建物とは、まったく異なった設計が可能になる。ル・コルビュジェたちは早くからその可能性に気がついて、別の造形の可能性を開拓しようと意気込んでいたのだ。彼は、このサヴォア邸の設計に取りかかる前に、「現代建築の5原則」なる理論を発表した。それは、(1)ピロティーの上にある家、(2)屋上庭園、(3)自由なプラン、(4)横長の窓、(5)自由なファサード、から成り立つ。そしてサヴォア邸はその理論を完璧に実現した住宅となった。

サヴォア邸を見学にいったものは、まず、その家のどちらが正面入り口かでとまどう。そして、フラットで水平感の強い構成、とくに2階のサロンの全面ガラスの壁がもたらす明るい光の効果に驚く。ル・コルビュジェの建築は、いつも光の取り入れ方が美しく、見事だ。それは陽光の季節を待ち望む北国の人の感覚にぴったりくる。しかし、同時に、“これじゃ暖房費がかかってしょうがないだろうな・・”とも思うに違いない。

暖房光熱費はかかっても、この家に住むのは楽しそうだ。それは私も素直に感じる。しかし同時に、ル・コルビュジェの5原則を守らないと、快適な家は生まれなかったのだろうか、とも疑問に思う。

彼の5原則とは、実はすべてが伝統建築へのアンチテーゼでしかない。(1)ピロティーの上にある家とは、半地下室を持つフランスの建物からの、(2)屋上庭園とは傾斜を持つ屋根からの、(3)自由なプランとは壁構造からの、(4)横長の窓とはゴチック以来のフランス窓のあり方からの、そして(5)自由なファサードとはマンスール様式に代表される伝統的なフランス建築の正面からの、脱出なのだ。彼は建築家を束縛する因習と、その因習の背景に存在する技術的・社会心理的な制約条件を、なんとか破壊すべく、鉄筋コンクリートと平面ガラスという近代工業の産物に、その希望を託したのである。

その結果はどうだったか。たしかにサヴォア邸はすばらしい。まさに芸術的な美しさと完成度がある。しかし、凡百の建築家にとって、ル・コルビュジェがもたらした設計の自由度は、モデルのないまま白いキャンバスを前に途方に暮れる画家のような、手がかりのない難しさだった。自分の能力を超えた自由度を与えられると、人間は途方に暮れるか、自分の個人的な願望だけで塗りつぶしてしまうか、どちらかだ。

伝統の様式にしたがっていれば、多少へぼな建築家でも、それなりの建物ができあがっていくものだ。しかし、伝統を壊してしまったいまや、ル・コルビュジェ級の天才でなければ、機能と美しさが調和した建物を造るのは難しい。その結果、世界中の街に、意味も自律性も周囲との階調も持てずにいる、奇妙な近代建築が乱立することとなった。

伝統の呪縛から自由度の困難へ。ル・コルビュジェが宣言した、近代への脱出がもたらしたものがこれだ。だが、多くの人間は彼ほど全能ではなかった。ポワシーの街から通勤電車RERが到達する、パリの新都心ラ・デファンス--そこに降り立って、周囲に建ち並ぶ、モダンで斬新だが無味乾燥なビルの羅列を見たとき、誰もがそう思うのだ。