BtoB企業とサプライチェーンの強者 ~これから就活をする大学3年生へ

BtoB企業とサプライチェーンの強者 ~これから就活をする大学3年生へ
(2012/12/05)

先月、ある国立大学のお招きで、工学部の3年生・約100人を相手に、1コマ講義をする機会をいただいた。テーマは「サプライチェーンとスケジューリングの基礎」である。学生たちの感想を読むと、比較的多くの人の興味をひいたようなので、ここにその最初の部分だけを紙上収録させていただく。内容の一部は以前、日経産業新聞や「“JIT生産”を卒業するための本」に書いたこととも重なるが、新しい話題も含んでいるのでご容赦いただきたい。

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ご紹介にあずかりました日揮株式会社の佐藤知一です。今日はこれから皆さんと一緒に、「サプライチェーンとスケジューリングの基礎」というテーマで1時間半ほど勉強したいと思います。が、本題に入る前に一つお伺いします。皆さんの中で、『日揮』という会社名を聞いたことがある人、いますか?

(1-2名だけ手を挙げる)

はい。ほとんどの方はご存じないようですね。でも、別に全然かまいませんよ。実はわたし自身、皆さんの年齢だったときには、まだ日揮を知りませんでしたから。では、ためしにもうちょっと別の会社名をたずねてみましょうか。皆さんのうち、アマダという会社を知っている人はいますか?

(誰も手を挙げない)

ご存じの方はいないようですね。それじゃあ、日東電工はいかがですか? あるいは、森精機は? 東洋製罐は? せめて、信越化学は? 

(あいかわらず誰も手を挙げない)

そうですか。実は、いま名前をあげた会社は、いずれもその分野では日本を代表する、世界でもトップレベルの会社ばかりです。年商も千億円規模で、かなりの大企業です。業績はその時々で多少の浮き沈みがありますが、基本的には立派な製造業の会社ばかりだと思ってください。そういう優良な会社を、工学部の学生である皆さんが知らない。知らなければ、就活の対象にも考えないでしょうね。もったいない話です。

でも、なぜそんな素晴らしい会社が、皆さんに知られていないのでしょうか? 答えは、簡単です。TVコマーシャルをしていないからです。日揮も殆どしません。なぜしないかというと、これらは“ビー・トゥー・ビー”と呼ばれる企業だからです。

(黒板に B to B と大書する)

BtoBとは、Business to businessの略。Businessとは会社のことです。会社対会社の取引を、BtoBと呼びます。BtoB専門の会社の場合、顧客はすべて企業です。たとえば日揮はエンジニアリング会社とよばれる業種で、わたし達は製造業のお客さまのために、工場を作って差し上げる仕事を専門にしています。工場を設計し、資機材を調達し、建設工事を管理する。そのProject
Management能力を売っているのです。私どもにお仕事を下さるのは、すべて製造業の会社で、個人ではありません。だから、TVコマーシャルで「工場を作りたかったら、どうぞ日揮へ」なんてうたっても意味がないのです。普通の人がコマーシャルを見て、「うん、そうだ。ウチも工場を持とうか」なんて思ったりはしません。

先に名前をあげた他のBtoBの会社は、いずれも企業向けの製品=生産財を作っています。工作機械とか電子材料とか。そうした製品は、顧客企業が選んで買うとき、きちんとした技術評価を経るので、メディアにイメージ広告を打っても効果はないのです。

ではBtoBの反対概念は何でしょうか。Businessの反対は、Consumer(消費者)です。一般消費者向けの商売を営む業態を、BtoCと呼びます。みなさんがよく名前を知っている有名企業は、たいていがBtoCの会社です。自動車とか、家電、飲料、化粧品などはすべて消費財で、BtoCですね。消費者向けの製品ですから、さかんにメディアに広告宣伝を打つ必要があります。だから皆、名前を知っている。名前を売っている訳です。有名=大企業、と思っている人がいますが、いつでもそうとは限りません。でも、新聞やTVではとりあげられやすいですね。就活も、知名度の分、人気が集中しがちです。

しかし覚えておいてほしいのですが、現在の日本において、業績を上げて元気がよい企業はむしろBtoBに多いのです。ご存じのとおり家電業界はこのところ不調つづきですし、飲料・食品などもあまりさえません。成熟市場だからとか、安い輸入品に押されて、とかいろいろ言われていますが、元気なBtoB企業を見ると、話はそう単純じゃないはずだと気がつきます。

そもそもBtoBとかBtoCとか、会社はどうやって決まるんでしょうか。皆さんは、『サプライチェーン』という言葉を聞いたことがありますか?

(少数の学生が自信なさそうに手を挙げる)

サプライチェーンとは文字通り<供給の連鎖>で、モノが消費者の手元に届くまでのつながりを示す言葉です。たとえばこのiPhoneですが(と手に持つ)、わたしがこれを買ったのは家電量販店です。量販店は、Apple社から仕入れている。Apple社は中国かどこかの委託製造先にこれを組立させた。その部品はまた、たとえば日本や韓国から入り、さらにその材料は・・という風にさかのぼって、最後は石油だとかアルミナ鉱石だとかを地面から掘り出すところに至ります。これがサプライチェーンで、原料に近い方を「上流側」、消費者に近い方を「下流側」と呼ぶ習慣です。

BtoC企業というのは、この長いサプライチェーンの最下流、消費者に一番近く位置している会社なのです。BtoB企業は、それより上流側のいずれかの位置を占めている会社です(だからBtoBの会社の方が、数は多そうな気がしますよね)。またサプライチェーンはモノの流れですから、モノの種類により、業種ごとに別々に存在しています。

このサプライチェーンですが、基本的に上流側から来るモノの流れと、下流(消費者)側から来る需要の流れを、調整するためにあります。消費者は気まぐれですから、日々変わりやすい需要に対し、サプライチェーン全体が機敏に即応することが求められます。そしてこの能力が、企業や、業種全体の収益力を、大きく左右するのです。

たとえば、トヨタ自動車を考えてみましょう。リーマンショックや米国でのリコール・訴訟問題などで多少つまずきはありましたが、大きな利益を上げ続けている、日本を代表する企業です。このトヨタの強さはどこから来るのでしょう? 「カンバン方式」や、ニンベンのついた「自働化」などの技法が利益の源泉? たしかに同社がこうした技法に多大な努力を払って来たのは事実です。しかし、わたしが見るに、トヨタに代表される自動車業界の真の強さは、そのサプライチェーンの姿にあるのです。

(図1 自動車業界のサプライチェーン)

皆さんはカー・ディーラーが、自動車会社ごとなのをご存じですね? トヨタのディーラーに行って、マーチを買うことはできません。自動車業界のサプライチェーンは、真ん中に自動車メーカーがおり、その上流側(部品サプライヤー)も下流側(販売会社)も、系列化しておさえている点に特徴があります。サプライチェーンで需給調整のための計画を立案する機能を持っているのは、真ん中の自動車メーカーのみです。しかもサプライヤーは、自動車メーカーの生産計画に同期化するための仕組み(カンバン)をもっています。また需要の季節変動が少なく、短期的な流行も少ないのが、商品の特徴です。最後に、店頭在庫がなくても、消費者は1週間や2週間は黙って待ってくれます。

こうした特徴があるため、自動車業界は、きわめて平準化生産に向いた効率的な体制を組めるのです。とくに、上流・下流の系列をコントロールする力が強いほど、収益力も高い。

これに対して、電機業界のサプライチェーンは、こんな形をしています。

(図2 電機業界のサプライチェーン)

皆さんは家電品をどこで買いますか? 最近は量販店で買う人が多いでしょう。量販店では、ソニーもシャープもパナソニックの製品も並んで置いてあり、その場ですぐ値段を比較することができます。家電メーカーは量販店をコントロールできません。だから、量販店と電機メーカーは独自に計画を立てているのです。

しかも電機業界は面白くて、部品を同業他社から仕入れたりすることがあります。日立の製品をあけると、中に東芝のチップが入っていたりします。そうなると、一つのサプライチェーンで、需給計画を立てている会社が二つも三つも存在することになる。それぞれ別の見込で動きます。おまけに、新製品のサイクルが短く、季節性の商品も多い特性があります。さらに消費者は、店頭に在庫がないと別の商品を買ってしまいます。このため、過剰在庫をまねく傾向が強いのです。

皆さんが家電会社の社長さんだったら、この図を見て頭が痛くなりませんか。どうやったら、最終消費者の好みに即応して製品を出荷できるのか。とても難しいですよね。

では、ちょっと応用問題を考えてみましょう。農産物のサプライチェーンです。皆さんの中で、ご実家や知りあいに農業をやっていらっしゃる方はいませんか?

(ごく少数が、気恥ずかしげに手を挙げる)

はい。結構です。農業って、大変ですよね。なぜ、大変なんでしょうか? 力仕事だから? いえ、近頃は結構、機械も進歩してきました。問題は、やはり需要と供給にあるのです。野菜類はあまり在庫がきかない特徴があります。自動車や家電製品との大きな違いですね。おまけに、消費者はバックログ(受注してから仕入れる事)も許しません。え、キャベツが品切れなの? じゃあ、今日は別の料理にするわ、という訳です。

(図3 農産物のサプライチェーン)

しかも、工業と違い、農作物の生産量は天候等に左右されて変動しやすいものです。在庫もできない、供給も安定しない、かつ消費者は気まぐれ・・当然、需要と供給にギャップがしばしば生じますよね。需給バランスが合わないとき、しかし農産物のサプライチェーンには在庫調整機能が無いため、価格変動が生産者を直撃する仕組みになっているのです。だから豊作貧乏が起きたりして、農業というのは引き合わない仕事と言われるのですね。頑張ってたくさん作ったのに、自分に全部はね返ってくる業界なのです。これを解決するためには、長期契約とか、直販とか、別な販売チャネルを構築しなければなりません。

ちょっとまとめてみましょう。

サプライチェーンにはつねに、需給ギャップのリスクが存在します。需給にギャップが生じたら、一番良い解決法は、需要に合わせて即座に供給(生産)調整する能力を持つ事です。ただ、これは簡単ではない。そこで次なる手段として、「在庫」による調整機能をもちいます。普通は供給が多くなれば在庫の形で、需要が高まれば納期(マイナス在庫)の形で、変動リスクの吸収と調整が行われます。

即応能力も在庫能力も無いと、需給調整は「価格」によって行われるしかありません。その結果、どうなるかというと、農業のようにちょっとした需要の変動が価格の乱高下につながります。ちなみに農産物のうち、コメは在庫がきくが、国策で価格を高めに決めています。だから在庫が無尽蔵に増えてしまうのです。

皆さんに覚えておいてほしいのは、「需給ギャップ(リスク)を、自ら調整する能力を持つ者が、そのサプライチェーンの支配力を持つ」という事です。逆に調整能力の最も小さい者には、つねにリスクが押しつけられることになります。こうしたサプライチェーンの性質を意識しながら、自らのポジションをうまく確立できた企業が、持続した成長力を持つのです。

日本では、「大事なのは製品開発力だ」という常識がはびこっています。Appleの成功などが刺激となったのでしょう。

「ヒット商品が生まれれば会社は成長できる」

「日本のものづくりが復活できないのは、魅力ある新製品を作れないからだ」

・・・こういう話はメディアに蔓延しています。『なぜ日本でiPhoneが生まれなかったのか』という題の本さえ出版されました。

たしかに魅力的な新製品の開発は大事です。成功すれば大きい。しかし、製品開発という仕事は、失敗確率も非常に高いものです。作ったものが次々ヒット、ということは滅多にありません。

他方、皆さんはこの車をご存じでしょうか。そう、トヨタ・カローラですね。カローラは「偉大なる平凡」などと揶揄されながら、長年にわたり販売台数トップの座を守りつづけました。偉大なる平凡を作り続けたトヨタ自動車の収益は、『供給力』に源泉があります。『供給力』とは、サプライチェーンの中で、需要にぴったりマッチした生産を行う能力です。「必要なモノを、必要な時に、必要な数だけ」=ジャスト・イン・タイム生産がこの会社の基盤でした。

では、製品開発力で有名なApple社が、供給力で犯した知られざる大失敗のお話しをしましょう・・。

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ということで、供給力の話題から、得意分野のスケジューリングの講義になっていくのだが、この先は専門的になるし演習も入るので、紙上収録はここらで切ることとさせていただこう。

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