冷蔵庫の在庫とサプライチェーンを考える

冷蔵庫の在庫とサプライチェーンを考える (2012/05/15)

牛乳を冷蔵庫から出し、コップについで一口飲んでから、ふとパックの日付をみると賞味期限をすぎていた経験はないだろうか。あるいはヨーグルトやジュースでもいい。たしかに風味はやや落ちているが、別におかしな味ではない。まだ飲めるのにな、どうしてこんな早い賞味期限をつけるんだろう? 飲料メーカーの「リスク・マネジメント」のおかげで、捨てなければならない食べ物が増えたような気がする。そのリスクにしたって、消費者の心配よりも、自分達がクレイマーをおそれてのことじゃないか。そんな気分にもなってくる。

しかし刺身だとか青菜だとか鶏肉だとか、他人やメーカーのせいにできない食料品も、つい無駄にしたことがある。買うときには、すぐ食べるつもりだったのである。でも、何かの都合で後回しになり、そのまま冷蔵庫の中で日が経ってしまった。傷みやすいものは、それでも気をつけるのだが、そうでもないものはつい油断してしまう。こうして、アフリカやその他、地球上で飢えている大勢の子供たちに申し訳ない気持ちになりながら、食べ物を捨てた経験のある人は、わたし以外にもいるにちがいない。このような先進国の無駄が、限られた地球の農業生産物の不平等な分配に寄与し--なんて高尚なことは思わないにしても、とにかくもったいないではないか。

この問題を解決するにはどうすればよいか。とある日曜日、グローバルな食料不足という課題に微力ながら貢献すべく(つまりは多少ヒマだったから)、サプライチェーンの観点から、解決策を考えてみた。サプライチェーン・マネジメントとは、需要と供給を同期化し一致させることにある。これはこのサイトでも繰り返し書いたことだ。在庫や移動の無駄が発生するのは、その需要と供給が一致していないことに起因する。発生(供給)と消費(需要)のタイミングが合わなければ、そこに在庫が発生し、発生場所と消費場所が違っていれば、輸送が必要になる。

だからといってミルクが飲みたくなるたびに、牛舎からウシを引っ張り出して連れてくるというのも、やや面倒ではある。衛生上、低温殺菌だって必要だ。それにあんな量を毎日生産(排出?)されては、とうてい我が家だけでは消費しきれぬ。やはりここはメーカーさんにミルクプラントを運用してもらい、見込生産で供給してもらうしかない。バッチで殺菌処理して、小分けにして瓶詰めあるいはパック詰めする。そして消費量に見合った配達をする。受け取った方は、やはり冷蔵庫にしまうしかない。

牛乳に限らず、一般に農業生産物は『見込生産』で作らざるを得ない。魚を食べたくなってから釣りに行ったり、漬け物を食べたくなってから大根を植えたりする訳にはいかないからだ。おまけに自然の産物にはその季節、あるいは旬がある。そして生ものだから消費期限も。だからどうしても食料品のサプライチェーンには在庫がついてまわる。米のように貯蔵性の良いもの以外は、長持ちする加工品にして貯蔵することが必要である。まさに人類が昔からやってきたことだ。あとは冷凍・冷蔵するか、である。これを生産者の場所ではなく、消費者の各家庭で実現したのが、家庭用冷蔵庫であった。だから戦後復興期に、冷蔵庫は洗濯機や掃除機とならび、家電必需品となって、家電メーカーを(日本だけでなく多くの国で)大企業に押し上げたのである。

ところで、そもそも冷蔵庫という近代的マシンの機能は何だろうか? 仕組みから言うと、あれは冷媒をコンプレッサーと配管で気化器と熱交換器に循環させ、内部の熱を外部にくみ出すシステムだ。そうした冷却機能と並ぶ、もう一つの柱が「保管機能」である。冷蔵庫は多品種少量品の保管システム、であるはずである。この面から再検討できないだろうか。

工場や物流センターなどで倉庫を機能設計する際のポイントがいくつかある。まず、使う側のソフトの問題だ。保管する物品は、箱や缶やコンテナなどに入れて、ある程度「定型化」することがコツである。積みやすく・持ちやすくなるし、スペース効率も高まる。まあ、牛乳パックなどは合格だろう。野菜や魚介類は不定形なので、ちとやりにくい。だからタッパーウェアは偉大な(そしていかにも米国らしい)発明品であった。かの国では、買い物は週に1回、車で巨大スーパーにいき、一週間分の食料品をカート一杯に積み込んでかえってくる、というのが標準的生活パターンだからである。貯蔵量が半端じゃない。牛乳パックなども2リッターが普通なのだ。

つぎにソフト面で考えるべき事は、その小分けした物品に現品表(カンバン)を貼ることだろう。内容が何で、いつ購入し、いつまでが消費期限かを明記する。そして入出庫管理台帳をつくり、どのIDの物品を出し入れしたか記録する、のだが、こんな面倒なことを家庭ではやっていられまい(じつは、かなり多くの工場でさえ、きちんと現品表を貼らずに資材をおいたり運んだりしている)。

とくに、入出庫管理台帳の一番大事なポイントは、『保管場所のロケーション管理』である。あれってどこに置いたっけ? と冷蔵庫の奥をかき回した経験は誰にもあるだろう。どの物品をどの場所に保管したか。これは後で取り出すときのキーになる。ほかに倉庫管理システム(WMS)の機能として、ある品目の合計量の計算、棚卸と在庫修正、などがあるが、ここには詳しく述べない。そうした情報システムに興味のある方は、渡辺幸三氏の著書「生産管理・原価管理システムのためのデータモデリング」などを読まれることをお薦めする。

ところで、こうしたロケーション管理的な面倒の一切をなくしてくれる、素晴らしい発明がある。それが立体自動倉庫だ。棚が縦横にならんでおり、スタッカー式クレーンなどと呼ばれる機械が動いて物品の出し入れをする。入出庫口に荷物を置けば、自動的に空いている棚に運び入れてくれて、場所は自分で覚えておいてくれる。「あれ取ってきて」と頼めば、自分で勝手に取ってきてくれる。荷物にバーコードでもついていれば、自動的に識別もしてくれる。では、冷蔵庫に自動倉庫機能をつけ加えてはどうだろうか? 消費者の悩みは万事解決、ではないか。

ところが、そうはいかないのである。「あれ取ってきて」とわたし達が言うときには、“あの牛乳の、一番古いやつから先に取ってきて”という意味である。しかし自動倉庫の側は、17番の棚の牛乳と26番の棚の牛乳が「おなじもの」だというパターン認識はできないのだ。せめて商品バーコードが共通なら、同種物品だとは判定できよう。その場合でも、賞味期限までは分からない(バーコードには入っていない)。だから結局、箱と中身の紐づけ(マスタ作成)はユーザの作業になってしまう。

しかももっとまずいことがある。自動倉庫にいったんしまうと、どこに入ったか分からず、視界から消えてしまう。すると記憶からも消えがちになる。どこかの棚で牛乳がチーズになり、ワインがお酢になっていても気がつかないことが起こりうるのだ。定期的な棚卸作業が必要になる。これでは失敗だ。

自動倉庫方式の、機械と情報システムのインテリジェンスに頼るやり方は、(大規模工場ならともかく)冷蔵庫程度のスケールでは引き合わないことが分かった。それでは、どうするか。発想を逆転させて、人間の側の視覚とインテリジェンスに頼ることにしてみよう。

まず大事なのは、どこに何があるか全部見えるようにすることだ。このためには冷蔵庫の扉を現在のような金属製のものではなく、断熱ガラス製にすべきである。さらに、冷蔵庫の幅と奥行きも問題だ。あれでは手前に物を置いたら奥のものが見えなくなる。だから、冷蔵庫はもっとずっと平べったい、奥行きせいぜい30cm程度のものにする。

しかし、そうすると壁面を今よりたくさん占有してしまう。狭い日本の住宅事情から考えて問題だ。これをどうすべきか? じつは、妙案がある。それは、冷蔵庫を縦型から横置き型にしてしまうことである。横置きにして、下に4本の足をつける。つまり、文字通りテーブル型にして、台所ではなく、ダイニングルームの真ん中におくのだ。上面はガラス製だから、上からどこに何があるか、全部一目で見渡せる。以前買ってきて忘れたもの、賞味期限が近づいたもの、すべて目で見れば思い出す。モノ探しの手間もずっと減る。

食事の時に冷蔵庫の中身を見たくないのなら、その時だけ上にクロスを敷くか、あるいはいっそ液晶方式にして、スイッチ一つで洒落た模様に変えるのもいい。

取り出し口は、横につける。つまり引き出し方式にする。この引き出し口は、左右両側につけるようにする。そして中に入れる物品は、すべてトレーにのせる。このトレーは滑りやすくできているので、突っ込んだり出したりが楽にできる。

しかし、出し入れ口を左右二ヶ所にする最大のメリットは、「入口と出口の分業」である。例えば必ず左から入れ、右から出すようにする。こうすると、庫内に左から右にものの流れができる。つまり、先入れ先出し方式が自動的に実現できるのである。どのヨーグルトを先に買ったのか、もう悩まなくていい。右に近い方から順に取り出せばいいだけだ。庫内が一杯になってきたら買い物を控えるだろうし、少なくなったら買い出しの時期だと分かるだろう。

うーむ、われながら素晴らしいアイデアだ。究極の「サプライチェーン型冷蔵庫」である。これを商品化すれば一攫千金、大金持ちになれるだろう。だが、地球レベルの食糧問題に貢献すべく公共心を発揮し、このアイデアは無償で公開することにしよう。

しかし、この程度のことは、ちょっと気が利いた工場ならばすべて職場で実現していることだ。モノを定型化して置く、入口と出口を分けて流れを作る、ロケーション管理の手間を不要にする、そして全体の量が見えるようにする・・わたし達はここに、「単なる物置」から「使用者のための物品供給の仕組み」への進化を見るのである。そしてこうしたシンプルな原則の理解こそ、わたし達の効率をアップさせるために必須の知恵なのである。

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