なぜ生産管理システムはちゃんと機能しないのか
ずいぶん刺激的なタイトルではある。まるで佐藤は、生産管理システムを作って販売している大手の全ITベンダーを敵に回しているようではないか。だが、趣旨はまったく逆である。生産管理システムを使おうとしているユーザ企業(つまり製造業)の無意識に持っている前提や期待が、現今の生産管理システムのよって立つロジックとかけ離れている点を指摘しよう、というのがねらいだ。そうして、もっとユーザが不満を持たずにちゃんとITツールを使いこなせるようにできたら、と思ってこの文章を書いている。
もっとも、こう書くと今度はユーザ側から、「滅多なことは言わないでくれ。ウチはちゃんと生産管理システムを使っているぞ」と反論されるかもしれない。とくに結構な金額のソフトウェアを購入した現場ほど、そうであろう。社長に導入効果を聞かれて、いや、まだうまく動いていませんとはまさか答えられない。
経営者の側だって同じである。「はい、当社は最新式のシステムを工場に入れましたので、これでコストダウンと在庫削減を確実にはかれます」と、外部に説明しているはずだ。多少まだ運用でごたごたしている部分はありますが、それは入れたばかりで現場が慣れていないからです。??こんな説明を社長が顧客や銀行にしている最中に、「いや、もう導入から半年もたっていますが、計画系の機能は使えてません」なんて、口を挟めるはずはない。
その通り、たいていの現場ではシステムは使えているし、使っているのだ。ただしそれは、伝票印刷システムとして、である。今日の多品種化した工場では、よほど零細規模でもない限り、手書き伝票だけで全部を回すことなど無理である。だから工場では、製造指示書も、購入伝票も、発注伝票も納品書も、全部プリントアウトされたものを使っているはずだ。
あるいは半期ごとの生産実績集計表(よく「管理帳票」と呼ばれている)もシステムから出てくるかもしれない。製造原価表だって、出しているところは少なくないと思う。つまり、管理系機能も使っているわけだ。もしかしたら、半期ごとの棚卸し伝票も出力してくるかもしれない。ここまでくれば上出来である。なぜなら、きちんと在庫管理機能まで使えていることの証明だからだ。指図系、管理系、原価系、そして在庫系機能??十分、使いこなしているではないか。だったらなぜ佐藤は、こんな喧嘩をふっかけるようなエントリを書いているのか。
なぜなら、それだけでは「ちゃんと」使えていることにならないからである。今日の主流の生産管理システムには、MRP(Material
Requirement Planning = 資材所要量計画)と呼ばれるロジックが中核に組み込まれていて、それによって生産を最適化しようとの狙いで設計思想ができあがっている。生産の最適化とは何か。それは、最小の在庫で、納期遅れのない生産を実現し、なおかつ製造原価も最小に抑える、というものである。
そのような設計思想に合致した形でシステムを運用して、実際に「これこの通り、システムの指示するとおり作業を進めたおかげで、毎年みるみる在庫は減って工場内は倉庫もスカスカ、納期遵守率は99.7%で、かつ製造原価率も60%を切りました!」というなら、たしかに『ちゃんと使っている』。
だが、もしそうでないなら??つまり、実際の作業順序の指示や調整は人間系でやっていて、欠品は多いのに在庫品は通路まではみ出し、納期遅れが頻発、サプライヤーへの臨時督促も年中で、全員へとへとになるまで働いてるのに「ウチは高コスト体質でこまる」と営業や経営者に言われているのだとしたら。その場合、どこかで、何かがズレている訳だ。そのズレは、どこから来るのか。それは(工場外の連中が胸の中で思っているように)工場の従業員が無能だからか、それとも別に原因があるのか? という話なのである。あー、イントロが長い(^^;)。
MRPのロジックとは大まかに言えば、各製品ごとに、最終納期と納入数量と手持ち在庫量から逆算して、工程別の製造作業や材料購買の最適数量と着手タイミングとを決め、その生産スケジュールに従って指図書や発注書を発行して現場を動かす方式である。ロジックが具体的にどのようなものかは、すでに解説も書いたし、あるいは自著でも細かに説明しているので、そちらを参照してほしい。
<関連エントリ> 「MRP」 (2008-05-15)
<著書> 佐藤知一・山崎誠著「BOM/部品表入門BOM/部品表入門」
佐藤知一著「革新的生産スケジューリング入門」
では、MRPの計画系機能が使えないとは、どういう事象を言っているのか。簡単である。実行できない生産指示が出てくるのだ。たとえば、製造機械の能力ではとうてい処理しきれない量の指示が出る。あるいは、機械が故障で止まったのに指示が出てくる。さらに、サプライヤーからの納入予定が遅れていて(あるいは品質欠陥が出て)材料が欠品しているのに、作れという指示が出てくる。さらに、前工程の完了から次工程の着手指示までがひどく間延びした間隔になっていて、仕掛品の置き場にこまる、などなど。しかたなく、製造指示は伝票としては出しておくが、その着手タイミングは別途、人間が判断したりExcelで線を引いたりして決めなければならない・・では、なぜこのようなことが起きるのか?
イントロが長かったから、先に結論を言おう。多くの企業がMRPをベースとした生産管理システムを《ちゃんと》使えていないのは、実は工場の努力が足りないせいではない。納入したITベンダーが、仕事を間違えたからでもない。MRPの最適化ロジックの根幹を活用するための条件を、当の工場も、販売(営業)側も、そして経営者のブレーンであるはずの会計部門も、理解していないからである。もう少し言えば、MRPがよって立つロジックの背後にある前提条件と考え方が、今日の多くの国内製造業の期待と合わないからだ。(米国の製造業にはちゃんと合っていて、事実グローバルにMRPを使っている企業も多い)。
MRPのロジックの前提とは何か。それは、三つの原則からなる。
第一は、「バックワード・スケジューリングの原則」である。最終納期からさかのぼって(バックワードで)着手タイミングと正味所要量を計算する。これは納期遵守と、過剰在庫削減を目指したロジックだ。必要なモノを、必要なときに、必要な量だけ、生産する。いいかえるならばジャスト・イン・タイムである。
第二は、「経済的ロットまとめの原則」である。これは原価低減をめざしたロジックだ。経済ロットとは別名、Wilsonの経済ロット数量ともいう。機械にはどうしても品種切り替えに伴って、段取り替え作業が必要になる。これは1個作ろうが1000個作ろうが、同じロス時間(つまり切替コスト)が発生する。そういう意味では、1000個まとめて作った方が得なのだが、そのかわり1000個分の保管スペースのコストが大きくなる。そこで、切替コストと保管コストの合計が最小になるようなロットサイズで作るのが一番経済的だとわかる。これを計算するのがWilsonの経済ロット公式である。部品材料の調達においても、似たような関係が成立するので、経済的発注ロットで買うのがコスト最小となる計算だ。
そして第三の原則が、「計画生産の原則」なのである。製造業は計画ありき。計画性のある物作りが重要との考え方だ。作るモノが毎日猫の目のように変わるより、生産計画に従って粛々と準備し手配し作業する方が、生産効率は高まる。そこで、MRPの場合では、製品単位で期間別の生産数量を決める(これを基準生産計画:MPS
= Master Production Scheduleとよぶ)。そして基準生産計画をきちんと守るよう、生産側と販売側が対等な協力をする。
さて、上記の三つの原則には、それぞれ裏面がある。バックワード・スケジューリングの着守備計算をするためには、各工程における「標準リードタイム」という固定値を設定しなければならない。この標準リードタイムを決める仕事は難物だ。なぜなら、リードタイムは作る数量や、その時点の工程の混み具合に依存するからだ。いや、その前に、製品から各部品の製造指示に展開するためには、部品表(BOM = Bill of Material)のマスタデータが、計画時点できちんと完備していなければならない。だが、細かなオプションや顧客の個別仕様がある製品は、受注時点では部品表が細部まで決まり切らない。
「経済的ロットまとめの原則」とは、いいかえるなら、必要最低限よりもたくさん作りだめする、という意味である。今月納期の注文が10個、来月納期の注文が10個あったとする。経済的ロットサイズが20個だったら、来月の分もまとめて作る。とうぜん、10個は1ヶ月間、在庫になる。「余計な在庫」ではないが(来月には出荷される)、棚を占有するのは事実だ。材料発注についても同様。
「計画生産の原則」の裏面とは、つまり特急の注文や割り込みには対応しない、という意味だ。MRPでは「計画のタイム・ホライズン」という考え方をする。これは、向こう2週間なら2週間、計画をフリーズ(固定)して、一切の追加変更を許さない、という期間だ。顧客が泣きつこうが脅そうが一切お断りする。また、計画外の突発的事象、たとえば機械の故障やサプライヤーの納期遅れによる欠品なども、考慮しない。計画サイクルが一巡したら、その期間内に完了できなかった製造指示や仕掛品リストを、次回の計画にとりこむ。このときやっと、「もう一度やり直せ」という指示が出るのである。
MRPのロジックにはこうした不都合があるのに、本家の米国では、なぜ動くのか。それは、MRPを運用するための知恵ないし習慣があるおかげだ。それは、まず長目の「タイム・バケット」設定だ。タイム・バケットとは計画における最小時間単位で、日でも週でも、あるいは時間でもいい。とにかく、そのバケットの中は均等とみなす。たとえば週次バケットの場合、月曜日にやろうが金曜日になろうが、区別しない。そこで、バケットを長目にとることで、生産量の特定日への集中を避けて平準化をはかるわけだ。故障が起きてもその間に直せばいい。リードタイム設定も、比例して長めになる。
アクション・メッセージも、もう一つの運用上の知恵である。たとえばサプライヤーからの納入遅れがあり、欠品が予測されるときには、「納入を1週間早めるように督促せよ」といったメッセージが、システムから自動的に出される。こうして計画と現実の乖離を防ぐわけだ。
そして、安全在庫の確保がある。もともと、ロジスティックスの補給線が長い大陸のアメリカ人は、欠品という事態を反射的に嫌う。そこで、たっぷりと安全在庫を持つ。これと、経済的ロットまとめとが相まって、工場内ではめったに欠品が起きないようになっているのだ。だから、BOMも細かな購入部品までは設定管理する必要はなくなる。
ところが、上記の前提は、日本企業ではほとんど無意識に否定される。保管コストの高い日本では、経済的ロットサイズはかなり小さくなるため、むしろ段取り替え時間の短縮が志向される。「在庫=ムダ」というドグマの浸透によって、安全在庫も極小化される。欠品が起きても、電話一本で翌日にはサプライヤーが持ってきてくれるのだ。
そして何より、数日間の短納期しか許さず、しかもつねに気が変わりやすい顧客の存在。これに追随することが、いつの間にか営業部門の至上命題になっている。また、目に見えるコストの計算には細かくこだわるくせに、そうした「臨機応変生産」が隠れたコストを生じていることには無頓着な会計部門の存在。かくして、わたし達の社会では、MRPベースの生産管理システムの計画系機能は「使えない」という烙印を押されることになる。
だが、それは「使えない」のではなく、「どんな使い方に向くのか、よく知らない」のである。
たとえていえば、アメリカ製のダンプカーか巨大トレーラーで、日本の街角の狭い小路をちょこちょこ運ぼうとするようなものだ。もちろん、うまくいくはずはない。もし宅配便のような小口搬送を時間指定でしたければ、トラックを小型に変えて(小ロット化)、回転半径を小さくし(段取り最小化)、かつ高精度なカーナビ(生産スケジューラ)を使うなどの工夫がいる。
じっさい、生産管理システムの計画系機能とは、車のカーナビのようなものである。自動車で移動する場合は、どういうルートを取るか、どんなスピードを出すかで、コスト(燃費)も納期(移動時間)もほぼ決まる。だから、いかに賢いルートを見つけるか、またルートから外れたり、交通規制がかかったりした際に、代替ルートをすぐ見つけられるか、がポイントになるのだ。
生産管理システムの、指示帳票系機能は、いわば車のハンドルやブレーキに相当する。たしかにこれがなければ車は運転できない。だが、一応運転できたからといって、人の判断が最善のルートである保証はない。また実績管理系機能は、車の走行キロを示すメーター類に相当する。あった方がもちろんいい。だが、それは過去を示すだけだ。これから先、どの道を通るべきかは教えてくれない。
ただ、MRPの計画系機能は、たしかに日本の現場要求から見ると、大ざっぱすぎる。なんだか新幹線の路線図を見ているようだ。GPSを積載した最新型のカーナビに相当するのは、先進的生産スケジューラ(APS
= Advanced Planning & Scheduling)である。
そして日本は、幸いにもAsprovaやFlexscheをはじめ、PC上で動作する優秀な生産スケジューラ製品がいくつもあって、世界のこの分野をリードしているのだ。もしMRPだけでは不便なら、車にカーナビを乗せるように、生産管理システムのパッケージに、生産スケジューラを組み合わせて使えばいい。ずっと目の細かい制御ができるようになる。むろん、そのためにはマスタデータの整備から、営業との納期回答の取り決めまで、いろいろと知恵を絞る必要はある。だが、すでにそこに道具立てはあるのだ。あと必要なのは、経営者の理解と、現場の勇気である。