欠品という名のリスクを減らすには (2010/08/25)

欠品という名のリスクを減らすには (2010/08/25)

一ヶ月ほど前になるが、大手自動車会社N社の生産ラインが、部品納入が間に合わないために数日間ストップする、とのニュースが新聞などを賑わした。問題の電子部品(エンジンの燃料噴射制御ユニット)を納入していたのは、これも大手製造業H社である。H社は大慌てでユニットの中核部品(カスタムIC)を追加手配して、なんとか間に合わせようと必死になっている、との話だった。H社がカスタムICを購入している先は欧州半導体製造企業であった。なのでメディアの論評は、H社の海外調達のあり方に向かったようだった。

この話は、ちょうどその頃に実施した工場見学ツアーのバスの中でも話題になった。この工場見学は、慶応大学管理工学科と生産革新フォーラム(通称『MIF研』)の共同主催によるツアーで、日本を代表する工作機械メーカーA社を訪問にいくところだった。このときの工場見学はとても興味深いものだったが、その内容についてはまた別途書くことにしよう。元の話題に戻ると、N社対H社の問題は、巷間言われているようにサプライヤーH社側に原因があるのではなく、調達元のN社側に原因があるのではないか、というのがMIF研の先輩達の憶測であった。もっと言えば、N社の内示量と実際の引取量に大きな差があったのではないか、という推理である。

自動車産業のサプライチェーンが、自動車会社(つまり最終組立工程と販売網を有するメーカー)を中心とした、一点集中型の構造になっていることは周知のことと思う。一点集中型というのは、計画立案を行うポイントが自動車会社のみにあって、系列サプライヤー企業の生産は、自動車会社の車両生産計画に合わせて制御されるからだ。部品は、最終組立工程に対して、ジャスト・イン・タイムで納入されることを求められる。

そのためのツールが、かんばん方式(あ、N社の場合はこの言葉を使ってはいけないのだった。でも内容はほぼ同じだが)と、先行内示である。自動車会社は、翌月・翌々月における部品の調達見込数量を、あらかじめ部品メーカーに対して「内示」の形で示す。そして、当月の実際の納入は「引取かんばん」で直近に確定する。引取かんばんを受け取った部品メーカー(最近は受け渡しは電子化されているが)は、あらかじめ定められた時間単位のリードタイムどおりに、その数量を生産しておさめなければならない。遅れてはいけないのはもちろんだが、早すぎる納入も許されない。これがジャスト・イン・タイム(JIT)生産方式である。

では、万が一、部品の納入が遅れてしまったらどうなるのか。その場合、最終組立ラインが即座に停止するかというと、そうはならない。自動車会社の側で、必要最小限の部品在庫を持っているのが普通だからだ。ただしその在庫量は、数時間分から、せいぜい数日分程度だ。だから、1週間以上の納入遅れが生じたら、まずライン停止につながると思った方がいい。いったん部品欠品による組立ライン停止となれば、巨額の間接損害のリスクが生じる。だから部品サプライヤーは必死になって「供給義務」を守ることになっている。

さて。問題は需要に変動が生じた場合、どうなるかだ。部品サプライヤーを指導するJIT生産方式のコンサルタント達はふつう、“神様じゃないんだから誰も先の需要なんて正確には予測できない。だから、どんな注文(かんばんによる納入指示)が来ても対応できるように、生産方式を作り上げる必要がある”と主張する。そのためには、ロット数を減らして一個流しを追求し、シングル段取りによって段取り替えロスタイムを極小化し、さらにセル生産により生産能力の自由な増減を可能にしろ、という主旨の現場改善を進めるわけである。

ところで、どのような現場カイゼンを積み上げたとしても、各メーカーには、対応可能な生産変動は無限にはならない。ある上限が存在するはずなのである。その上限を超えるような需要変動(納入指示の急な増減)が生じたら、どうするか。

そこで「先行内示」が頼りになってくるのである。引取かんばんというのは、実際には発注書ではなく、分納指示書に相当する、と考えられている。つまり、内示書に今月は合計10万個と書かれており、今日受け取ったかんばんでは2万個を納入しろとなっている場合、あと8万個の納入指示が来るのだろうな、と想像できる(もしその日以前に何も納入していなければ)。逆に言うと、部品サプライヤー側では、日単位の急な増減には対応しきれなくても、内示によって月単位での目安量がわかっていれば、その分だけあらかじめ平準化生産して準備・対応すればいいことになる。

ただ、たとえば月間内示が合計10万本と言っていたのに、ある日突然5万本納入しろと言われ、数日もたたぬうちにこんどは7万本ほしいと言われたら、どうするか。月間内示量と、実際の引取量合計にひどい差が出る場合、もはや対応能力を超えてしまうわけだ。そして、これは複数の自動車会社に共通して部品をおさめているメーカーの経営者から直接聞いた話だが、「愛知向け以外の内示は、差が大きくてあてにならない」のだそうだ。愛知向け(某トップ企業)だけは、ほぼ1割内外の差で内示と実績が合致するという。MIF研の先輩達が疑ったのも、N社が出した内示が現実とひどく乖離していたのではないか、という状況なのである(無論これは憶測であって、真相は全く別のところにあるのか見知れないが)。

繰り返すが、欠品というのは生産にとっても販売にとって大きなリスクである。大きな需要変動はそのリスク源である。そして、『リスク・マネジメントは本当に可能か』(2010/08/10)にも書いたとおり、

       可能性×影響度

リスク = ---------

        対応能力

なのである。言いかえれば、部品サプライヤーにとって、

 需要変動の幅 < 対応能力

ならば、このリスクは吸収できる。逆に

 需要変動の幅 >= 対応能力

だったら、もはやリスクは吸収できなくなる。いいかえれば、自動車会社はリスクを部品サプライヤーに転嫁できなくなる。そして、「内示」の正確性は、この「対応能力」を向上させる非常に大きな因子なのである。

リスクというものは、それが外因性のものである場合(需要変動は典型的に外因性だが)、それ自体を無くすことはできない。ただ、対応能力を高めて「吸収」し無化することは可能だ。そのためには中期的な予測(ここでは「内示」)が、その対応能力向上の切り札なのである。そして自動車業界で、予測・計画に責任を持っている唯一のポイントは、自動車メーカーなのだった。いや、たとえどの業種のメーカーであれ、欠品のリスクはとりたくない、でも部品在庫というリスクも回避したい、と思うなら、自社のサプライチェーンが有する対応能力の幅を、正確に把握するしかないのである。

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