仕事を変革する<計画とマネジメント>の技術ノート

ナポリを見て死ねるか

(4) ナポリを見て死ねるか

翌日、ローマ市内でシチリア往復の航空券を手配し、鉄道でナポリに向かう。テルミニ駅で見事にイタリア語の付け焼き刃を挫かれ、カミさんに助けてもらう。あーあ。

ローマからナポリに行くなら、インターシティの急行にのるべきだ。少なくとも、ぼくらののった鈍行は遅くて座りごこちが悪くてつまらない。急行なら2時間で行く。
汽車の窓から見える景色は、ローマを離れるほどに、だんだんと荒々しくわびしい光景になって行く。乾燥した、単調な植生の山あいに、小さな家が疎らにへばりついている。そうした景色がしばらく続いて、「ああ、これからイタリアの貧しい地域にはいるのだな」と旅人が勝手に思いこみ始めるちょうどそのころ、不意に視界が開けて列車は平野に入る。両側には再び家が建ち並びはじめ、美しい緑色の窓と、オレンジ色の花咲く樹々が見え隠れする。明るくのんびりした気分が心の中に戻ってきて、「ごめん、さっきのは勘違いね、かんりがい」などと回心する観光客を乗せ、列車はナポリ中心駅のホームに滑り込んだ。

予約のホテルは駅のすぐ近くだった。4つ星だったので驚くが、どうも4つ星というのは中途半端で今回の旅行では感心しなかった。

夕方、ホテルのロビーで、友人と4年ぶりに再会。彼女の車で、ナポリの隣街ポルティチの家に夕食に呼ばれにいく。久しぶりにあった彼女は、きりっとした美人になっていた。日本に留学にきていたころも、かわいらしいお嬢さんだったが、世間に出て、より研がれた感じだ。
長いブランクを感じさせないほど、彼女の日本語はあいかわらずしっかりしている。都立大にいたときも真面目で勉強家だったらしいが、その成果だろう。しかしナポリでは結局納得のいく仕事がなく、いまはローマにいるという。外国語の能力といっても、ちょっとマイナーな外国語だと、なかなか職が見つからないのは日本も同じだ。

彼女の実家につき、両親の歓迎を受ける。家は一種の集合住宅で日本で言えばマンションだが、中は意外なほど広くて、天井も高い。両親とも学校の先生でおとうさんはもう退職しているが、まあ典型的な中産階級の住まいなのだろう。調度品はいかにもイタリアらしく美しい。壁をせましと絵がかかっているのも、いかにもだ。汽車のコンパートメントにさえ絵をかける国民性というべきか。

(ポルティチ、ドナティエッロ家にて)

晩餐は、チーズと生ハムの前菜、パスタ、牛肉のトマト煮とすすみ、楽しく歓談する。彼女がときどき通訳をしてくれるのだが、話好きなおとうさんのスピードには到底追いつかない。イタリア語がもっとわかればよかったのになあ。
彼女に、「ナポリをみて死ね、というけど、見所はどこなの?」と質問すると、笑いながら指を立てて左右にチッチッとふり、「ノー」の身振りをする。えー、けっこう期待してやって来たんですけどぉ(^_^;)。家族の間では侃々諤々のやり取りがあって、結論らしきものはなし。まあいいや、明日見せてもらうから、自分の目で見て判断しましょう。

この時出された料理はどれも美味しかった。とくに、前菜のモッツァレラは、一口食べると乳の甘い香りが口の中全体に広がって、思わず「ベリッシマ!」と口走った私はみんなの失笑を買ったのでした。それにしても、生まれてこのかた食べたなかで、あれはもっとも美味な乳製品だった。はあ・・。

つづく

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