マテリアル
マテリアル
Material
「BOM/部品表入門」キックオフQ4
生産管理やサプライチェーン・マネジメントの世界で、BOM(部品表)や品目コードのことを論じるとき、基本となるのは「マテリアル」という概念である。ところが、いざ正面切って「マテリアルとは何か」と問うてみると、案外きちんと答えられる人は少ない。
BOMが「部品表」ならば、マテリアルは「部品」じゃないか、と思うかもしれないが、それは早計だ。なぜなら、BOMは持っているけれども、部品などというものは使わない、という業界がじつは多数存在する。たとえば、製鉄業。そこにあるのは鉄鉱石や石炭などの「原料」「材料」である。石油精製、化学、医薬品、飲料・食品、ガラス、プラスチック成形、などの業界にもBOMはあるが「部品」という言葉は使わない。似た例はまだある。繊維、アパレル、製紙、紙器、印刷・出版・・などなど。こうした業界では素材や資材はあるが部品はない。
では、「原料・材料・部品・素材・資材・・等々をまとめて、マテリアルと呼ぶ」と定義したらどうなのか。いや、それではまだ足りないものがある。それは、「製品」だ。サプライチェーンの中を流れて行くマテリアルは、サプライヤーにとって製品であるものが、ユーザにとって部品になる。つまり、製品と部品の区別は絶対ではない。同一の会社内においてさえ、両者の区別が絶対でないことは、サービスパーツの取引を思いだしてもらえれば分かるだろう。「製品」とは売り買いの対象になるかどうかの区別でしかない。
それでは、「サプライチェーンの中で流通の対象となるものがマテリアルである」と定義したら完璧だろうか。残念ながら、これでもダメなのだ。これは、ちょっとでも調達系のシステム構築にたずさわったことのある人ならば分かる。製造業における購買の対象がモノだけだと考えてはいけない。たとえば、外注加工というのは「モノ」なのだろうか? 加工の注文書を発行するためには、購買品目マスタに「外注」なるモノを登録すべきなのだろうか? じつは、昔のSAP R/3などはそういうマスタ構成になっていた。それで矛盾がいろいろと生まれて、「サービス」がマスタとして区別されるようになった。
我々が商業的取引において売り買いする物事は、じつは3種類の基本的カテゴリーに分類できる。それは、マテリアル、サービス、情報/データ、の3種類だ。これらは、次のような特性をもっている。
(1)マテリアル:物的な実在性を持っている。在庫できる(資産となりうる)。取引は、所有権の売買の形をとる。八百屋に行ってリンゴを買うのは、マテリアルの取引である。
(2)サービス :物的な実在性はない。したがって在庫もできない。サービスとは、何らかの機能をもつリソース(資源)の占有使用権を取り引きする形である。リソースは人の場合と物的な場合とがある。床屋に行って髪を切ってもらったり、ホテルの部屋に泊まったりするのは、サービスを買っているのだ。
(3)情報/データ:物的な実在性はない。情報は非定型で人間に意味をもたらすものであり、データとは形式化された記号の並びである(そこから意味をくみ取るのは人間の側の作業)。情報・データは資産の一種ではあるが、他人に渡しても自分の手元に残る性質があるため、在庫という概念には意味がない。新聞や音楽CDを買うのは、媒体としての紙やディスクというモノを買っているように見えるが、じつは非占有的な使用許諾権(アクセス権)を買っているのである。
こうした多様さにめげて(?)、IT業界ではしばしばマテリアルの語を避けて、"item master"、「品目マスタ」なる用語が使われる。しかし、これは抽象化の結果と言うよりも、抽象化の不足がもたらした状況かもしれない。
マテリアルとは、物的な実在性を持ち、在庫可能で、所有権の対象となるようなものをいう。この点を、サービス・情報/データと比較し、きちんと区別して認識すべきである。さもないと、部品マスタに「外注」や「指示伝票」を登録するような混乱が待っているだろう。マテリアルの概念はあらゆる生産管理の基礎である。基礎が定まっていない上に、いかに美しい管理システムの体系を構築しようとも、それは危ないのだ。