すべての製造業は受注生産かつ見込生産である

そんなバカな、なんだこの記事のタイトルは? と疑った、そこの貴方。はい、このエントリは、そんな貴方のためのものです。そもそも生産形態は見込生産と受注生産に分けられ、受注生産はさらに個別受注・繰返受注・受注組立生産などのバリエーションに分類される、というのが生産管理の教科書に書いてある常識ではないか!
と思った、意識の高い方。貴方のような方が、日本の製造業を支えておられると思います。というのも、わたし達の社会で製造業に携わっている人はざっと1000万人くらいいるはずですが、自社の生産形態が何であるか、それが自社の競争力にどうつながっているかさえ、考えてみたことのない方が大半だからです。

・・と、「ですます調」ではじめてしまったが、ここから先はいつもの「である調」に戻させていただく(笑)。ですます調も好きなんですけどね、まあ、他のエントリとのバランス関係上。

バランス感覚は、いつでも大切である。製造業のよって立つ『生産システム』は、巨大で複雑なシステムだ。それを何か極端な理念で強引に動かそうとすると、見えないところに歪みが生じる。そしてその歪みは、たいてい、「在庫増」とか「欠品」だとか、あるいは「労働安全の低下」「離職率」みたいな現象につながっていく。

さて、在庫について考えてみたい。在庫とは何か。在庫にも、何か機能があるから、世の中に存在しているはずである。

かつてのアメリカの生産管理論では、在庫の主たる機能を分離(De-coupling)だとみた。在庫を挟んで機能が分離する。例えば、製品在庫を挟んで、製造と販売が機能分離する。あるいは原料在庫を挟んで、資材購買と部品加工が分離する。分離することによって、それぞれの機能が独立に動くことができるようになる。

そこで、工場の中の各工程を、複数の中間の在庫ポイントによって切り離し、それぞれの工程の効率化を追求する。また在庫のレベルについても、安全在庫と経済的ロットサイズの公式によって、最適化する。こうして、理想的な工場ができあがるはずである。

システムを個々の機能的要素に分解し、それぞれの要素を徹底的に効率化する。そして全体は、スーパーマン的なリーダーが指示決定を行う。リーダーが全体を統合し、後の大勢の人間はリーダーに従うのだ。これはいかにもアメリカ的な、システムズ・アプローチである。

複数置かれている在庫ポイントの中で、ちょうど顧客の注文に対応する工程が始まる出発点を、Customer-order decoupling
point(略してCODP)と呼ぶ。それが完全な製品在庫だったら、見込生産(MTS)と呼ばれる。それがサブアッセンブリー化された中間部品であって、顧客の注文オーダーに応じて組み立てられ出荷されるならば、受注組立生産(ATO)と呼ばれる。

それが単純な部品材料で、顧客の注文と同時にそれらを加工し組み立て検査出荷するのであれば、繰返し受注生産(MTO)である。もしそのような在庫ポイントが社内になければ、それは受注設計生産(ETO)を行っているのである。このようにCODPの位置によって、その企業の生産形態を分類できるというわけだ。

さて、話は例によって、急に飛ぶ(いつもすみません)。

関東風の鰻の蒲焼きは、まず鰻をさばいて背側から二枚におろし、串を売って、白蒸しにする。その後で、こんどはタレにつけて炭火で焼く。所要時間はだいたい、30?40分だ。だから関東でちゃんとした格式の鰻屋に入ったら、注文してから出てくるまで、かなり待たされる。お客の顔を見てから鰻を割く、というのが原則だからだ。完全なる注文生産である。客はその間、つまみで酒か何かを飲みながら、ゆっくり待つことになる。

しかし金と暇のある旦那衆はいざしらず、庶民の我々はもう少し、ご用とお急ぎの衆である。そこで格式よりも市場のボリュームゾーンのニーズを重視する町中の鰻屋さんは、もう少し略式の方法を生み出した。略式といっても、蒲焼きの作業の手順に変更はない。違いは、お客の注文をきいてから鰻をさばくのではなく、先にさばいて白蒸しにして置いておくのである。

そして注文を受けたら、タレをつけて焼くだけにする。こうすると、発注から納品までのリードタイムは劇的に短縮されて、まあ10分以内になる。そのかわり、蒸してからしばらく置いておくため、若干だが鰻の風味と歯ごたえが損なわれる・・といわれている。わたしは目隠しをされて食べ比べたら、違いを言い当てる自信はない。が、分かる人もいるのだろう。

私はこの鰻屋の話が好きなので、在庫ポイントの説明によく使う。

ところで(また話は元に戻るのだが)、日本の製造業は在庫の極小化を目指した。工場内のあちこちから、中間在庫のストックを取り去った。と言う事は、つまり工程同士を直接つなげると言うことだ。すなわち工場内を、粗結合から密結合に変えるということだ。

密結合なシステムとは、湘南新宿ラインのようなものだと以前も書いた。どこか1カ所で障害が起きると、全体のラインが止まってしまう。すなわち、在庫削減とは、トラブルを表に出すという事とワンセットなのである。いや、むしろ「潜在的な問題点を顕在化して改善すること」が主目的だと言っていい。この目的を抜きにして、各工程の担当者がトラブルを表に出さないよう、何とか隠して押さえ込むようでは、在庫ゼロ目標はむしろ無意味である。

在庫削減が徹底化された工場では、それぞれの工程の担当者が、自律的に判断して動く必要がある。そこにスーパーリーダーは不要である。

ただしそれでも、最低箇所は在庫が必要になる点が存在する。それは、

 顧客の要求納期 < 供給可能なリードタイム

となる点だ。

先程の鰻屋のたとえを思い出してほしい。30分も40分も待っていられない気短な一般客に対して、新しい鰻屋は、白蒸しにした鰻をストックすることで対応した。いや、昔風の鰻屋だって、さすがに飯は炊いていたし、うなぎだって仕入れていた。そうでなければ40分以内には出すことができない。炊いたご飯や、生け簀の中のうなぎは、やはり在庫ポイントなのである。

元・日立製作所で、現・早稲田大学教授の光國光七郎氏は、これを「カップリング・ポイント」と命名した。カップリングとは連結点である。先程の米国のDe-coupling
(分離)点とは意味が逆になる点に注意してほしい。カップリング・ポイントは一つの品目(部品)では1点だけ存在する。それ以外の部分は極力在庫をへらし、リーン生産にする。

カップリング・ポイントは、顧客の受注オーダーを受け取る点でもある(その意味ではCODPと同じだ)。図を見て欲しい。そこより下流側は確定受注に紐付いた生産になる。そして上流側は、需要予測に基づいた生産になる。つまり、すべての製造業は、上流側の見込み生産と、下流側の受注生産がカップリング・ポイントによって連結されているのである。

わたしは、たまに頼まれて人前で生産管理の話をすることがあるが、そのときは必ず、このカップリング・ポイントの説明をする。さらに、自社のカップリング・ポイントの位置を、どこに置くべきか考える練習を入れることにしている。製造業のたいていの人は、そう問われて初めて、さて自社の在庫ポイントはどこにあるべきなのかを考え始める。そしてそれが、自社の競争力(納期は明らかに競争力の一因子だ)とどうつながっているについて、初めて頭を巡らすことになる。現実には多くの場合、まあまあ適切な位置にカップリングポイントがあるのだが、それでも成り行きで決まるのと、自分で意図して決めるのでは天と地ほども違う

特に光國氏の卓見は、輸送中の在庫も「有効在庫」にカウントしたことであろう。これはグローバルなSCMでは必須の条件である。前回までも述べたとおり、海外生産して輸送すると1ヶ月近くは船上に在庫を持つことになるからだ。ちなみに光國氏は、カップリング・ポイントより上流側では、小刻みな在庫補充生産をすることを推奨している。これには十分な理論的根拠があるのだが、それでも季節性の強い商品の場合等は、別の考慮が必要であろう。

さて、ここまでの話が理解できたら、ようやく受注生産における生産計画の手法論に入ることができる。

そもそも計画作業の基本とは、先々のことについては大ぶりな計画の線を引いてプッシュし、直近の変動に対してはプルで細かく調整する、である。これは、どんな計画でも共通だ。

では具体的に、どうするのか。

まず、工場におけるデリバリー設計(リードタイムの設計)を見直し、カップリング・ポイントを決める。すなわち、原材料から製品までの流れの途中に置く、主要な在庫ポイントである。鰻屋なら、さばいて串を打って蒸しておく。あるいは寿司屋なら、すし飯とネタの塊までを開店前に仕込んでおく段階までが、上流側だ。

上流側は需要予測に基づく見込生産になる。カップリング・ポイントにおく在庫品目ごとに、基準在庫水準、有効在庫量(未引当て数量)、そしてタイムフェンス以後の需要量(消費量)予測をする。

需用量(消費量)予測は二通りのやり方がある。一つは最終製品の需要予測から、BOMと部品展開によって計算する方法。これは論理的でまっとうなアプローチだが、精度の高い先行内示をもらえる場合か、最終製品の需要予測がかなりうまく立たないと計算できない(そしてたいがいは、受注生産なので予測はうまく立たない)。

もう一つのやり方は、その中間在庫品自体の、過去の消費実績から推定する方法である。こちらの方が、普通はやりやすい。とくにカップリング・ポイントが共通性の高い部品材料にある場合は、最終製品の細かな変動が互いに打ち消し合って、需要傾向が安定するので読みやすいのだ。

下流側はどう計画するか。これは確定受注オーダーで動かす訳だ。このとき、すでに原料・中間在庫は上流側計画によって十分供給されるから、欠品の心配のない状態になっているはずである。必要なのは要員・機械・治具金型などのリソース手配計画と、より目の細かい順序計画=スケジューリングである。

まとめると、受注生産企業における生産計画の主眼は、カップリング・ポイントの在庫量推移をはさみ、上流側は数量の計画、下流側が順序計画におかれることになる。

実際には、たいていの製品のBOMはA型になっているので、一製品に対してカップリング・ポイントは複数設定しなければならないことが多い。また工場は複数の製品を作っており、同一の工程に複数の品目が流れるため、同じ工程に需要予測生産と確定受注生産が混在してしまう可能性がある。そのときに何を優先し、どうコントロールするのか。そこが生産計画マンの腕の見せ所になるわけだ。

それだけではない。工場とは単に、「設計したとおりのモノを作るだけ」「営業が指示した数量や納期で作るだけ」のコストセンターである、という思想にしばられている企業はいまだに多い。しかし、低コスト・短納期のバランスから、「カップリング・ポイントをここに置く以上は、BOMの形はこうでなくてはならない」、という風に技術設計部門が考え、「競争力を強めるために、こういう注文の取り方をすべきだ」、という風に営業は考える。それこそが、本当に全体が統合された組織のあり方ではないか。

望むらくは、わたし達の社会の製造業全体で、ここで述べたような基本的な知識が誰にも共有され、その上で各社が、生産計画や生産システムのデザインに腕を競い合う、という状況になってほしいと思う。どこの部門が強いとか弱いとかではなく、受注から納品までの全体の競争力向上のために、どの部門も協力し合う、そういう良さを日本企業は本来、持っていたはずなのだから。

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