減らすべき在庫、生かすべき在庫の区別 ― 在庫管理論を再考する(3)

昨年末、拙著『BOM/部品表入門』が増刷になった。初版が2005年1月だから、ありがたいことに10年間、現役で売れ続けていることになる。累計部数も1万部近い。多くの人に手にとっていただけたということは、それだけ部品表の問題に悩む人も多いことを示しているのだろう。

この本は帯の部分に「マテリアル・マネジメント改革の基本技術」とサブ・タイトル風に銘打っている。BOMはマテリアル・マスタ(品目マスタ、部品マスタなどとも呼ばれる)とともに、製造業におけるDNAにも似た役割を持っており、モノの供給・流れ・消費を司っているからである。

ところで、わたしは勤め人なので、本を書くには土日か夜の時間しかつかえない。したがって、1冊の本を書くのに丸1年はかかる。そして1年もあると、執筆してているうちに、本の主旨が最初の意図から変わっていってしまうことがある。本書を書いたときが、まさにそうだった。書き始めた当初は、ERP技術者のために、MRPのパラメータ設定のノウハウを書くつもりだったのだ。だが、書き上げてみると全く別の主張をもつ本になっていた。すなわち、「BOMは製造業のDNA情報であり、そのデータを特定のパッケージソフトなどに依存すべきではない」という結論になったのだ。

BOMの概念は、生産計画手法MRPとともに、米国で’60年代に発達した。MRPの基本コンセプトは、当時の米国における生産管理思想を色濃く反映している。大量見込生産、豊富な生産資源(機械設備能力)、大ロットにふんだんな在庫・・そして何より、生産という仕事を一種のシステムとしてとらえ、非常に理性的かつロジカルにモデル化して、コンピュータ(当時のことだから大型汎用機)で計画・指示しようという発想だ。

この発想は、’70年代前半のオイルショック以降、転換を迫られて、需要にミートしたタイムリーな生産と、在庫陳腐化リスクの低減が求められるようになるのだが、そこでの武器もまたMRPであった。ATPなど様々な機能拡張を経て、’80年代にはMRPⅡとして模様替えされ、’90年代には各種ERPパッケージに組み入れられるようになった。その流れは今でも連綿として続いており、グローバル化したサプライチェーン全体での生産・在庫を最適化するために、現代流の超高速MRPを中核にして、販売操業計画S&OPをまわしていく方策が、多くの欧米系企業でとられている。

ところが日本は’80年代、電機業界や自動車業界の輸出の黄金期であり、「日本流経営」に自信満々、“もう欧米に学ぶところなし”と公言してはばからぬ人が続出した。さらに麗しきバブル時代に入ると、生産管理なんて泥臭い仕事には、誰も関心を示さなくなった。このためMRP
II以降の発展がまったく入ってこないし、普及もされない状況が10年間続いた。これをわたしは「生産管理の失われた10年」と呼んでいる。バブル崩壊後の’90年代後半は、米国からSCMなどの最新概念がまた入るようになったが、しかし同時に日本企業は工場の閉鎖と海外移転に走るようになった。こうして、生産管理論全般の足腰が弱まってきた。

わたしの本業は工場づくりである。製造業のお客様に工場を作り、また工場の操業管理のためのコンピュータシステムを設計して納める仕事に、ずっとたずさわってきた。ところが、国内顧客はバブル経済崩壊以降、なんとなく、生産管理の基本コンセプト自体がぐらついているケースが多いように、感じられた。同時に、長引く不況のせいか、あるいはERPブームのためか、生産管理システムをきちんと構築できるIT技術者の数も減ったようだった。このままではまずい。わたしがときおり本を書いたり、こんなサイトをずっと運営し続けているのも、もう少しきちんとした議論の土台作りに微力ながらも貢献したいと考えてきたからだ。

さて、BOMの本を書いている途中で、中間部品および原材料の在庫の問題にぶつかった。在庫管理の本は、主に製品在庫に焦点をあてて書いていることが多い。しかしBOMは部品材料の表なのだから、そいつをどう定義し、どう管理すべきか、あらためて考えることになった。『BOM/部品表入門』の第5章「在庫管理のためのBOM」は、まるまる一章を、その問題にあてている。

それを考えるうちに、在庫と一口に呼ばれるものの中にも、じつは複数の異なるカテゴリーがあることに気がついた。そのきっかけは、「引き当て」の概念である。

「引き当て」とは、モノに使用の予定を紐づけることである。あなたが本を探しに書店に行ったとしよう。たとえば、名著の呼び名も高い佐藤知一の『BOM/部品表入門』(笑)を探しているとする。店頭を探したが見当たらない。そこで仕方なく注文をいれることにする。数日後、書店から入荷の連絡を受け、また店にいってみる。注文カウンターにいくと、奥から本を出してきてくれる。たぶん注文主の名前を書いたスリップが添付されているだろう。ところが、よく見ると、棚にも同じ本が置かれているのを発見する。書店がこの本は売れ筋と判断して、2冊仕入れていたのだ。店頭に置いてある本と、注文カウンターの奥にとってある本は、同じモノの在庫である。だが、そのカテゴリーが異なる。1冊は、すでにあなたという特定顧客による消費予定が決まっている。書店はこの本を、他の客先に売るわけにはいかない。しかし店頭に積んだ1冊の方は、誰に売っても良い。というか、誰に売るか(売れるか)決まっていない。

このような状況のことを、引き当て済み在庫=1冊、未引き当て在庫=1冊、と表現する。こうした引き当ての概念は、製品のみならず中間部品にも原材料にも適用される。

さて、「在庫を減らせ!」という号令がかかったとき、減らすべきなのは引き当て済み在庫の方なのか、それとも未引き当ての方なのか? いうまでもないことだが、すでに顧客のついている引き当て済みの本を処分(返品)する訳にはいかない。減らすなら、まず未引き当ての在庫を減らすべきである。

ところで、店頭にある製品で引き当て済みのものは、「売約済み」在庫になる。しかし、中間部品や原材料で、特定の使用予定(製造オーダー)に引き当てられているものは、まったく別の呼び方になる。それは英語でWork
in Process = WIPと呼ぶ。日本語なら「仕掛品」とか「仕掛在庫」になる。原材料で使用予定が決まった瞬間から、製品になってめでたく工場から出荷するまでの間は、次の使用予定が決まっている限り、WIP=仕掛在庫になる。工場内や工場間で輸送中のモノもそうだ。いいかえると、製造リードタイムがゼロでない限り、工場内には必ず仕掛在庫が存在する。たまに、「うちの工場は在庫ゼロを目指しています」などという所があるが、それは仕掛品ゼロ、すなわち「何も製造しないこと」を目指していることになる。

仕掛在庫(WIP)と似ているものに、エージング在庫がある。たとえばウィスキーを樽の中で熟成させる。これには年月がかかる。だが、ウィスキー工場で「15年も在庫しているのか! 死に筋在庫だから早く処分しろ!」と叫ぶ者がいたら愚かである。必要があって寝かしている。このように、仕掛在庫やエージング在庫、輸送中在庫など、すべて次工程で使用されることが確定しているものをまとめて、わたしは『フロー在庫』と呼んでいる。

では、特定の使用予定に紐づいていない、未引き当て状態の在庫は何と呼ぶのか? 答えは、ストック(Stock)である。英語で見込生産のことをMTO
= Make to Stockとよぶが、この事情をよく表している。ストックするために製品を作る。ストックの在庫を店頭に積み上げて、客を呼ぶ。そしてこの用語は、中間部品でも原材料の在庫でも、共通だ。まだ特定の使用予定に紐づいていない状態、すなわち、いつか発生するかもしれない将来の需要に備えるために置いておくものをストック在庫と呼ぶ。

ところで、ストック在庫であれフロー在庫であれ、その発生には二種類の理由が考えられる。計画的につくって置いているものと、偶発的に生じるものだ。たとえば、工程間でロットサイズが異なる場合は、どうしても途中で在庫が生じる。これは工程間バッファーの一種で、計画上やむをえず生じるフロー在庫である。しかし、同期するべき工程間のタイミング不良が起きて、発生してしまう滞留品は、偶発的なフロー在庫である。そして、意図せずにできてしまって、しかも使用予定が決まっていない種類の在庫は、いわば『できちゃった在庫』だ。

工場がまず第一に撲滅すべきなのは、この『できちゃった在庫』である。それに比べれば、タイミング不良による滞留は、望ましくはないが、下流工程で全部消費されるのだから、まだしも罪は軽い。そして、計画的なストック在庫やフロー在庫などは意図した在庫であり、むしろ積極的に活用すべきだ、というのがわたしの考えである。

在庫削減もけっこうだが、この4つのカテゴリーを区別せずに、むやみに減らすことばかり取り組むべきではない。ためしに、現在、工場内で抱えている在庫のうち、どれがストック在庫でどれがフロー在庫なのか、一度落ち着いて区分してみてはどうか。そして、そのうちのどれくらいの割合が偶発的な発生かも、概算してみるといい。そうすれば、より適切で現実的な削減目標が決まるだろう。

ちなみに、『BOM/部品表入門』では、6つのカテゴリーに分類していた。しかしちょっと多すぎて覚えにくく、また、APICS(米国生産在庫管理学会)の分類定義などを見ても4つに大別しているようなので、最近は4つのカテゴリーに集約して説明している。また企業個別の事情によっては、もっと適切な分類だってあり得るだろう。

いずれにせよ、わたしがここに書いたようなことは、落ち着いて考えれば、誰にだって分かることである。だが、今日、こうした分類で在庫問題に取り組んでいるところも少ないし、生産管理の解説書などでもあまり見かけない。とても残念なことだ。それこそ、「生産管理の失われた10年」の影響だろうと思う。そして、念のために書いておくが、その10年間の空白は、決して不況のために生じたのではなかった。わたし達の社会の、実力以上の好況と自信過剰によって生じたのである。

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