少し前、生産管理に関して人前でお話しさせていただいたときのことだ。“納期遅れを防ぐために、もっと積極的に在庫を活用しよう”という趣旨の説明をしたあとで、ふと心配になって、セミナーの受講者の方にこう質問した。??皆さん、在庫は悪だと思いますか? 

すると、40名近い受講者がほぼ全員、「悪だと思う」という答えの方に手を上げた。わたしはちょっと驚いて、前に座っていた方にたずねた。

――どうして、悪だと思うのですか?
「だって、置いておけば、コストがかかるでしょう。場所代とか。在庫がなければかかりません。」というのがその人の答えだった。
――たしかに、どこか倉庫を借りておいておけば、保管費用がかかりますよね。でも、失礼ですが、御社の工場は借地ですか? もし自社の敷地だとしたら、工場の隅っこに置いておいておけば、1円もコストはかかりませんよ?
「それは、そうかもしれませんけれど・・金利がかかります。」

これはもちろん、とても正しい指摘だ。在庫というのは、キャッシュをモノの形に変えて、寝かせてあるものだと解釈できる。材料費と工賃で合計100万円分の製品や半製品を、1ヶ月間もムダに寝かせたら、それは何の利息も生まない。その100万円分を、銀行に預けるなり別の形で運用するなりすれば、利息を生む。つまり、在庫というのは、生み出せたはずの利息を失っているのである。それどころか、もしその100万円が借金ならば、その分の金利がかかることになる。これを『在庫金利』とよぶ。

――つまり、在庫金利という形のコストがかかっていると、おっしゃるわけですね。とても正しいご指摘です。ところで、現在の金利は、いくらですか? 100万円のお金を1ヶ月寝かせたら、いくら損するのです?
「え? ・・さあ。考えたことありません。」
――そうですか。日本は過去10年以上にわたって、いわゆるゼロ金利政策をとっており、金融機関の利率は非常に低いのです。定期預金だって、いいとこ年0.2%程度ですから、月0.02%以下ですよ。100万円分の在庫を寝かせたって、月に200円足らず。仮に1億円分を在庫しても、月に2万円弱。車1台の駐車場代より安いくらいです。それでも、在庫は悪ですか?

「在庫は作りすぎのムダです!」という声が、ほかの人から上がった。助け船ということなのだろう。わたしはその方に聞いた。
――作りすぎは、なぜいけないのですか?
「余計な加工や運搬を発生させますし、人員過剰や不良など他の問題も隠してしまうから、作りすぎは最悪のムダなんです。」
――外から買ってきた部品を資材倉庫に置いておくだけなら、別に作りすぎのムダは発生しませんよね。金利もほとんどゼロだ。それでも最悪のムダですか?
「・・・。」その方は、それでも釈然としない顔つきで、席に座った。他の人たちも、同様である。

どうやら、『在庫は悪である』という“常識”のすり込みは、わたしの思った以上に製造業では強烈なようだ。とにかく在庫は減らさなければいけない。そういう強いドライブが、つねに意識にかかっているらしい。そうなると、どれくらいの納期遵守率に対して、どれくらいの在庫量レベルが適切なのか、という問題設定自体が、聴衆の思考のフレームワークに受け入れられなくなってしまう。わたしは次に、Wildonの公式を使って、最適なロットサイズと在庫量のバランスを説明するつもりだった。そして欠品率と安全在庫水準のバランスへと、論旨を展開する予定だったのだ。

しかし、在庫は「必要悪だ」くらいの認識ならまだしも、「絶対悪だ」と信じられていると、在庫量と他のリスクとのバランスをとる、という発想自体が成り立たなくなってしまう。一種の思考停止ポイントである。在庫を無制限に持っていいというのは、明らかに間違いだ。だが、在庫はつねにゼロであるべし、というのも非常に硬直した発想であり、生産システム全体の運用を、ゆがめてしまう。

そもそも在庫は、なぜ発生するのか? それは、累積需給曲線で考えると、分かりやすい。累積需給曲線とは、横軸に時間(日付)をとり、縦軸に、着目している品目の数量をとったグラフである。これに、2本の線を引く。一つは「累積需要曲線」で、これは販売量、すなわちそれぞれの日までに、需用側(=使用者)に納入すべき数量の累積値をとる。数量の単位は、個数でも、重量でも容積でも、扱いやすい単位でいい。もう一つの線は「累積供給曲線」だ。これは、その日までに、生産され出荷可能になった数量の累積値をとる。累積の基点は、月初でも、年初でも良い。ただし累積供給曲線の方は、もし期初に何らかの在庫量があったら、その値を切片としてプラスする。

もし、ある日までに累積需要量が100個あったとする。それに対し、累積供給量が120個の予定だったら、それは120 – 100 = 20個の在庫が発生していることを示す。すなわち、累積需給曲線における、供給線と需要線の差(縦の高さ)は、その時点での在庫量を示している。

また、たとえば累積需要量が80個になる日付が15日で、累積供給量が80個に達する日が10日なら、そこには15 – 10 = 5日の納期余裕があることを意味する。つまり累積需給曲線における、供給線と需要線の日付の差(横の幅)は、その数量における納期余裕を示している。

ちょっと待った。それは消費財を売っているようなメーカーの話だろ? ウチは受注生産で、注文を受けてから出荷するんだ。だから製品在庫なんて基本的にないし、供給線が需要線を上回るなんてことはない??そう、反論される方も大勢おられるだろう。

たしかに、その通りだ。受注生産形態では、受注量で累積需要曲線を引くと、累積供給曲線よりも上側(左側)に来る。そして、受注の時点から納入の時点までの差(横の幅)は、すなわち納入リードタイムを指している。では、縦の差は? それは、ある時点での受注残高(注残)を示しているのだ。

また、消費財などの見込生産形態で、もし、供給曲線が需要曲線を下回ることになったら、何が起こるのか。それは「欠品」である。すなわち、その時点で、注残(=納期遅れ)が生じるのだ。

これでお分かりだろう。在庫圧縮とリードタイム削減は、まったく同じ問題の両面なのである。何の問題かって? それは、「需要曲線と供給曲線の不一致」という問題だ。言いかえると、生産管理の第一の課題とは、需要曲線と供給曲線をうまく一致させることにある。「生産管理の目的は、最小の在庫で最短のリードタイムを実現すること」と言う人も、ときどきみかける。それも、同じ事を言っている。つまり需要曲線と供給曲線が、どちらが上でもなく下でもなく、つまり一致させるべきだという意味だ。

ちなみに同じようなグラフは、対象が中間部品でも、原材料でも描ける。中間部品の場合、需要量とは、下流側の工程による使用量(消費量)を意味し、供給量とは、上流側工程での製造量を意味する。これが原材料のように、外部から調達する資材の場合は、「供給量」とはサプライヤーからの納品予定数量になる。たとえ受注生産の企業であっても、部品や原材料はある程度、在庫を持っているものだ。ボルト・ナットの果てまで一切、受注してから手配しますという企業は、たとえ個別受注生産でも少ないはずだ。ましてカンバンで引っ張られている繰返し受注生産形態(多くの部品メーカーなど)では、なおさらである。以前も書いたことだが、カンバン方式の調達というのは、内示でPushし、カンバンでPullする方式だ。内示で材料の手配をかけるわけだから、必ず材料の供給線は需要線よりも左側(上側)にくる。

それで、なぜ、この二つの線を一致させることは難しいのか? 理由は大きく言って、二つある。

第一に、わたし達の予測能力に限界があるからだ。需要線の側は、顧客の気まぐれでぐるぐる変わりうる。一方、供給線は、ある程度の予測と計画(生産計画や調達計画)を立てて進める必要がある。そして計画には一種の慣性があって、そうクルクルとは変えられないのだ(変えると、今度は生産効率が下がってしまう)。だから、予測と実際に乖離が生じて、二本の線がずれてしまうのだ。まあ、トヨタ自動車のようにサプライチェーンで販売チャネルを握っている企業は、販売力をフルに行使して顧客の気まぐれをうまく誘導し、需要曲線の側もコントロールしてしまうことを目指しているが、すべての企業が同じようにできるわけではない。

そして第二の理由は、もっと単純だ。顧客が、十分なリードタイムをくれないのだ。もし原材料の手配から最終製品の完成検査まで30日かかる製品があったとして、顧客が注文後30日間も鷹揚に待ってくれるなら、工場の中に一切、在庫はいらない。注文を受けてから、原材料を手配しても間に合うからだ。しかし、顧客が20日しか待ってくれなかったらどうか? まして、一般消費財のように、目の前に商品がなかったら、すぐ別の競合商品を買われてしまう場合は? その差に相当する分、すなわち10日分とか、30日分は、先回りして作っておかなければならないはずだ。先回りして作っておいた品物、それは在庫である。在庫とは、だから「時間の缶詰」なのだ。在庫に投資することで、企業は時間を買っているのだ。

そこから逆に言うと、在庫というのは、需給のギャップの結果うまれるものだから、ある一部門の判断だけではなかなかコントロールしがたいのである。世の会社に「生産管理課」や「品質管理課」はあまたあれど、めったに「在庫管理課」が存在しないのは、このためである。ということは、在庫問題のオーナーシップも、曖昧だという事態を意味する。「在庫は悪」だといいながら、マクロに取り組む組織を持たず、単に『在庫責任』をどこかの部署に押しつけ合っているケースも、ままある。

それくらいならば、在庫というものの意義をちゃんと積極的に評価して、そのコストやリスクに見合う適切な活用方法を考えるべきじゃないか。これが、かねてからのわたしの考えである。今のところ幸い、日本では、まだゼロ金利に近い状態が続いている。できるうちに、“最適な在庫の配置”を検討しておくべきだと思うのである。

もっとも、ここまで書いても、まだ在庫を増やすことに懐疑的・消極的な読者は多いことと想像する。それは、そもそも『在庫』というものを、無定義に、ひとくくりにして考えているからだろう。正確に言うと、在庫には、四種類がある。そのうち、積極的に削減すべきなのは、一種類だけなのだ。だが、この話ははじめるとまた長くなるから、稿を改めて論じよう。

需要曲線と供給曲線の一致は、繰り返すが、生産管理の第一の課題である。これは一種の理想状態であって、現実にはいろいろな変動による乖離が避けられない。しかし、まず、上手な計画によって大筋を一致させること、その上で、生産に支障が出ず、かつ顧客に迷惑がかからぬよう、在庫活用とスケジューリングで細かな調整を可能にすることが、望ましい方策であろう。それを、具体的にどう進めるべきかについては、来月、大阪と東京でそれぞれ1日ずつセミナーを開催する予定である(2月18日・大阪府工業協会、19日・日本テクノセンター)。詳細については追って当サイトでもご案内するつもりだが、この問題に関心のある方のご来聴を期待する次第である。