生産管理システムの設計・導入は、なぜ販売管理や経理システムより難しいのか

  • 上司にレポート作成を命じられたら

月曜の朝一番、あなたは上司に呼ばれて、ある件に関するレポートを作成するように命じられる。それなりの内容だ。部内の過去の資料などを調べ直さないといけない。3日位はフルにかかりそうな仕事だ。それを今週中に提出してほしいと言う。あなたは他にも定常業務を抱えていて、今その1つに着手したばかりだ。さて、どうするか。

1つの考え方は、やりかけの仕事は脇において、そのレポート作成にすぐ取り組むことだ。早ければ水曜日の夕方には終わるだろう。やりかけの定常業務は、木曜の朝から再開すれば良い。その方が気が楽だし、書き上げたレポートをブラッシュアップするチャンスもあるだろう。

しかしもちろん別の考え方もある。金曜日の夕方に提出すれば良いのだから、ギリギリ水曜日の朝に着手すれば間に合うはずだ。そうすれば一旦、着手しはじめた定常業務の方を、先にある程度片付けることができる。頭脳労働というものは、途中で腰をおられると再開するまでに時間がかかり、その間、能率も落ちる。

早めに着手するか、ギリギリでの完成を狙うか。あなたには選択の余地がある。考えなければいけない因子もいくつかある。やりかけの仕事を中断して、生産性の低下を我慢するかどうか。作成するのに3日かかると見積もったが、その見積もりはどれくらい正確なのか。一旦完成した後で、品質向上のチャンスを残したいかどうか。そして週末に気楽な気分になって、気になっているカノジョに飲みに行こうと声をかけたくなるかどうか…etc, etc。


  • 指示のためには基準と目標が必要

別にそんな「白か黒」みたいに固く考える必要は無いのではないか。金曜までの間に思いついた時だけ少しずつやれば良い、そんな感想もあるだろう。それはこの仕事をあなた1人だけでやる場合だったら正しい。しかし、仕事の1部を後輩や部下に分担してもらうのだったら、どうだろう。 その時には、仕事の内容やアウトプット、そして期限などを決めて伝えなければならない。ちょうどあなたが上司からそうされたように。

できるだけ早く着手するか、それとも可能な限りギリギリの完成を狙うか。スケジューリングの分野では、前者を「フォワード・スケジューリング」、後者を「バックワード・スケジューリング」と呼ぶ。

この2種類は、どちらもプラスとマイナスがある。 前者の方針をとると、定常業務の生産性が一旦落ちる上に、成果物が完成してから上司に提出するまで、手元に二日間とどまることになる。いわば仕掛在庫になるわけだ。「在庫(=作りすぎ)のムダ」を嫌うジャスト・イン・タイム生産の基準に 従うなら、ギリギリの完成を狙うことになる。 しかしその場合、「三日間」と言う作業期間の見積もりが甘かった場合、納期遅れになるリスクが生じる。飲み会を考える気分的余裕はないかもしれない。

品質を取るか、生産性を取るか。週末の自由度を取るか、納期リスクを取るか。指示を出す人は、決めなくてはならない。誰かに指示を出すときには、決断のための基準がいる。 その基準は、QCDなどのKPIの内、どれを重視するのかとリンクしている。 もちろん毎回個別に考えてもいい。だが、指示を出す業務をITシステム化するときには、何らかの基準と目標を設定する必要がある。


  • 生産管理システムの特徴=指示を出す仕組みであること

知人のコンサルタント本間峰一氏は以前、「生産管理システムには魂を入れる必要がある」と解説しておられた。うまい表現だと思う。では生産管理システムに入れるべき「魂」とは何か。上で述べた基準や目標値の取り方は、明らかにその重要な要素である。

生産管理システムは、販売管理や経理システムなどとは、かなり違う性格を持っている。販売管理システムは、基本的に営業マンに指示を出さない。売上目標ぐらいは与えるかもしれないが、具体的にどの顧客を訪問し、どう喋って何を売り込め、というような指示は出さない。それらは全て営業マンたちが自分の頭の中で判断して決める。

そして販売業務の結果、引合や注文を受け取ったら、結果を販売管理システムに入力し記録することになる。経理システムも同様だ。経理部門のユーザに対し、何を買えとか、いくら借りてこい、とか指示を出すわけではない。業務の指図と手配は、全てユーザが頭の中で行って、その結果を記録するだけだ。

ところが、生産管理システムは違う。上にのべたレポート業務との類推で、考えてみて欲しい。レポート作成の代わりに、生産ではどの部品を手配し、どの工程でいつ着手するのか、どのサプライヤーに発注するのか、すべて指示が必要だ。そうした指示は基本的に、システムが決めて出力することになる。

もちろん指示の作成・発行は、設定したルールや基準に従って行うわけだ。そして指図を現場に伝えて、初めて実際の業務が動き始める。指示の決め方の基準やルールに応じて、結果の品質や納期やコストといったパフォーマンスが、大きく左右されることになる。

だから、どういうルールや基準に基本的に従うのかを、ユーザたちが選び、設定できるようにしなければならない。これこそが「システムに魂を入れる」部分なのだ。販売管理や経理システムでは、魂を入れる必要は無い。魂は、実際の指示や業務を行う人たちの頭の中にあるからだ。


  • 生産管理システムの難しさは機能面よりも、業務ルールとKPIの因果関係理解にある

生産管理システムは複雑だ。BOM=部品表をはじめ、多数のマスタがあり、画面数もトランザクションも多く、外部I/Fだって、各種あり得る。だから担当SEは、全体の仕組みを理解するだけでも、かなりの勉強時間を必要とする。無論、販売だって経理だって、システムはそれなりに複雑で、その点では本質的な違いはない。しかし生産管理系の難しさの中心は、IT側にはない。本当に理解すべきなのは、工場という仕組みとその組織、そして生産業務を構成する諸要素と結果(KPI)との、因果関係にある。ここが実に、分かりにくい。

なぜ、分かりにくいのか。意外に思うかもしれないが、じつはユーザーである製造業の側に、それをちゃんと説明してくれる人が少ないからだ。日本の製造業の多くは縦割り組織になっていてサイロ化が進み、工場業務の全体像を知っている人がほとんど、いない。仮にいたとしても、自分の業界のこと以外は、普通は知らない。

製造業の業務は、生産形態にしても生産方式にしても、非常にバラエティが大きい。生産管理システム・パッケージは普通、できる限り広い業種業態をカバーしようとする。特定業種に適用するには、一種の「翻訳」が必要になる。それに、製造業が高度成長期から令和の現在までに、どのような変化に直面しているのか、それが目標設定にどう影響するのかも、ふつうのユーザは説明できない。

それだからこそ、(ここから少し手前味噌的になるが)幅広い製造業を長年相手にしてきた、エンジニアリング会社だとか生産系コンサルタントといった職種が役に立つのだ。新著『攻めの工場づくり』のような本は、製造業の人ではあまり、書けない。工場の仕組みをゼロからスクラッチで構想し、設計・実装する仕事は、ふつうの企業ならよくて10年に1度程度しかない。だがエンジ会社は、ずっと工場づくりを繰り返している。そして工場のハードウェアは、生産管理のソフトウェアと、ワンセットなのである。

生産をきちんとマネジメントしたかったら、ITシステムの機能や構造を理解するだけでは十分ではない。基準に従って出る指示が、どう実際業務を動かし、その因果関係がどう生産のQCDなどのパフォーマンスにはね返るかを、知らなければならない。冒頭のレポート作成を見れば分かる。すぐ着手するよう指示すべきか、ぎりぎり完成するよう指示すべきか。そのプラスとマイナス、トレードオフを意識できるようになって、はじめて有用なシステムが作れるのである。

<関連エントリ>



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です