書評(失敗学に関する2冊):「失敗の科学」マシュー・サイド著、「なぜなぜ分析10則」小倉仁志著

「失敗の科学」マシュー・サイド著、有枝春・訳


失敗の科学」 (Amazon)


航空と医療は、人の命に関わる仕事をする二大業界である。どちらも万が一の失敗が、顧客・患者の生命に直接影響する。にもかかわらず、両業界の失敗に対する態度は、ほとんど正反対と言えるほどに違う。どう違うのだろうか。

本書は、ごくありきたりの副鼻腔炎の手術を受けた、エレインという主婦の話から始まる。37歳、二児の母。手術は麻酔下で行われ、ほとんどリスクがないはずだった。だがベテランの担当医と麻酔医が受けもつ手術だったにもかかわらず、筋肉の硬直のためか必要な喉頭マスクが挿入できず、酸素不足のため血中酸素濃度がどんどん低下していく。看護師は気管切開のキットを用意するが、担当医は口からの気道確保にこだわった。

結局エレインは集中治療室に移されたものの、酸素不足による脳の損傷のため、13日後に息を引き取る。医療過誤かと言えば、その通りだ。後からふりかえって、本当に適切な処置を正しいタイミングで行っていれば、患者は死なずにすんだ。だが手術室で患者を救おうと必死に取り組んだ医師を責めれば、この問題はなくなるだろうか?

1995年、米国医学研究所は年間、約4〜10万人の患者が、回避可能な医療過誤によって死亡しているとの、ショッキングな調査レポートを発表した。2013年の別の研究によると、この数は40万人におよぶと推定された。ジョンズ・ホプキンズ大学のプロノボスト教授は、上院の公聴会で、この数について、

ボーイング747が毎日2機、事故を起こしているようなものです」
と表現した。

ところでエレインの夫・マーティンは、実は航空業界のパイロットだった。妻の死をもたらしたのは単なる偶発的事故ではなく、特定の「パターン」があるのではないかと疑い、くわしい調査を始める。だが彼の行く手を阻むものがあった。理由は単純、医療業界は事故が起こった経緯について、日常的データ収集をしてこなかったからだ。

これは航空業界とまったく逆である。本書では有名なユナイテッド航空173便の悲劇が、くわしく説明される。181人の乗客を乗せてポートランド郊外に墜落した事故は、経緯が完全に分かっている。なぜならコックピットの会話が、航空記録と共に、ブラックボックスに完全に残っていたからだ。

本書の原題は、”Black Box Thinking”。「ブラックボックス的な思考」のタイトルが、テーマを表している。副題は”The surprising truth about success”。Success(成功)とはすなわち、失敗の対義語だ。だが、全く失敗せずに成功し続ける企業も業種も存在しない。成功するためには、失敗から学ばなければならない。それが、本書の主題だ。そのためには、記録とデータを残して、隠さず公開しなければならない。

航空事故が起こると、航空会社とは独立した調査機関が短時間で組織され、強い権限が与えられる。なお、事故の調査結果を民事訴訟で証拠として採用することは、法律で禁止されている。だからパイロットをはじめ当事者は、ありのままを語りやすい。調査終了後、報告書は一般公開される。報告書の勧告は、航空会社が履行する責任を持つ。そして企業を超え、国を超えて、それは共有される。これが航空業界だ。

航空業界では事故だけでなく、小さなミス(日本の製造業で言うヒヤリハット)の報告も行われる。それも10日以内に提出すれば、処罰されない。機械的なエラーレポートも自動的に発信される。こうしたことの積み重ねが、あれほどの安全性(飛行機旅行は自動車での移動より統計的にずっと安全である)を生みだしているのだ。

成功したかったら、失敗から学ばなければならない。本書では、いろいろな業種業界における失敗へのとりくみが紹介され、また、我々の「学び」を阻害する心理的ハードルについて、詳しく述べている。著者は英国のジャーナリストだから、文章はとても読みやすい。

「学習する組織」といった経営スローガンが世間でもしばしば聞かれるが、失敗からのより良い学び方を知らなければ、「学習できない組織」がはびこるだけである。わたし達はまず、学び方を学ぶ必要がある。そのための最適な入門書が、ここにある。

「なぜなぜ分析10則」小倉仁志・著

なぜなぜ分析10則 真の論理力を鍛える」 (Amazon)

わたしのこのサイトで最も多いアクセス数を持つ記事は、「なぜなぜ分析は、危険だ」 (2014-04-26)である。サイト移行があったので正確な総PV数は分からないが、おそらくトップだろう。もう10年以上も前の記事で、しかも春の連休の始まりに際し、大急ぎで書いた記事だった。ネットでは何がバズるのかさっぱり予測がつかないが、特にこの記事が多くの人の注意を引きつけた理由は、謎である。

「なぜなぜ分析」は、理由を見つけるために行う。なぜ、この記事が読まれたのか? 考えられる理由は、日本のかなり多くの企業で「なぜなぜ分析」が実施されているから、だろうか。しかもその実践には、かなり危ういところがあるに 違いない。なぜなら、通常の「なぜなぜ分析」に関する情報なら、他にネットでいくらでも見つかられるはずだから。わたしのこの記事はしかし、ありがちな「なぜなぜ分析」に対して批判的だ。 それが共感を呼ぶのだとしたら、世に広く行われている分析に、何か不都合でまずい点があるために違いない。

本書は、なぜなぜ分析の専門家による、適切な進め方に関するガイドである。副題「真の論理力を鍛える」がその方針をよく示している。著者の小倉仁志氏は最初、外資系化学メーカーであるデュポン社に勤務し、後に独立してコンサルタントとなった方だ。わたし自身はデュポンと直接仕事をした経験はないが、有名な自己資本利益率(ROE)の「デュポン分解」や、 プロジェクト・スケジューリングにおけるクリティカル・パス法の開発など、管理技術について、極めて高いレベルと伝統を持った企業だと理解している。 そこでの経験が著者のコアになったに違いない。

それにしても、なぜ「真の論理力」を問うのか。本書の最初に、こんな例が出てくる:

「部品の種類が多いから、棚から部品を取り間違えてしまった」

読者諸賢はこの文章を見て、論理的だと思うだろうか? そう思った方にとって、本書は必読の書になるだろう。 著者はこの例に並べて、

「プリペイドカードの導入にあたり、カレーライスを400円に値上げさせていただきます」

と言う駅そば屋の掲示を上げる。 この文章が論理的ではないのは明らかだろう。なぜプリペイドカードのシステム導入と商品値上げが結びつくのか。システム導入に費用がかかったからだろう。そして、その費用をすべて顧客に移転しようと店主が思ったからだ。 また、そば屋なのにカレーだけを値上げすると言う。主力商品の値上げでは客離れが怖いから、一定数売り上げの立つサブの商品に対してだけ行うことにした。 これらの説明は全部すっ飛ばして、原因と結果だけが直結されている。

「部品の種類が多い」ことと「棚から部品を取り間違えた」との間にも、飛躍がある。 もしそんな説明がまかり通るなら、スーパーで買い物をするときにも、笑は頻繁に取り間違いが発生するはずだ、と著者は続ける。「種類の見分けがつきにくい」ことが問題なのである。

また上記の説明にはもう一つ問題がある。部品の種類が多いことが原因ならば、対策は「部品の種類を減らす」しかなくなる。これは多くの製品の設計を根底から変えなければ実現不可能だ。そんな対策ができるのだろうか。

「なぜなぜ分析」の目的は、再発防止である。決して、犯人探しでも処罰でもない。上記「失敗の科学」 でも航空業界の例で述べられていたことだ。この点はいくら強調しても、強調しすぎる事は無いだろう。

著者は、論理に飛躍や欠落がないかを試すために、逆に「原因→結果」の順に文章を書き換えて、意味が通るかを検証しろと言っている。たとえば、下記の例:

「 5mm内側にズレた位置で紙をカットした」→(なぜなら)「 ハサミで紙をカットした」

は、逆順にすると、
「ハサミで紙をカットしたから、5mm内側にズレた位置で紙をカットした」
になる。 原因から必ずその結果が生まれるとは限らないので、論理が短絡している。 本来は「カット開始時に、ハサミの位置が5mm内側にずれていた」となるべきだ(p.73)。

しかも、このように考えると、もう一つの 原因の可能性も気がつく。「カット開始時に、紙の位置が5mm外側にずれていた」からかもしれないのだ。

こうなると、1つの結果に対して、複数の「なぜ」が並列して列挙されることがある、とわかる。本書には、そのような例が多数示されている。したがって著書が強調するように、「5回」は単なる目安であって、3回でも6回でも良い。なのに、トヨタの大野耐一氏が「なぜなぜ5回」と呼んだからという理由で、5回に無理にこだわる企業も少なくないようだ。

「なぜなぜ分析」は、 誰でもできそうな仕事に思える。しかし、分析を適切に進めて、正しい再発防止策を見つけるためには、それなりのスキルやテクニックが必要なのである。 不適切な「なぜなぜ分析」をいくら繰り返しても、決して品質向上や生産性向上には結びつかないだろう。そのためのプロによるガイドブックが、本書である。


<関連エントリ>
なぜなぜ分析は、危険だ」 (2014-04-26)