意味無しコードのすすめ
商売柄、多くの製造業の顧客に接していると、つくづく感じることがある。それは、生産の世界はとても多様なのに、抱えている問題はだいたい似通っている、ということだ。工場と生産のあり方は、つくるモノによって非常に異なる。電子材料・精密機器・医薬品・飲料・アパレル・産業機械・化学・原子力関係・・最近かかわった業種をランダムに思いだしてみても、それぞれじつに多様な条件下で、ものづくりが行なわれている。
にもかかわらず、多くの企業で抱えている問題には共通点がある。それは一言でいってしまうとサプライチェーンの悩みであり、それをささえるマテリアル・マネジメントの変化の悩みである。工場は大量・見込み生産の形で大きくなってきたのに、販売はどんどん多品種少量・短納期受注生産のスタイルを要求される。新製品をつぎつぎに市場に投入しなければならないのに、製品開発も量産準備もそれに追いつけずにいるのだ。
それなのに、どこの会社も判で押したように「自分の問題は特殊だ」と信じ込んでいる。この滑稽さは、以前、「特別な我が社」で書いたから、今は触れない。
しかし、「会社四季報」などを見るとつくづく思うのだが、そもそも化学・繊維・機械といった『業種分類』など、いまでは住民票の“本籍地”程度の意味しかない。化学企業が電子部品を作り、繊維メーカーが医薬品で儲け、素材メーカーが飲料を売って成功をおさめているのが今日の姿である。もはや“現住所”はずいぶん離れているのだ。それだけ、日本の技術者の適応能力が高いのだ、とも言える。
しかし、それに比して、管理技術の方は、なかなか進展も変化も見せないものらしい。製品市場では世界に知られる先進企業でも、工場を子細に見ると“えっ、まだこんな方法で生産管理やっているんですか!?”と驚かされたりする。10-15年前に、本籍地から現住所に移ったときの、旧い管理の考え方が、まだそのまま残されていたりするのだ。その一番典型的な例が「意味ありコード」である。
「意味ありコード」とは何か。それは、マテリアル・マスタ(会社によっては部品マスタとか品目マスタとか種々の名前で呼ばれるが)において、それぞれのマテリアルを識別するためのキー・コードのあり方である。そのキーを発番する際、複数の桁区切りをつかって、桁ごとにいろいろな意味を持たせる。これを「意味ありコード」と呼ぶ。
たとえば、PA-C12-74901 という品目コードを持つ部品があったとする。最初のPAは、流体計器という製品ファミリを表わし、C12は製品を構成するサブ・アセンブリのコード、次の749は仕入先のコードで、01は連番、といった具合だ。よく見かける「意味ありコード」の例である。なれた人は、コードをじっと見ると、それがどのような部品で、どこから仕入れて何に用いられるのか、だいたい分かるようになる。とてもインテリジェントな、優れモノのコード体系である・・はずである。
ところが、多くのメーカーでは、これが足かせとなり桎梏となってきている。その理由は、製品の多品種化と、製品領域のシフトである。多品種化にともない、共通部品や共通原料が増えてきた。そうなると、なまじ最終製品に紐づけられた部品コードは不便になってきた。それに輪をかけるのが、製品領域のシフトである(つまり「本籍地」から「現住所」への引っ越しだ)。製品ファミリの概念さえ、次第に現実に合わなくなってくる。こうなると、なまじ「意味ありコード」だったものが、何がなんだか見てもさっぱり分からなくなってしまう。
やっかいなことに、このマテリアル・コードの意味論の混乱は、目に見えない。工場の中で部品の搬送や保管が混乱すれば、だれの目にも明らかだ。しかし、コード体系の混乱は、真面目に生産管理に従事している実務者たちにしか気づれかない。だが、この目に見えぬ混乱は、思いもよらぬ所に影響を及ぼす。それは、製品開発スピードへのブレーキである。もっと具体的に言うと、設計部品表(E-BOM)と製造部品表(M-BOM)の乖離、という形で現れてくる。これが進むと、量産準備の途上でさまざまなトラブルが発生してくる。一番良くないのは、設計部門と工場部門との部門間の軋轢が増してくることだ。
これを避ける方法は一つしかない。それは、「意味なしコード」を採用して、マテリアル・マスタを作りなおすことだ。意味なしコードとは、文字通り、桁区切りなどに意味を持たせない。単純な連番によるコード体系だ。コードだけ見ても、何かよく分からない。だが、別にそれでよいのだ。今日では、どこの端末からでも、マテリアル・コードを検索できるはずだし、今できていなくても、検索可能にすることはたやすい。人間が目で見て判別できるコードが便利だったのは、紙で台帳をつくっていた時代のことなのだ。
考えてみてほしい。あなたの社内の従業員コードは、意味ありコードになっているだろうか? その人の所属部門や年齢や出身によって決まっているだろうか? そんなことをしたら、毎年コードを変えなければならない。だから、たいていの会社は意味なしコードになっているはずである。会社で一番重要である(ということになっているはずの)社員でさえ、意味なしコードで管理しているのだ。なぜ、部品だけは意味ありコードにこだわるのか?
生産管理の仕事を頼まれた場合、私はその顧客のマテリアル・マスタのコード体系を必ず見ることにしている。その作り方で、企業の生産管理のレベル、ひいてはサプライチェーン管理のレベルがだいたい分かるからだ。ただし、意味なしコードへの移行は、単純ではあるが必ずしも簡単な仕事ではない。ある大手通信機器メーカーでは、E-BOMとM-BOMを統合するために「意味なしコード」を使ったが、統合作業自体はかなり大変だったとのことだ。無理もない。コード体系の見直しは、それ自体がプロジェクト・マネジメントを必要とする、立派なプロジェクトなのである。