(12) アルキメデス広場の問題

恥ずかしながら、今回の旅行まで、シチリアの都市シラクサが数学者アルキメデスの故郷だとは知らなかった。いや、聞いてはいても、イタリアのシチリア島とギリシャの哲人とが結びつかなかったのだ。アルキメデスはたしかギリシャの硬貨にも顔が彫られていて、りっぱなギリシャ人だが、風呂屋から「ユウリカ!」と叫びながら飛び出して裸で走り回ったのは、ほかならぬここシチリアの街シラクサだったのだ。

その古代シラクサは、物の本によるとついぞまともな共和制による民主政治が行なわれず、常に潜主政治の専制下にあったそうな。アルキメデス先生が調べた、例の「金の王冠」も潜主のものだったのか。で、中でも悪名高いディオニオスが石切場の囚人(政治犯)たちを脅す場所となった「ディオニシオの耳」というのが残っている。新市街にあるギリシャの遺跡群「ネアポリ考古学公園」の中だ。ここは幸いホテルからすぐそばだったので、翌日よく晴れたお日様の下を歩いてみることにした。

 この考古学公園は広い敷地の中に、ギリシャ劇場、円形闘技場、石切場跡、住宅地跡、カタコンベなどが並んでいる。ローマ時代の闘技場はかなり保存状態がよく、構造がよくわかる。石切場は「天国の石切場」とも呼ばれているが、切り立った岩の壁の白と、庭のオレンジやレモンの木々の緑や黄色との対比が心地よい。問題の「ディオニシオの耳」は耳の形に似せて切り込まれた洞窟で、中では音がものすごくよく響き、遠足にきた生徒たちが一人一人叫んでみるのでやかましい(子どものやることってみな同じだ)。

しかし遺跡の中の白眉はギリシャ劇場だろう。屋外劇場なのに真ん中の舞台からの声は半円形にせり立った客席にとてもよく響く。そして客席の上からはシラクサの町の全景が、さらに遠い地中海をバックにして見渡せる。この立地の絶妙さはそこにいって立ってみないと想像がつかないが、ここを設計した古代人たちのセンスのよさにはつくづく脱帽だ。

午後からタクシーで再び旧市街に行ってみる。ドゥオーモの前は人出が多く賑やかだ。運転手に「今日は何か特別な日なの?」ときくと、「サン・バレンチノの日さ」という。そうか、今日は聖バレンタイン・デーだった事を忘れていた(^^)。この日、イタリアでは男が妻に花束や贈り物をあげる習慣らしい。「ホテルの部屋にもらって帰っても困るし・・・」と同行人が言うので、これは帰国後に延ばすことにした。

このドゥオーモはなかなか面白い。外側はバロック風の装飾されたファサードを持つのに、中にはいるとドーリア式の円柱が並んでいる。もともとギリシャ神殿だったものを後に改造したのだ。中はひんやりとして暗いが、祭壇画などは結構いい雰囲気がある。外に出ると、右手はアルキメデス広場から旧市街のメインストリートへと続く道だが、ぼくらは狭く折れ曲がった通りを抜けて、逆に海の方に出た。すでにドゥオーモ前広場から潮の匂いがしていたが、本当にすぐ見晴らしの良い岸壁にたどり着くのだった。