MES
MES
製造実行システム
Manufacturing Execution System
「革新的生産スケジューリング入門」第7章講義3.3
「BOM/部品表入門」第6章Q2
MESはManufacturing Execution Systemの略で、IT業界に多い3文字略語の一つである。日本語では『製造実行システム』という訳語が当てられているが、実際にはMESという呼び方をされることが多い(なお、英語の発音はエム・イー・エスと読む方が正しく、“メス”という読み方では通用しにくいので注意)。かつ、製造実行システムという訳語はかなり無理して言葉をあてた感じが強く、製造業の現実においては『製造管理システム』ないし『工程管理システム』などと呼んだ方が分かりやすいだろう。
MESという用語は、ある意味、製造業における“ミッシング・リンク”として、実態よりも後になって現れた。私は2000年に、中村実氏らとともに「MES入門」(工業調査会・刊)の共著に参加したが、執筆段階ではまだ我が国ではなじみの薄い概念だった。基幹業務システムERPは、すでに多くの人が知っていた。一方、現場の制御システムもかなり普及し発展中だった。しかし、基幹業務系と制御系を結びつける働きをする現場システム群は、ある程度存在感を示しつつも、確とした呼び名がないため、十分な認知を受けていなかったと言っていい。
MESの概念は、’90年代に米国の調査会社であるAMR Research社が提唱したものが原型となっている。AMR Researchは、その報告書の中で、製造業の管理レイヤーを、
(1)計画層(Planning Layer)
(2)実行層(Execution Layer)
(3)制御層(Control Layer)
の3つに分類する有名な『3層モデル』を提案した。これは現実を理解するための一種の概念モデルである。そして、これら3層をそれぞれ受け持つ仕組みとして、
(1)基幹情報システムERP(Enterprise Resource Planning)
(2)製造実行システムMES(Manufacturing Execution System)
(3)制御システムPLC(Program Logic Controler)またはDCS(Distributed Control
System)
を挙げた。MES(製造実行システム)という名は、ここで初めて現れたのである。それまでは位置づけが不明確なため、CIM(Computer
Integrated Manufacturing)とか現場系システムと呼ばれていたものが、ここで初めて、あるカテゴリーの商品として認知されたのである。
さて、MESの機能とは何か。これについては、標準化団体MESAのリストアップした「11の標準機能」が有名であるが、私はあえて別の説明をしたい。
企業の生産活動においては常に指示と報告という2つの情報の流れがいきかっている。指示情報はこれからすべき仕事についての上からの流れであり、報告情報は今なされたことについての下からの流れである。一方、企業活動にはPlan-Do-See=計画・実行・評価という管理のサイクルがある。Doの部分は好みによっては制御に置き換えてもいい。すなわち、計画を実行につなげるための情報が指示情報であり、また実行を評価に戻すための情報が報告情報(進捗情報)であると考えることができる。
(以下の図は等幅フォントで見てください)
+———————–+
管理者 | 計画 評価 |
(本社) +———————–+
| ^
| |
指示情報 報告情報
| |
v |
+———————–+
実行者 | 実行(制御) |
(工場) +———————–+
ところが、工場の中にも管理者とショップフロアの実行責任者がおり、両者の間で同じような計画・実行・評価というサイクルが成り立っていることがわかる。スケールダウンされた相似形、いわばネストをなしているわけだ。
+———————–+
管理者 | 計画 評価 |
(本社) +———————–+
| ^
| |
指示情報 報告情報
| |
v |
+———————–+
工場 | 実行 |
管理者 | (計画 評価) |
+———————–+
| ^
| |
指示情報 報告情報
| |
v |
+———————–+
実行者 | 実行(制御) |
(ショップ) +———————–+
本社から見ると工場管理者(工場のホワイトカラー層)が工場を代表して実行しているように見える。だが、実際には工場管理者は計画と評価を行い、ショップフロアの実行責任者が製造実施しているわけである。本社からの指示情報は、工場管理者の計画作業を通して初めて、より詳細なショップフロアへの指示情報になる。同様にショップからの報告情報は、工場の他の報告情報と総合され、管理者の評価作業を経て初めて本社に対する報告情報になる。 本社と工場管理者のふたつの管理サイクルの違いは、時間刻みの違い、すなわち管理対象のもつ時定数の違いである。
このように考えてみると、MESとは工場管理者レベルの業務を支援するためのシステムだ、と考える方が真実に近いだろう。
そして、これがゆえにMESにまつわる困った事情も生まれてくる。困った事情とは、すなわち、システムとしてのMESの導入やお守りをする部署が定まらないという問題である。本社の情報システム部門は、そんな製造現場の、機械油にまみれたような泥臭いシステムには手を出したくない。かといって工場に情報部門を持つ企業は少ない。いきおい、生産技術部とか製造部とかが片手間で運用する、ということになりがちなのである。
そもそもMESが生まれてきた背景には、製造機械のインテリジェント化がある。機械加工の自働化といえば古くからNCなどがあったが、それ以外の加工装置類もシーケンサーの発達のおかげで、それなりに柔軟な制御ロジックならびに通信インタフェースを持ちうるようになってきた。そこで、それまでは点状に孤立した機械群から成り立っていた工場のショップフロアを、協調し制御できる技術基盤ができてきたのである。もっともこれはディスクリート産業の話で、プロセス産業ではすでに’80年代後半からDCSによる集中制御が当たり前となっていた。
また、加工装置中心のライン生産とは異なる、人間による組立生産工程においても、中間部品やワークをバーコード/RFIDでリアルタイムに追いかけていく、POP(Point
of Production)と呼ばれるシステムが広まってきた。さらに、上位からきた生産指示情報(最終製品レベルでの生産オーダー)をショップへの製造指示情報(部品・材料レベル+工程レベルでの製造指図)にかみ砕くための仕組みである工場スケジューラも普及してきた。
こうした流れが一つに合わさって、MESというシステム群が生まれたのである。ただし、製造現場というものは個別性が強い。また、ディスクリート型生産とプロセス型生産の間には、非常に大きなギャップがある。こうした個別性の壁があるため、MESはどの産業にもフィットするような、強力な汎用型パッケージ商品があらわれにくいという特性がある。今後も、製造現場のさらなる付加価値生産性向上をねらうためには、工場管理者レベルでの合理化は避けて通れない。従来の枠組みをこえた、次世代のMESが期待されるゆえんである。