物置とか押し入れは、たいていの家にあるが、モノを収蔵し保管するにはいささか不便な場所である。まず、出し入れする面が一つしかない。だから、最初にしまったモノは奥に入ってしまい、最近入れたモノが手前に並ぶ。つまりFirst-in last-outである。すると、どうしても古いモノは使われないままになりがちだ。倉庫は、使用側で取り出す口と、供給側で入れる収納口を別にする、というのが工場の物流設計の基本であるが、物置というのはその原則からほど遠い。

物置・押し入れのもう一つの問題点は、モノを積みかさねて置かざるをえないことだ。押し入れは元々、日本家屋で昼の間、ふとんをしまっておく仮置きの場所だから、せいぜい天地二段のがらんどうの空間があるきりである。これをモノの収蔵に使おうとすると、どうしても積みかさねることになる。すると、下にあるモノを直接取り出せないし、何があるかも見えにくくなる。ストレージの場所は、棚にして横から出し入れ可能にする、あるいは縦に区切って上から直接出し入れできるようにする、というのが良い物流設計の基準である。この点でも物置は失格だ。あるモノを取り出すために、他のモノをいったん動かさなければならないのは、まるきり作業のムダである。

なぜこんな事を書いているかというと、ついさっき、ちょっとした日用品を探すために、押し入れ一つ分を全部出して引っかき回したからだ。たしかにあったはずだと思ったのだが、結局スーパーに買い直しに行くはめになった。なぜこんなに余計なモノの在庫があるのに、肝心のモノが見つからないのか。そのために、どれだけ時間がムダになったか。

「モノが有り余っているのに、必要なモノがない」--これは拙著『BOM/部品表入門』導入部のテーマである。なぜ、部品表の本なのに、在庫管理めいた問題からはじまるのか。答えは簡単だ。BOMデータとは、製造業の情報系のかなめとなるマスタだが、BOMに登録すべき品目とは、「在庫を管理する必要のある品目すべて」というのが原則だからである。自社の製品も、外部から購買する部品材料も、自社内でつくるモジュールや半製品も、とにかく数を勘定すべきモノはすべてBOMの登録対象となる。

逆に言うと、BOMデータが正確でないと、在庫管理もおかしくなるということになる。米国の著名な生産管理コンサルタントであるオリバー・ワイトは、かつて「在庫精度が95%を切るような企業では、MRPなどの生産管理システムを入れたって機能しない」という名言をはいた。在庫精度とは、帳面の上での数量と、現地現物の数が一致する比率をいう。つまり、在庫の把握が企業の生産管理のキモになるわけだ。

しかしながら、工場や営業所が物置同然になっている企業は、残念ながら、数多い。モノを保管したり運んだりする仕事は誰もがかかわるが、工場設計や物流管理の基本は、大学でもめったに習わないからだろう。そのために、どれほど広い範囲で生産性の低下が起きているか、誰も知らないし、わたし達の社会では気にとめる人も滅多にいない。隣近所の新興国にコスト競争で負けかけても、向こうは人件費が安いせいだ、と皆ボンヤリ思っているらしい。

では、中小企業や中堅企業で、在庫をきちんと把握するためにはどうしたらいいか。それについては1年ほど前にも簡単に手順を述べたが(「在庫問題の構造を考える」参照)、もう一度ここで、より詳しく説明し直そうと思う。

(1)まず、在庫品を表に出すこと。

表に出すというのは、文字通り、物理的に、日の当たる場所に取り出すという意味である。積み上がっているモノは上から順におろし、奥のモノも手前からとりだして、どこか床の上のスペースに並べてみる。何と、何が収蔵されていたのかを、目で見える状態にいったんする。すると、「あ、これってここにしまってたのかあ!」「なんだ、こんな所にあったんだ。」「うへ、わざわざ何でこんなモノ、とってあんの?」といった驚きと気づきが、皆を襲うだろう。(嘘だと思ったら、お宅の冷蔵庫について同じことをやってみればいい)

(2)その上で、モノの状態と数を確認すること。

ひとつひとつ目で見て、それが何であるか、使える状態にあるか、破損したり使用期限が過ぎていないかを確認しながら、数をかぞえる。すると、当然のように「これもう、使えないな。」といったモノが出てくるので、それは脇に置いて、後で処分する。正常なモノと処分すべきモノの数を調べたら、一応元の場所に戻す。

昔の人は、(1)と(2)の作業をあわせて「棚卸し」とよんだ。文字通り、棚からモノを下ろすのである。おろして、状態を調べ、数を確認して、棚に戻す(ときどき、不要なモノをすてることを「棚卸し」だと思っている人がいるが、それは誤解である)。棚卸の作業の結果、在庫品のリストができる。

(3)在庫品のリストができたら、次にそれを金額に換算すること。

上記リストに単価と金額の欄を追加し、それぞれの品目について、「その単価はいくらか」を調べ、個数をかけて、その品目の帳簿上の金額を求める。お金の話になると、人は急に厳密・正確を求めて、「これはいつ・いくらで買ったんだ?」と、数年前の過去にさかのぼって1円単位で調べたがったり、「他の品目とあわせて値引きしてもらったら、単価はどう設定するべきか?」「仕掛品の単価は?」「途中で購入価格が変わった場合は平均値にするのか」といった心配をしはじめる。しかしこの作業の目的は、財務会計ではなく、在庫管理である。だから、1円単位の帳尻はむりに合わせなくてもいい。だいたいの金額イメージが分かれば、それで十分である。

だいたいの金額が表の形で分かると、あらためて、「ウーン、合計100万円近い金額相当のモノが、こんな物置の中に眠っていたのか」という具合に、まともな人だったら考えはじめる。気づかなかったら、それこそ診断士として気づきをうながせばいい。個数だけの表だと、人はイメージがつかめない。お金にすると、突如として分かりやすくなるのである。しかし、これだけではまだ十分でないのだ。そこで、さらに次のステップをとってもらう。

(4)在庫品の数量を、日数分に換算すること。

たとえば月に平均25個つかう品目があるとしよう。およそ、稼働日1日につき1個である。その品物が、倉庫に100個あったとすると、実働100日分、あるいはカレンダーでいうと約4ヶ月分も在庫があることになる。

それが多いか少ないかは、もちろん一概には言えない。しかし、同じ在庫品リストの他の品目が、40日~60日程度なのに、それだけが100日を超えていたとしたら、なんだかアンバランスなことだけは分かるはずである。

もちろん、このような換算をするためには、それぞれの品目が、「平均して月に何個使われているか」を調べる必要がある。これは、あまり簡単な作業ではないだろう。とくに作業実績の記録がきちんと残される習慣のない小企業では、なおさらだ。購買の記録などから追わなければならない。

それでも、この作業は、やってみる価値のある仕事なのである。在庫量のモノサシは、(a)個数、(b)金額、(c)日数、の三つがある。この順番で、把握するのがたいへんになる。たいていの小企業では、(a)個数さえ、実際に目の前に並べてみないと分からない。もう少し入出庫の記録をきちんとしている中堅中小なら、(b)金額くらいまでは、計算上でおさえられるだろう。しかし、(c)日数基準までとなると、上場企業でさえ、あやしいところはいくらでも出てくる。だが、たとえ一部の代表的な品目だけでも、日数基準で把握できるようになると、在庫管理の判断レベルが格段に上がってくる。

というのは、品目間の在庫量の多い少ないの比較は、個数では難しいからだ。小さなボルト1個と、大きなフランジ1個を並べても、意味はない。モノによっては個数ではなく、リットルだとか(溶剤などの場合)、メートルだとか(ケーブルなどの場合)、計量単位すら異なる。これを金額ベースに直すと、すこし比較のベースがはっきりするが、それでも高価なモノ・安価なモノがあるため、直接比較しにくい。日数基準というのは、そういう点で、異なる品目間を比較しやすくする点で共通性があり、非常に優れているのだ。

(5)最後に、リスト上のどこまでが意図して持つべき在庫かを、考えること。

このサイトで繰り返し書いているように、在庫には、計画的に持つ意図在庫と、偶発的な『できちゃった在庫』とがある。在庫品のリストを見て、どれだけが意図して持つべき適正在庫かを考えてもらう。その時に、コンサルタントとしては、例えばWilsonの公式などを教えてあげるのもいいだろうし、そこまで行かなくても、自分達で適正な在庫水準について考えてもらえば、十分意義があるだろう。ちなみに、勉強したい意欲のある人には、在庫管理の参考書として、たとえば『適正在庫の考え方・求め方』(勝呂隆男・著)などを、わたしはよくすすめている。

小規模の企業の場合、計算で適正水準を求めるのはあまり現実的ではない。むしろ、「どれとどれは在庫不要と判断し、捨てるべきか」を決める程度でいい。で、じつはこれが結構難しいのである。というのは、現場の人には職業的心配症とでもいうべきマインドがしばしば蔓延していて、あれもこれも心配だから保存して置きたがるからだ。

そこで、第三者の冷静な目が必要になる。ちなみに、冒頭の物置の例でいえば、あるリビング・コンサルタントの人に言わせると、「不要品を捨てるには、配偶者に判断させるのが一番良い」のだそうだ。自分では不安やら愛着やらで捨てられずにいるモノも、パートナーだと「これって2年も使ってないわよね。場所ふさぎだし、全然不要じゃない」という調子で、すっぱりと断捨離を実行できる、からなのだという。(だが、この調子でやられた日には喧嘩になる確率もかなり高いと思うので、だれかやってみて実効性が検証されたら、わたしも追随しようと思う)

もっとも、念のためにつけ加えておくと、在庫というのは少なければ少ないほどいい、と思っている人がいるが、それは間違いである。たしかに意図せざる『できちゃった在庫』は、できるかぎりゼロに近づけるべきだろう。しかし、需給の不一致を調整するためのストック在庫や、工程間のアンバランスを吸収するためのフロー在庫は、適正な量を持っておく必要がある(そうしないと、生産全体が急な変動やトラブルに対応する能力を失ってしまう)。その適正さというのは、大げさに言えば経営判断だが、ふつうは現場をじっと見ているミドルマネジメントが決めるべきものだろう。

「標準なければカイゼンなし」というトヨタ流の標語があるが、在庫も同じだ。『適正な在庫水準』を定め、それで業務を回す努力をした上で、次に、いかにその水準自体を下げるかについて工夫する。標準も無しに、むやみに減らせ減らせというのは、マネジメントの手順として、間違っている。当初の質問をされた方の意図はともかく、「在庫削減」ありきの表現の中に、すこしだけ懸念を感じたのである。

たしかに在庫はお金を寝かせているに等しい。しかし日本は今のところまだ低金利状態にあるし、企業も自前の資金を持っているところも多い。最近、『社長が「在庫削減! 」と言い出した会社は成長しない』という、いたって刺激的なタイトルの本を書かれた畏友・本間峰一氏も指摘するように、日本では上場企業の約半数が、無借金経営状態に近づいているのである。つまり、手金で投資できる訳である。ならば、適正な在庫というモノの形に投資するのも、賢いあり方の一つではないだろうか。

<関連エントリ>
 →「在庫問題の構造を考える」 (2012/06/02)
 →「超入門・在庫管理--在庫ゼロは危険な目標」 (2008/11/13)