小ロット化はほんとうに製造コストを上昇させるか
前回書いた「リードタイムとは、いつからいつまでの期間をいうのか」
に対し、H.Kさんとおっしゃる読者の方から、以下のような質問を頂戴したのでお答えしたい。
>生産管理の実務者です。いつも興味深く読ませていただいています。
>
>『部門間の「責任感」による確約のマージンをけずる』には納得です。
>しかし、もうひとつの『計画立案サイクルを短縮する』事は、立案コストだけでなく、
>生産ロットを小さくする事になるので製造コストも上がりますが、どう解決すべきで
>しょうか?
>リードタイムと在庫、製造コストの変化を、金額で評価して最適値を算出する事に
>なるのでしょうか?
これは、小生が書いた以下の節に対する疑問だと思う。
『標準リードタイムが長くなるもう一つの要因は、月次計画サイクルの存在だ。月次サイクルは技術的理由から決済の慣習まで、いろいろな事情に支えられて存在している。だが月次サイクルとは、いいかえれば1ヶ月間のタイム・フェンスを生産計画に設定しているのと同じだ。月次計画のスパンで順序繰りを決めて原価を最適化するのは素晴らしいように思えるが、コストの代償として生産のフレキシビリティーを捨てていることになる。』
むろん、生産計画立案のコストは、おっしゃるとおり2倍にアップする。ただ、ご質問の趣旨は製造コストであろう。所属する業種が書かれていないので、ここではとりあえず、もっとも一般的な組立加工系の製造業と想定させていただこう。
さて、ご存じのとおり製造原価は以下のような要素から構成されている。
(1)材料費
(2)人件費・労務費
(3)その他経費(用役費・保全費・減価償却費等)
仮に今、工場内のすべての製造ロットを半分にしたと仮定する。すると上記の項目のうち、どの項目が影響を受けるだろうか。
(1)の材料費は、つくる量が変わらない限り、増えも減りもしない。(2)はどうかというと、社内人件費は基本的に固定費ですから、残業時間が延びない限り、増えない。外注労務費は契約次第だが、派遣形態の場合は社内人件費と同じで、人数や労働時間が増えなければ変わらない。外注(材料支給)形態の場合、ほとんどは加工数量の出来高で精算しているはずである。数量は変わらないのだから、外注費も増えない。
(3)のうち、用役費は、セットアップ・段取り替え作業に非常に水道光熱を要する場合は増える可能性があるが、それは例外ケースであろう。ふつうは加工・製造のために機械を動かす方がずっと、エネルギーも水その他用役も消費するはずである。保全費は? これも、機械部品の消耗は段取り替えよりも稼働時間にほぼ比例するはずだから、あまり変わらない。減価償却費も、年間に決まった金額が帳簿上消えていくだけだから変わらない。
つまり、製造ロットを半分にしても、原価はとくに上がらない、ということになる。
ちょっと待て、人件費はほんとうに上がらないか? セットアップ作業の時間が倍になるのだから、必ず増えるはずではないか! --そう、反論される声が聞こえそうな気もする。
それは、現時点で常時100%稼働している工程・作業区に対してのみ、YESである。もし人の稼働率が80%とか、70%以下である場合、多少のセットアップ作業時間が増えても、残業も人員追加も不要である。
いや、うちの工場に遊んでいるヤツはいない。不況下の人減らしもあって、ギリギリの人数で操業している。そう、再反論されるかもしれない。
言うまでもないことだが、人はつねに仕事を作り出す存在である。工場で、ただあくびをしながら立っている労働者など、(日本である限り)わたしは一度も見たことがない。加工する材料がなければ、ツールの整備や機械の点検調整やモノ探しや改善活動など、必ず何かの仕事を見つけてしている。とくにモノ探しについては、以前も「『探し物』という名前の時間泥棒」 でも書いたように、一所懸命に働いているように見えながら、じつはちっとも付加価値に貢献していない作業である。これは物流・配膳の不備や、レイアウトの不便から生じる余計な作業時間だからだ。
工場の中の各工程できちんと時間分析をしてみれば分かっていただけるはずだが、製造リードタイムの中に占める「正味作業時間」(=付加価値を生んでいる作業時間+付加価値は生まないが必要な作業時間)の比率は、案外小さいものだ。それ以外の時間は待ち時間である(その中でもロット待ちが結構な比率を占めることはご存じのとおり)。これを作業者の側から見ても事情は似ている。たとえば材料待ちのために、ある部分だけチョロっと組み上げて脇に置いておき、次の製品の組立をはじめ、また材料がそろったら元の組立に戻る、こうした状況では、時間は使っていても生産性が落ちるので、正味作業時間比率は上がらない。
むろん、もしかするとH.Kさんの工場はこんなだらしない状態では無く、各人が多能工化して複数工程をフレキシブルに持ち合い、全員が助け合って正味作業時間比率がみな十分に高いのかも知れまない。そうだとしたら、たしかに残業や人員増がおき、製造コストは多少アップするだろう。そのことはわたしも否定するつもりはない。
もう一つ、ありうる再反論として、「小ロット化で段取り時間が2倍かかり、機械自体の占有時間が増えるのだから、チャージコストが増えてしまうはずだ」という議論がある。たしかに、ある機械のチャージ・レートが1分100円で、それまで1ロット=段取り10分+加工50分=6,000円ですんでいたものが、ハーフサイズになれば2ロット=段取り20分+加工50分=7,000円になる、と思えるかもしれない。
だが、これは典型的な誤解だ。機械の標準チャージ・レートは、その機械の年間減価償却費を、占有時間(稼働率)で割って決める。もしロットサイズを半分にすることで機械の占有時間(稼働率)が上がったら、原価計算の中では「原価差額」を求めて標準値と実績値の差を下方修正する。つまりチャージ・レートが安くなるので、結果としては原価は変わらないのである。(ただ、この仕組みを生産部門の人がよく知らない、あるいは会計部門の中だけで計算してしまうので原価差額が知らされないケースは、ままあるが)
以上、長々と書いたが、まとめると、原価とは固定費と変動費(材料費)の和である。生産数量が変わらない限り、変動費は変わらない。固定費は、文字通り固定的だ。だから、ロットサイズを半分にしても、ほとんど増加しないのである。例外は、工場の全ての工程が、常時フル稼働状態であるケースである。このような慶賀すべき状態である際には、まず検討すべきは生産キャパシティの拡張であり、小ロット化ではないだろう。
そして、まずそもそも、「生産計画のサイクルタイムを月次から月2回に短縮したとしても、必ずしも全製品の製造ロットが半分になる訳ではない」ことはご理解いただけると思う。工場で作る製品の多くは、1~2ヶ月分の需要をまとめて作ればすむようなタイプの、少量生産品だろう。これはそもそも注文が少ないのだから、わざわざ2度に分けて計画する意味もない。
まあ、この分析はいわゆる加工組立のディスクリート系工場に対するもので、半連続のプロセス生産や、わたしのいう「切替型連続生産」では、もう少し別の分析が必要になる。ただ、その場合でも、かりに製造コストが上がるとしても、需要確度の向上、在庫量の減少などの効果をみて、その得失を総合的に判断すべきだと思う。「総合的に」というのは、製造だけのコスト最適化計算ではなく、製造と販売を含めて、もっとも機会損失が減って利益(粗付加価値)が増えるやり方はどちらか、という意味だが。