「たのしい科学」が私をつくった

少し前のことだが、高田馬場の「仮説社」という小さな出版社で行われた、ある上映会に参加した。「たのしい科学」という、60年代初頭に製作された、科学教育のための短編映画集だ。そのなかから、「粘土」「やきもの」「ガラスの性質」そして(90年代に製作された短編)「水蒸気」を観た。

上映会には制作者の牧さんという方が出席されて、ところどころ解説を入れられた。フィルムはいずれも1巻ものの貴重な(古い)プリントで、 16mmの映写機でうつされた。

「たのしい科学」は、岩波映画社の製作で、最初は日本TVでシリーズ放映され、のちに東京12チャンネルが開局したときに全部再放送したという。ぼくは小学生のころ、この「たのしい科学」が好きで、なんだか自分の記憶の中では毎日観ていたような気がする。

中でも、「二本足のコマは立たない」「光の正体」「地震」などは今でもその中のシーンをいくつかはっきりと覚えている。一本足の地球ゴマはちゃんと立つのに、足を二本(二股)にしたとたん、地球ゴマはすぐ倒れてしまうのだ。なぜかショッキングなそのシーンは強いインパクトがあった。ナレーションの女性アナウンサーの声もまだ記憶に印象が残っている。

どれも15分の短編で、白黒だが、今観ても面白い。まず、シナリオがじつに良くできている。視点の提起のしかたもいいし、例にインサートされるショットも気が利いている。音楽もまたすばらしい。このころの映画の録音は一発勝負で、「お皿」と呼ばれるLPレコードから該当箇所を、ぴったりの位置に手で針を落としてとったのだという。照明もいいし、撮影もきれいだ。つまり、その頃の日本映画界の高度な職人芸が完全に詰まっているということだ。

しかし、それより何より、こういうシリーズの短編が制作され、TV放映されたという事実に、あらためて時代の違いを感じざるを得ない。科学というものは、好奇心を刺激する、なにかワクワクするようなもの、しかし大げさでもわざとらしくもない、つまり『楽しい』ものだったのだ。いまのぼくが、かろうじてエンジニアの端くれでありつづけているのも、小学生のころ毎晩TVで「たのしい科学」をみてワクワクしていたことと、無縁ではない。

いま、このシリーズの数十本は、子どもの理科教育に携わる先生方有志の努力で、一応DVDセットとして販売されている。それはそれで貴重な取り組みだと思うのだが、本当だったら、TVで放映してほしいと思う。時代錯誤なことを言ってるのは承知の上だ。

ぼくは、昨今言われている「理科系志望者の減少をなんとかするために云々」といった議論が、じつは大嫌いだ。産業社会の都合のために、使いやすい兵隊や下士官を量産したいという意図が見え見えだからだ。そんな企業のご都合主義的論理など、ぜんぶ捨ててしまえばいい。科学が好きになる理由はたった一つ、それが「楽しい」からだ。それで十分ではないか。一番大事なそのことを忘れて、『ものづくり日本』だの『センター・オブ・エクセレンス』だのといった戯言ばかりをもてあそぶ大人たちを、ぼくの中の小学生は憎むのである。



「たのしい科学」が私をつくった” に対して5件のコメントがあります。

  1. ジャイロマン より:

    楽しい科学を見たくて仕方ありませんが、
    ここで書かれていること(地球ゴマのシーン)は、別の方が下記ブログのコメント欄で書かれている内容(地球ゴマを使ったモノレール)と同一でしょうか? それとも別のものでしょうか?

    http://akubilr.asablo.jp/blog/2010/04/21/5033490

  2. Tomoichi_Sato より:

    そうです。まさしくその放送です。モノレールの安定化のために、ジャイロを乗せるという最新技術を紹介するために、「たのしい科学」のスタッフがミニチュアモデルを作るのですが、あっという間にモノレールは左右どちらかに倒れてしまいます。そこで、二本足のコマを作って実験し、一本足なら倒れないのになぜうまくいかないのか検証し、最後にある見事な工夫で、この問題を解決するのです。こういう番組こそ、本当の意味で科学を好きになる道への道しるべではないでしょうか。

  3. ジャイロマン より:

    ようやく合点がいきました。
    ジャイロモノレールがにわかにブームの兆しが・・・。
    下記の岩波映像オフィシャルサイトでその映像をDVDが買えるみたいですが、18000円はちと高いですね。また見る機会があれば、ぜひ見たいと思います。では。

    http://iw-eizo.co.jp/newest/

  4. 長谷川 より:

    偶然こちらのブログを発見しました。
    私は牧さんと2012年にこういった物理学などに関する映像をもう一度作る機会をいただいて、牧さんはそれから3年後の2015年の秋に亡くなりました。
    科学教育、それもどちらかというと物理や化学のような筋道の通ったことを確かめるような分野が得意だったと語っていました。生物分野は、その頃は遺伝学や分子生物学がでてくるまでは博物学と分類学しかなかったということでした。

    楽しい科学という番組が、八幡製鉄による一社スポンサーとして視聴率を気にせず、自由な番組作りを認めていたことを思うと、今のテレビや映画は(NHK Eテレをのぞいて)とても窮屈なやり方をしなくてはいけなくなったといっていました。

    2012年の段階で、白黒になっていたものを、カラーで撮りなおせないかと企画を考えたこともありましたが、当時と同じクオリティで制作する人件費や設備費用がまったく出せませんでした。
    岩波映画が、大学の研究室との連携が強かったこと、岩波側の予算で研究を進めることができた大学教授がいたこと、教育映像が「科学的事象がおこる証拠」として考えられていて、その一瞬のために心血を注いでいたことなど、技術的にも金額的にも高いレベルであったということがよくわかりました。

    ふと、高田馬場でたばこをくゆらせながら当時の苦労を語る牧さんの声が、今でも聴こえるようなブログで、思わず書き込みをしてしまいました。

  5. Tomoichi_Sato より:

    長谷川様、コメント書き込み、どうもありがとうございました。もう8年も前のことですが、いまだにあの時のことはよく覚えております。「たのしい科学」のようなコンテンツこそ、日本の宝だと思います。そういう宝を、ちゃんと認識してつなげていくことこそ、あの番組を見ていた世代の使命だと信じるのです。

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