PMO(プロジェクト・マネジメント・オフィス)の命運 ~ESC Lille PM Seminarより(2)
PMO(プロジェクト・マネジメント・オフィス)の命運 ~ESC
Lille PM Seminarより(2)
前回に引き続き、8月にフランスのリール大学院ビジネススクール(ESC Lille)で行われたEDEN
Project Management Seminarでの話題を紹介しよう。
ケベック・モントリオール大学のMonique Aubry教授が行った、"Making sense from
PMOs through a multi-phases and multi-methods program of research"
という研究発表はなかなか衝撃的だった。M. Aubryはカナダのベテラン研究者として学会では有名だが、何年かかけて継続的にPMO(Project Management Office)組織の実態調査を実践している。その結果の一部はすでにProject
Management Journal(PMI発刊の学術誌)に発表されているが、それを概括した講演である。じつをいうと、私自身、昨年秋からエンジニアリング会社の中の一種のPMO組織に属することになり、その点でも興味深い話であった。
さて、Dr. Aubryによると、PMOという組織は2000年以降ポピュラーになり、さまざまな業種の企業・公共機関に生まれてきた。しかし、その機能や役割にはバラエティが多いという。そればかりでなく、数年間隔の調査の間に、目標や位置づけ、職務機能などが大きく変化するのが常であり、消滅している場合も多いという。彼女は、"PMOという組織はhigh
mortality rate(高死亡率)であり、その平均寿命は2年程度である"と述べている。
この原因については、研究者らしく慎重な態度で「分析中」としている。が、PMO組織とは、プロジェクトに関するガバナンスの確立を共通使命としている。そのPMOが抱える、社内改革ならびにガバナンス確立という使命と、現実の組織がもつ変化への抵抗性の間の矛盾が原因であろうことは想像に難くない。PMO自体、永続的な組織ではなく、ガバナンス・システム構築という目標を達成したら解散すべきものだ、という考え方はあるだろう。しかし、わずか2年足らずでそのゴールを達成できる企業ばかりではないはずだ。
Seminarでは他にもPMO設立に関する事例研究発表があったが、PMOとは、作るのは易く、使命達成するのは難しい組織である、ということがうかがわれる。
もうひとつ、今度は日本人の発表をご紹介しよう。日本人と言っても、ギリシャの会社Consolidated
Construction Company(CCC)の顧問をしておられる石倉氏の講演である。CCCは中東でも指折りの巨大建設工事会社だが、その立場から、中東における11のエンジニアリング・プロジェクトの現況を分析し、欧米コントラクターと日本コントラクターの違いを分析している(社名は明記されていないが、私の勤務先も明らかに含まれているようだ)。
評価軸は、建設マネジメントのパフォーマンス、設計・調達(E&P)のパフォーマンス、そして従業員満足度(Employee
satisfaction)の3つの切り口で採点する。「顧客満足度」ではなく「従業員満足度」が入っている点が、いかにも多国籍建設会社である。多くの国から労働者を集めてプロジェクトを進めなくてはいけない企業にとって、従業員のパフォーマンスは死活問題だからである。
さて、石倉氏の調査によると、欧米コントラクターよりも日本のコントラクターのパフォーマンスには明瞭な差がある。むろんジョブ毎の差はあるが、3つの評価軸いずれでも日本は欧米を上回っており、とくにその差はE&Pのパフォーマンスで著しい(百点満点で日本75点vs.欧米59点)。"端的に言って、工事に必要なときに、必要なマテリアルと図面を供給できる能力の点で、大きな違いがある"という解説があった。
石倉氏はさらに、これをHackman & Oldhamのモチベーション・スコアリング手法を用いて分析し、現場に対してより大きなautonomy(権限委譲)とfeedback(発言力)を与えていることによるモチベーションの差があるのではないかと結論している。
ところで、すこし仏のセミナーで垣間見た、世界のPM標準化団体の動向について記しておこう。現在、世界のPM団体としては米国のProject Management Institute(PMI)が圧倒的な勢力を誇っており(会員数20万人以上)、またその標準書である"PMBOK
Guide"(A Guide to PM Project Management Body of Knowledge)第3版が唯一のグローバル・スタンダードであるかのように、我が国(とくにIT業界)では受け取られている。
しかし、欧州やアジアでの情勢を見てみると、それは少し偏った理解である。例えば英国にはPRINCE2(PRojects
IN Controlled Environments)という標準が’96年から存在しており、APM
Groupが認定試験を実施している(今回のSeminarにはAlan Harpham会長が参加し講演している)。日本PM協会の田中理事長の解説によると、PRINCE2は“PJは放っておけば失敗する性質のものである”という認識が根底にあるらしい。したがって、プロジェクトの状況に応じて適用すべき手法を決める、との考え方に立っている。この試験は英国以外でも実施されている。
また、欧州には国際団体International
Project Management Association(IPMA、本部スイス)があり、欧州各国およびインド・中国・韓国などのプロジェクト・マネジメント団体が参加している。IPMAはICB(IPMA
Competence Baseline)と呼ばれる、PM資格認定制度の水準を統一するためのコンピテンシー標準を制定・発行している。IPMAは国別の文化・風土を尊重し、各国が独自の要件を追加変更することを認めている。こうした点が、PMBOK
Guideこそ万国共通のスタンダード、と考える米国PMIとのスタンスの違いであろう。
欧州のPM関係者は、米国に比べると、プロジェクトを広い視点(事業の将来価値や社会との関わり)から見るという特徴がある。PMIが最近、Program
Managementの標準を制定したのも、これに対応する動きのように感じられる。
現在、ISOではISO 21500と呼ばれる新しい標準を制定するためにISO/PC
236というWGを立ち上げている。これは英国標準局(BS)の提案になるものだが、内容は上述PRINCE2とは別のものである。ただし実質的にはPMIがこの動きに先制して参加し、方向性を主導しつつある現状であるという。
いずれにせよ、プロジェクト・マネジメントの世界は標準化・手法・理論のいずれの面でも急速に動いている。今回のセミナーでは、日本からの参加者は私を含め3人だけだった。国内にいるだけでは分かりにくい、世界の潮流を肌に感じるためにも、もっと多くの人がこうした集まりに参加するべきだと私は信ずる。