在庫をどの形で持つか ― 在庫管理論を再考する(2)

前回、このサイトでわたしは「在庫というものの意義をちゃんと積極的に評価して、そのコストやリスクに見合う適切な活用方法を考えるべき」だ、と書いた。「そのコストやリスク」のうち、『在庫のコスト』とは、前回も説明したとおり、保管費用と在庫金利に代表されるコストである。

それでは『在庫のリスク』とは何か。代表的なものは二つある。保管期限切れリスクと、不動在庫化のリスクである。在庫品目の中には、保管期限のあるものが存在する。電子材料系や化学品などに多いが、一定の有効期限がある。飲料・食品などでは賞味期限というかたちをとる。いずれにせよ、ある一定の期限を過ぎたら、在庫として無価値になってしまうのだ。したがって、基本的には保管期限が来る前に、使い切ってしまわなければならない。ちなみに生産スケジューリングの分野では、とくに中間在庫品に有効期限のある問題は、解くのが最も難しい部類に属する。これに保管スペースの容量上限などが組み合わさると、もう超絶技巧級の難物である。手作業ではまず解けないと思っていい。

そこまで難しくなくても、よく悩みの種になるのが、「3分の1ルール」というやつだ。大手流通チェーンではよく、「3分の1ルール」なる規則が納入業者に課されることがある。これは、「有効期限(賞味期限)が残り3分の2以上あるものしか受け取らない」というルールである。そもそも大手流通チェーンでは、有効期限付きの商品はロット逆順の納入を許さない。つまり、2月末の期限付き商品のロットが出荷された後で、1月末期限のロットを納めようとしても受け取ってくれない、という慣習である。「3分の1ルール」はこれに加えて、「有効期限が3分の2を切ったもの」、すなわち製造日から有効期限の3分の1以上が経ってしまった商品は、受け取らない、とする。さらに、「販売期限は、賞味期限の3分の2の時点までを限度とする」というルールも、しばしば同時に行われている。

たとえば有効期間が6ヶ月の商品を1月末に製造したとする。有効期限は7月末だ。ところがこのルールによると、4月に入ったら、もうその商品は大手流通チェーンは受け入れてくれなくなる。1/3経ってしまったからだ。そして、受け取ってもらった商品でも、もし小売店頭で5月以降まで売れ残っていたら、どうなるか。その場合は、残り期間が1/3を切ってしまったので、卸に返品されてしまう。当然、卸は廃棄せざるをえなくなる。これが「3分の1ルール」に伴う在庫リスクである。

この慣習は2000年頃から食品業界を中心に広まったと言われている。が、さすがに問題が多いので、最近はやや見直しの機運にある。問題が多いといっても、別に、サプライチェーンにおける『在庫リスク』が大きすぎ、経済の生産性阻害要因になるから、という観点ではない。主に「返品された食品を廃棄するのはもったいない」という価値観ないし道徳観(?)からである。もちろん、チェーン側からすれば「消費者の要求からこうなった」との説明がされるから、ことは消費者意識にまで問題の裾野は広がっている。

さて、もう一つの在庫リスクは、不動在庫化、いわゆる「死に筋在庫」化の可能性である。作ったはいいが、使われぬまま、いつまでも動かずに残ってしまう。広い意味では、品目の陳腐化のリスクもこれに含まれる。使えることは使えるのだが、もう仕様が古くなって、使いたくない。(なお、「不動在庫」のかわりに「不良在庫」という用語が使われることもあるが、後者は品質検査の結果、ロットアウトした在庫なども含んでしまうので、ここでは不動在庫と呼んでおく)

不動在庫になってしまった品目が見つかった場合、最終的には除却廃棄処分にするか、あるいは捨て値で見切り販売するか、ふつうは二つに一つである。まあ、製鉄やガラスなど素材産業の一部では、製品を原料の一部に戻すこともあるが、いずれにせよ会計上はコストが発生する。有効期限切れも同様である。

ところで、この件について、ある方からご質問をいただいたので、少しここで補足させてもらうことにしたい。それは、在庫を持つことによるコスト・メリットと、不動在庫化するリスクとの数値的比較の方法についてである。

一般に、リスクとコストを比較する場合には、

 (発生確率)×(影響金額)

で計算して比較する、というのが、標準的な考え方だ。これはプロジェクト・リスク・マネジメントでも、あるいは労働安全のリスク・アセスメントなどでも共通である。では、「不動在庫化する事態」の『発生確率』とは、どういう定義で、どうやって見積もるのか。

これは、計画上の意思決定をする際の、「計画のタイム・ホライズン内において、不動在庫化する確率」を意味している。つまり、在庫日数の期間内に、死に筋品目となってしまう確率である。たとえば、今、適正在庫量が1ヶ月分だという計算が成り立ったと仮定しよう。その場合、「向こう1ヶ月間に、その品目が(需要ストップのために)破棄せざるを得なくなるリスク」の確率を推定するのである(1ヶ月分のストックが無くなった時点で、再び製造手配をかけるのだから、1ヶ月以上先の心配はする必要が無い)。同じように、たとえば5日分が適正在庫量なら、向こう5日間に陳腐化する確率、1年分なら、向こう1年間に陳腐化する確率、ということになる??まあ、適正在庫量が1年分もあるという状況はふつう考えにくいが。

仮にこれが、向こう1ヶ月間に陳腐化する確率が10%くらいあるような、足の速い分野の製品や部品の場合、陳腐化リスクを金額に換算すると、年間売り上げの0.83%ということになる。これが大きいとみるか小さいとみるかは、その企業それぞれの事情や判断によるだろう。たとえばこの在庫を持つことによって、納期遅れ(欠品)リスクが減るとか、あるいはロットまとめ効果によって生産コストが低減するとか、そうした効果との比較になるわけだ。無論、こうした検討評価をするためには、過去、自社の品目が、どれだけの頻度で除却処分になったかを、分析しておく必要がある。不動在庫化が、きちんと定期的に検知されるような管理の仕組みも必須である。

しかし、比較検討において、在庫期間ではなくもっと長期間(たとえば年度内)での確率を考えてしまったり、あるいは「確率」という見方をせずに、その在庫品目の評価額それ自体を使って計算してしまうと、リスクは必ず過大評価になってしまうだろう。じつをいうと、リスクを論ずるときに、確率の概念に抵抗を示す人は、案外多い。確率がいくら小さくても、万が一起きたらどうするんだ、不確かな確率論などナンセンスだ、という訳である(これは余談だが、エネルギー問題や環境問題に関しては、市民活動家達の「絶対安全」論を批判するわりに、自分のビジネスの話になると、突如ひどくリスク回避的になる人も、まま見かける)。もちろん超長期的に見れば、どんな品目だっていつかは寿命が尽きる。つまり100%陳腐化するのである。だからといって、どんな品目も作るのはムダだ、生産は無常だ、となったら、ほとんど仏教の禅問答であろう。

ところで、もう一点だけ、補足しておきたいことがある。前回の記事でのべた在庫活用論を、なぜか『製品在庫』という文脈のみで受けとめた方が、ある程度おられたようだ。もちろん違う。在庫には、製品在庫も、中間部品の在庫も、そして原材料の在庫もある。それを、どの形で(どの位置でと言ってもいいが)ストックしておくべきか。これは生産システムの設計・運用上、とても大事なポイントである。

図を見て欲しい。工場では、最上流の原材料の形から、部品、中間製品を経て、自社の最終製品まで、モノは形を変えていく。主なストック・ポイントを最終製品の形で持つのが、いわゆる『見込生産』(英語でMTO
= Make to Stock)形態である。Dell Computer社のBTO方式に代表されるような『受注組立生産』(ATO
= Assemble to Order)では、中間製品やモジュール単位でストックし、受注と同時に組立作業に入る。一般の『繰返し受注生産』(MTO
= Make to Order)では、ふつうさらに上流側の部品や原材料でストックを持つ。『個別受注生産』(受注設計生産とも言う:ETO
= Engineer to Order)は都度手配品のみでストックは通常もたない。

そして、どの生産形態であれ、主要なストック・ポイントまでの上流側は、需要見込み(需要予測)で製造し、下流側は確定受注にひもづいた製造になる。もし、主要なストック・ポイントを上流側にもっていけば、受注から納入までのリードタイムは長くなるだろう。リードタイムが長いと言うことは、生産計画(需要見込み)の誤差も大きくなる。ただし、汎用的な原材料のストックだから、在庫の不動化・陳腐化リスクは小さくなる。逆に、ストック・ポイントを下流側に移すほど、納入リードタイムは短縮され、計画誤差も小さくなるが、在庫品の汎用性は失われ、陳腐化リスクは大きくなる。

このようなトレードオフ状態の中で、主要なストック・ポイントをどの形で持つのかは、生産活動全体のシステム・デザインと運用にとって、とても大事な判断なのである。一製品には複数の部品が関わるのが通例だから、話は決して単純ではない。さらに生産のサプライチェーンが地理的にも広がっている場合、それぞれどこに配置するのか、冷静で合理的な見きわめと、そのための原理原則が必要になる。

そして最後に、もう一言だけ付け加えさせていただこう。中間部品・原材料の不動在庫化リスクがいやなので、自社では一切、主要な在庫を持たず、すべてサプライヤーから都度調達することにしている、という企業も、ときおりある。いわゆるJIT調達化である。しかし、考えてみてほしい。もし、あるサプライヤーから仕入れる部品・材料が、特定の顧客向けで汎用性がなく、他に転用も転売もできない種類のものだとしたら、そのサプライヤーだって、その部材(=彼らにとっての製品)の不動在庫化リスクを抱える点では同じである。結局、自社のリスクを、サプライヤーに押しつけているだけで、サプライチェーン全体のリスクはちっとも下がっていない。それはまるで、机の引き出しを整理して、見つけたいらないモノを、他の引き出しにしまうのと似ている。サプライヤーは、その在庫陳腐化コストを、結局は価格に乗せて請求してくるだろう。

もし買い手側の企業がそれなりの企業規模なら、そんな無意味なJIT調達などはやめて、むしろ自分で部品在庫のリスクを引き受ける代わりに、毎月一定量の発注をして、部品メーカー側が平準化生産をできるように、手助けするべき
— これは畏友・本間峰一氏の主張だが、まったくその通りと思う。生産効率を上げ、生産コストを下げる一番の定石は、生産量の平準化なのだ。セットメーカーである大企業がリスクをとって、中小の部品メーカーには作りやすい平準化生産の環境を与えてやる。こんな風に、多くの業界が動いてくれれば、わたし達の経済だって、もっと活性化すると思うのだが。

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