仕事を変革する<計画とマネジメント>の技術ノート

番外編) ケルン Koeln

(番外編) ケルン
Koeln

フランス地方都市 点描(番外編)

ケルンはドイツの西端の街で、フランスの地方都市ではない。それくらいは皆さんご存じだろう。ところで、この旅行記はたいてい“パリの都会生活に疲れたから、どこか田舎に行こうと思って”という動機ではじまる。パリはあまり高層ビルや高速など威圧的な構築物のない街だが、それでもやはり人々はせかせかしているし、空気もやや濁っているし、緑は少ないしで、しばらくいるとどこか田園の空気の中に逃げ出したくなる場所だ。

ところで、こう言っては失礼に聞こえるかもしれないが、ドイツというのは巨大な田舎である。いや、べつに商業都市フランクフルトに先進的都市空間がない、などと言っているのではない。ただ、うまく伝わるか自信はないが、文化の基礎的なレベルで、ドイツというのは田舎的なのである。これに比べてラテン文明の血を濃く受け継ぐフランス文化は、どんな小都市に行っても、都会的なのだ。

(念のため書くが、なにもフランスの文化の方がドイツ文化よりも高い、などと言っているのではないよ。日本人は都市よりも田舎を低く見る価値観を持っている人が多いから、すぐそう解釈したがるが、それは誤解だ。一点集中型・縦社会の文化が無意識に生み出す偏見にすぎない)

さて、ケルン行きの特急列車がパリ北駅を離れてしばらくすると(そう、もう列車に乗っているのだ)、しだいにフランス北東地方の農業地帯を抜けて、国境を越える辺りから駅のホームのたたずまいもめっきり鄙びてくる。そして、自分のまわりを濃密に取り巻いていたフランス文化のしがらみも、ゆっくりと薄れていくのを感じる。あたりの樹木の緑はワイルドさを増し、駅名の看板はしだいに見慣れぬ無声子音が増えていく。

パリからケルンまで、特急で4時間ほどだ。ケルンの街はライン川のほとりにたたずむ。そして、列車はライン川にかかる長い鉄橋を渡って、街のど真ん中に突っ込む。

鉄道の駅を降り立った人は誰でも、目の前に有名なケルンの大聖堂がどーんとそびえ立っているのに驚く。まあ正確に言えば、大聖堂のそばの広場に鉄道駅を引き込んだ訳だが、なんだか近代鉄道の駅前に観光名物として中世建築を建てたような、奇妙な錯覚に陥ってしまう。それくらい、すぐ目の前なのだ。

ケルンには、知り合いのドイツ人がいる。家内の古くからの親友だ。彼女が駅まで案内に迎えに来てくれていた。ついたのは、土曜日の午後2時過ぎ。まずは市街を少し散歩かたがた連れて回ってくれると言う。

ケルンは古都だ。ケルンのことを英語ではColon(コローン)と呼ぶが、これはもともとラテン語の植民地という言葉からきた。ケルンはローマ帝国軍がゲルマン世界に切り開いた例外的な街だった。おかげで、2千年来の歴史を持っている。

ところでドイツでは商業においても安息日の規則が厳密に守られており、日曜日は商店は全て閉まってしまう。むろんフランスをはじめ、ヨーロッパ各地で日曜は店は閉まるのが慣例だが、ドイツでは法律でそれが定められており、日曜日に働いていると(あるいは人を働かせていると)警察に通報されてしまう。そして、土曜日の営業も、午後3時すぎまでとなっている。それ以降は、お土産を買おうにも買えないのだ。だから彼女は、最初にぼくを繁華街に連れていってくれたというわけだ。

ぼくは昼食を食べていなかったので、ソーセージ・スタンドの店で立ち食いすることにした。長さ20cmくらいありそうな立派なソーセージを焼いて、それを直径12cmくらいの丸いロールパンにはさむ。パンの両端から、ヴァイキングの角みたいにソーセージがにょっきりはみ出す。でも、これはめっぽう旨かった。ドイツのソーセージは、本当に感心する。

それから商店街を抜けて、デパートに入る。デパート自体は、まあ、どこの国でも似たような印象のものだ(日本と違って、エスカレータの前で女性がお辞儀してくれたりはしないが)。しかし、驚いたのは、階の表示に"Etage"と書いてあることだ。「何でフランス語なの?」と聞くと、「ナポレオンの占領は色んな置き土産をこの国に残していったのよ。」とのうけ答え。へえー。

CDショップでぼくは、探していたMichael RotherのベストCDをみつけて、買いました。とても嬉しかった。これは今でも愛聴盤です。ドイツの先進的なロックがお好きな人にはおすすめ。とてもリリカルで、いかにもドイツは音の国だな、と感じます。

それからちょっとした台所用品店で乳鉢と乳棒をおみやげに買い(これは現在でもカレーのスパイスを粉にするのに重宝している)、とりあえずショッピングは一段落。それからは暮れなずむ秋の古都をしばし散歩しました。

さて、翌日はいよいよ大聖堂の見学へ。日曜の朝なので、ごミサをあげている。参列の後ろを横切り、中世ゴシック教会を代表する縦長の奥行きのある空間を賛美する。その規模といい、空間のリズムといい、まさに傑作。ゴシック教会はフランスでもいろいろと見たが、ランスの聖堂と、ここケルンは、双璧をなす素晴らしさだ。

高いものがあったら、必ず登るのがわが信条。なんとかと煙は高いところに上りたがる、という具合だ。それにしてもケルンの大聖堂の塔の高さは並大抵ではない。最上部にたどり着く頃には心臓がかなりへたばってしまう。

しかし、塔の上から見下ろすケルンの街並みは、素晴らしい。ラインの果てに、雲を見下ろす。河は朝の陽光を浴びて、銀色に光っている。

聖堂を下りて、昼はライン川の水上ボートでほんの短い川下りを楽しむことにした。1時間ほどの往復だが、水の上から見るケルンの街は、またちがった美しさをもっていた。このページのいちばん上に乗せた写真は、ボートからの眺めだ。

ボートにすわり、白ワインを頼む。これはとても美味しかった。ぼくはアルコールが弱いたちなので、フランスに1年間住んで、飲んだワインの総量はビンに換算して2ダースにもなるまい。とくに仕事が込み入ってきてからは、体調のせいもあり次第に飲みたいという気持ちが薄らいでいった。ふだんは白よりも、赤を好む。でも、このときのドイツワインの白は、べつに高級なものでもなかったが、とても美味しかった。水の上で、風を感じながらという雰囲気もあったかもしれない。

ボートを下り、ケルンの旧市街を散歩する。

ケルンと、デュッセルドルフはライン川の上流・下流に位置しており、1時間程度の距離だ。姉妹都市のようなものだと言ってもいい。そして、ライバルでもある。デュッセルドルフは商業とビジネスの街である。方やケルンは古くからの大学町で、文化の香りの残る古都である。まあ要するに分明と文化のたたかいであり、とうぜん近年では文明の方が旗色が良い。それでもケルン市民は文化の側に誇りを持っていて、それは博物館などにも現れている

ことにケルンの博物館は充実しており、素晴らしい。いかにもドイツ的な近代的建物の中に、きわめて整然と清潔に美術品が収められている(この「清潔」というのがドイツ文化では非常に大事なキーワードなのだ)。

ケルン旧市街には、古くからの劇場や、庶民の広場も残っている。劇場近くの広場に2体の銅像が(地面に)立っている。これはケルン地方で伝統的につたわっている笑劇ないし一種の漫才コンビらしい。ちょっとお二人の間で記念写真を。

夕方、知人とビアホールに入り、豚肉と豆を使ったドイツ料理をつまみながら、軽くビールを飲む。日曜日だから、昼間から満員だ。そして、みな陽気に笑っている。ドイツ人は、陽気さなら陽気さ、楽しさなら楽しさという感情を、30分でも1時間でもずっと持続させたいと感じる人たちらしい(ユングの本にそう書いてあった)。だからああいうドイツ風クラシック音楽が生まれるのかな。そして、そういうところが、田舎風だと感じるのだ。

フランス文化は、感情を小刻みに変えながら、対人関係を味わっていくスキルを要求する。人にどう見せ、どう見られるかをつねに意識していく。それが都会的である、ということの本質なのだろう。でも、だからストレスが生まれるのだ。それに比べて、田舎であるということは、感情をあまり制御しない、ということだ。見てくれにもあまり、かまわない。美味しくて実質的なら、それでいいじゃないか。どうせ人間というものは、お互いちょぼちょぼなのだ。それが田舎にいることのリラックスなのかもしれない。そんなことを、文化都市の真ん中で、ドイツビールを飲みながら考えていた。

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