MRPを使いこなす
MRPは1960年代に米国で生まれた。もともとの目的は、資材の手配数量をきちんと決めることであった。それ以前の米国では、資材手配は発注点管理が主流だったらしい。発注点方式は平均的に消費されるビスやナットのような汎用資材はよくても、特定製品のための部品や中間製品では、変動が大きくて欠品が発生しがちだった。
この問題を解決したのがMRPというツールである。何よりも画期的だったのは、一口に『所要量』Demandといわれていたものを、独立需要と従属需要に区別した点にある。独立需要とは外部顧客から与えられる製品需要で、これは作り手の都合では決められない。しかし部品や材料の所要は、製品の需要量が定まれば決まる(従属需要)。これによって資材手配の先読みと精度向上を図るのがMRPの最大のメリットだ。
ちなみに私の知人には先進的生産スケジューリング(APS)の関係者が多いが、このコミュニティではじつはMRPの評判はすこぶるわるい。たしかにMRPの基本思想は古いし、いろいろな限界がある。しかし、ここではあえてMRPの使い方とメリットについて述べたいと思う。というのも、先人の知恵に学ぶというのは生産管理の第一歩だと考えるからだし、それにどんな道具だって使いよう次第だからだ。
MRPでは、まず計画対象期間内の製品需要を想定し(受注生産の場合もある程度は想定が入るものだ)、基準生産計画(MPS=Master Production Schedule)を作成する。MPSとは製品別・期間別の生産予定数量で、すなわち生産オーダーの集合といってもいい。
このMPSを策定する部分が、じつはMRP活用にとって一番大事なプロセスだ。MPSは販売部門と生産部門の合意で決める。会社レベルで、同じ一つの計画数値にもとづいて動くことを互いに確約するわけである。これはあたりまえの事のように見えるかもしれないが、どっこいこの「当たり前」が成立せずに、営業側と生産側が互いに勝手な想定で動いている会社は日本で少なくないのである。
つぎに、MRPはBOM(部品表)を参照しながら、部品表展開により、各部品の所要量を計算する。部品や中間製品の段階で引当可能な在庫があれば、それを差し引いて正味所要量を求めるのである。これは、言いかえれば各工程における未来の欠品表をシミュレーションしていると考えてもいい。したがって、MRPを導入すれば、生産を阻害する問題の根源である「欠品表」を工場から放逐できる(はずである)。
最後にMRPは標準リードタイムとタイムバケットという道具立てによって、生産スケジューリングの計算を行う。上記のMPS(製品単位の生産オーダーの集合)を、部品単位の製造オーダーの集合に展開するのである。
さて、MRPをローリング・スケジュールで運用する際に重要となるのが、受入れ確定量(Scheduled Receipt)という概念と、アクション・メッセージと呼ばれる道具である。ローリング・スケジュールにおいては、計画立案の時点で、すでに過去の計画にしたがって進行中の仕事がある。発行済みの製造オーダーによって供給される予定の量のことを、受入れ確定量という。これは発注済みの購入予定量も含む。受入れ確定量は、計画時点での引当可能在庫量と合わせて、各バケットにおける使用可能在庫量の計算に用いられる。
さて、受入確定量の入荷時期が予定よりも遅れたら、MRPではどうするべきか? そのタイム・バケットにおいて、使用可能在庫量がマイナスになってしまうから、正味所要量が発生し、製造オーダーがたつことになる。しかし、その次のバケットにおいて受入れ確定量による供給があり、使用可能在庫量がプラスに転じる計算が成り立つ場合は、受け入れ確定量による供給を、一期分だけ前にずらせば、その期におけるマイナス在庫が解消し、余計な生産オーダーは必要なくなると判断できる。
このような場合に、MRPは「アクション・メッセージ」をユーザに発する。「これこれのタイミングにおける受け入れ確定量を一期分だけ前倒しにするよう督促しなさい」、というメッセージである。こうして、MRPは発行済みオーダーに対してもアクションメッセージを出して、計画者に対して『現実との調整』を依頼するわけである。
つまり、MRPは細かな需要や供給予定の変化に対して、自動的にすべて変更してしまうのではなく、人間系をうまく組み込んでいく。これこそ、計算機という限界をわきまえた、MRPの設計者たちの優れた知恵なのである。