役割(Role)としてのプロジェクト・マネージャー

役割(Role)としてのプロジェクト・マネージャー

世の中には、名刺に書きやすい資格と、そうでない資格がある。『弁護士』だとか『医学博士』だとかは、名刺に書くと箔がつくし、押し出しもきく。『技術士』や『不動産鑑定士』はそれよりやや専門的で地味な印象だが、その道の人は誰もが知るプロフェッショナルである。これに比べて、『漢字検定1級』とか『囲碁5段』とかは、知識レベルの深さでも資格取得の難易度の点でもひけをとらないはずだが、なぜか名刺に書く人は少ない。不公平なことである。

私が持っている(そして参考書も書いている)『プロジェクトマネージャ』というのもまた、名刺に書きにくい資格だ。なぜなら、この名称では、取得資格なんだか社内組織上の職位を表わしているんだか、区別がつかないからだ。げんに私も名刺には記していない。

せっかく資格を取っても名刺に載せられないとさびしいので、もう少し注釈をつけて書こうかと考える向きもあろう。すると、『経済産業省認定 情報処理技術者プロジェクトマネージャ』ということになるが、ずいぶん長くて場所ふさぎだ。おまけに名刺交換の時に、自己紹介の目的にかないにくくなる。「じつは私は経済産業省認定情報処理技術者プロジェクトマネージャでして」「ほう。あなたは経済産業省認定情報処理技術者プロジェクトマネージャの資格をお持ちですか。そういえば昨日も別の経済産業省認定情報処理技術者プロジェクトマネージャの女性にお会いしましたが、この方がなかなか美人でしてな・・」これでは、いつまでたっても話の本題に入れそうもない。

世の中に『社長』とか『課長』とかいう名前の資格制度があったらおかしい。それなのに、情報処理試験制度がこのような名称を選んだのは、想像するに、二つ理由がある。まず、プロジェクト・マネージャーが専門職であるという認識があったのだろう。たしかにある意味ではそうだ。マネジメントが専門職なのか管理職(総合職)なのかは、議論の余地があるはずだが。

もう一つは、プロジェクトが時限的な営為である以上、PMもまたパーマネントな(永続的な)職位ではあり得ないはず、という理解があったのではないか。社長や課長は、永続的な職位である。個人単位ではいつかはその職を去るだろうが、管理対象はゴーイング・コンサーンを旨とする企業組織である。何かの目的を完遂したら解散、というプロジェクト組織とは異なる。

おそらく、この2点に、従来型の企業組織がプロジェクト・マネージャーという職業を位置づける際の居心地のわるさ、困難さが集約されているように思う。PMとは職位(=地位・特権)なのか、職種(=専門性)なのか? また永続的な部門の管理者なのか、それとも部門長に管理される者なのか? そもそも、若いPMは、自分より先輩の専門職チーム員に、指示を出す権利があるのか?

こうした混乱は、プロジェクト組織の本質を理解していないから起こる。じつはPMとは職位でもなく職種でもなく、役割(Role)なのだ。役者が劇で役割を演じる、あるいはサッカーでアシストとシュートの役割を分担するように、プロジェクトという限られた目的の中で、最終的な意志決定の責任をになう「役割を負っている」のがPMなのである。プロジェクトが終わって、PMの任を降りたら、つぎは誰か別のPMの下で、別の「役割」につくかもしれない。それはPCM(プロジェクト・コントロール・マネージャー)やEM(エンジニアリング・マネージャー)という「役割」かもしれない。

プロジェクト・マネジメントは専門技能である。この点はいくら強調しても強調しすぎることはない。しかし、たしかに(2年も3年も続く巨大プロジェクトは例外として)PMという一時的な役割を職位のごとく名刺に書くのは、おかしい。それならば、専門技能の持ち主である人々を、どう呼ぶべきなのか。

我々の業界では、『プロジェクト・エンジニア』と呼んでいるが、ちょっとそっけない職種名称だ。PMIの"Project
Management Professional"(PMP)とか、PMCCの"Project Management
Specialist"(PMS)などの名称の方が、ずっと気がきいている。

名称はどうあれ、この『プロジェクト・エンジニア』は、PMになるための主要なキャリア・パスだ。最初は雑用じみた調整役からはじめて、しだいにEMだとかPCMを経験し、やがてはPMの役割を担えるようになっていく。

より多くの業界において、名称はどうあれ、プロジェクト・マネジメントの専門職種が認知され、適切な「役割」を与えられるようになっていくことを、私は切に望んでいる。

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