神奈川の小さな通りを歩きながら考える
平川町は、神奈川区役所から六角橋までをつなぐ、小さな通りである。わたしの家から坂を下りて2,3分のところを通っている。
平川町はもとは大工町だったらしい。通りを六角橋の方から歩くと、両側に畳屋、ふとん屋、桶屋、ガラス屋、土木屋、シート屋、そして提灯屋(!)などが並んでいる。しかし、ここに引っ越してきてから10年の間に、ぽつりぽつりと消えていき、だいぶん面影が無くなってしまった。
六角橋側の入口近くに、横浜では有名な「六角家」という家系のラーメン屋がある。少し下ると、「ローゼンボア」という、朝早くから開いている老舗のおいしいパン屋さんがある。が、それ以外はさして賑わう商店街ではない。歩いていると、大工町風の職人の店が消えた代わりに、新しい看板がいくつか目に入る。整体師・マッサージの店が3軒ほど。小さなスナックが数軒。そして、「エホバの証人」会館(といっても小さな店の2階だ)と、「真光教団」の集会所があることに気がつく。
マッサージと、お酒と、新興宗教と。我々の時代が欲しているのは、こうしたものらしい。そして、代わりに我々が失ったのは職人仕事だった。
『生きる』ということを考えること自体が、『新興宗教的』といわれるような事態になったのは、’80年代終わり頃からだった。たいていの人間が、おりにふれて思い出す疑問--この人生に、どういう意味があるのかという疑問を、まるで夾雑物であるかのように、見事に隅に掃き寄せてしまう社会。そんな社会に、私たちの住んでいる場所はいつのまにかかわっていた。
平川町をさらに下ると、小さな五叉路にでる。そのあたりは、なぜかテキ屋の人たちがかたまって住んでいる場所だ。そして、おそらくそのあたりから、小さな川が、海に向かって流れはじめている。だが、今その川は暗渠になっていて、区役所の脇を通り過ぎるまで日の光を浴びることはない。