(10) さようなら、アヴィニョン

Avignon

フランス地方都市 点描(10)

そうだ。どこか田舎に行こう。こうしてぼくの旅ははじまる。寒いから、南の方がいいな。「南仏」というと観光で陳腐化したイメージがつきまとうが、でもまだ南仏には行ったことがない。故郷にいる家内に電話で相談する。そして、アヴィニョンに行こうと思い立つ。

アパートからバスティーユまで歩いて、リヨン駅からTGVに乗る。フランスのTGVというのは不思議な感じがする。新幹線同様のスピードなのに、日本の新幹線のように無機質なハイテクの感じがしない。たんなる特急列車の顔をして(?)、ふつうのホームに並んでいる。こちらは鉄道レールが全部広軌だから、こうなのだろう。

ものの10分もすると、郊外に出る。TGVは、静かだ。揺れが少なくて静かなのもあるが、車内の人たちが静かなのだ。日本の新幹線では出発とともに缶ビールをあけ、あるいはお菓子やおつまみの袋をやぶって、あちこちでお祭りモードになる。フランスではそれがない。家族そろって、あるいは友人たちと連れだって旅行に出かけるはずなのに、パーティ・モードにならない。静かに、席で本を読んだり外の景色を見たりしている。あのおしゃべりなフランス人たちが、2時間も3時間も静かにしているのだ。おそらく、車内は他人のいるパブリックなスペースであり、大人としてふるまわなくてはならない、という暗黙の倫理があるのだろう。

列車はリヨン市を通り過ぎる。ここから先はローヌ川の流域、コート・デュ・ローヌ地方に入る。つまり南仏に来たのだ。

良い天気のようだ。10時過ぎにAvignonにつく。ホームに下りたつと、空気がおいしいな、と感じる。地方に来て良かったと、最初に感じる瞬間だ。アヴィニョンの駅は(フランスではたいていそうだが)、街のはずれにある。城壁の中に、むくつけき列車のようなものを持ち込みたくないのだろう。駅の前の広場では市が立っていた。フリーマーケットにも雰囲気が似ている。アフリカ系の人たちが、安そうな衣類を小さな屋台に並べている。どこにもよくある光景だ。

城壁があり、門をくぐって観光案内所へ。ホテルを教えてもらい、街の中を歩いて見る。晴れてとても美しい。Hotel Medivalというホテルに決めてチェック・イン。荷物をおいて、ひと休み。ネットで予約した小さなホテルだが、安くて感じが良かった。

休憩したら、街を見て歩こう。まずは法王庁Palais des Papesを見学。録音ガイドつきで面白い。

知ってのとおり、中世末期の14世紀の初め、選挙で教皇の地位に選ばれたボルドー司教が、里帰りしてからまたローマに向かおうとした途中、フランス国王にここアヴィニョンで足止めされてしまう。当時、アヴィニョンを超えるとすぐに神聖ローマ帝国領内プロヴァンスになる。国王は政治的思惑から、法王の権威と集金力を自国内に留めておきたかったのだ。おかげで、ローマ教皇なのにローマに行けないまま、という奇妙な状況が続く。古代ユダヤ人がバビロンに拉致された虜囚になぞらえて、これをアヴィニョン虜囚とよぶ。この状態を打破できるような政治的・軍事的権力は、すでにカトリック教会側には残っていなかった。

やむなくここに法王庁を据え、全世界(というのはつまりヨーロッパ半島の西側だが)のキリスト教徒に対して指示を出し、献金を集めることになる。権威に翳りは出たといえ、まだ目のくらむほどの大金を。

  

ここアヴィニョンでは、なぜか写真を撮りまくってしまった。そこで、しばし素人の旅行写真におつきあい願いたい。

  

法王庁内部は写真が撮れないが、さすがに世界最大のゴシック宮殿である。内部の天井や壁の装飾がまた、中世的デカダンにあふれていて、すばらしく美しい。イタリアから職人たちを招き寄せて作らせたという話だ。

  

さて、宮殿見学をおえて、カフェで一息。クレープを食べる。それからおもむろに、有名な『アビニョンの橋』を見に行くことにする。

♪Sur le pont d’Avignon, on y danse, on y danse, sur le pont
d’Avignon, on y danse tous en rond.♪だったかな。これに“アビニョンの橋で、踊ろよ踊ろよ”と訳詞を付けた人は偉い。おかげではるか極東の小学生の心には、しっかりとアビニョンという固有名詞が刻み込まれてしまった。そのアヴィニョンの橋は、正しくは聖者ベネゼの橋といい、ローヌ川に架けられている最古の石造アーチ橋である。17世紀の洪水により、いまは河の途中まで半分しか残っていない。

  

全長はかなり長い(長かった)橋だが、幅は狭いので“輪になって踊る”のは窮屈そうだ。昔は手すりもなかったらしい。伝説によれば、聖ベネゼは少年時代に「アヴィニョンへ行って流れの激しいローヌ川に橋を架けなさい」という天使の声を聞く。かれは故郷を離れて訪れたアヴィニョン街で、大の男が30人でも持ち上げられなかった大岩を一人で持ち上げるという奇跡を見せる。これは見えない天使たちが彼を助けたからだが、感激した群集に募金を呼びかけて橋を造ったと言われている。ぼくはこうした中世の伝説や民間伝承のたぐいがとても好きだ。

聖ベネゼはしかし橋の完成を見ることなく、30歳ほどでこの世を去ってしまう。どうやら、神に大業を託された人物には、しばしばそうした運命が訪れるらしい。彼を記念した小さな礼拝堂は今も橋の下にある。

  

 ローヌ川のほとりにたたずむアヴィニョンは美しい古都である。法王庁と聖ベネゼの橋は世界遺産だ。公園をぼんやり散歩し、Petit
Palais美術館をみる。この美術館は小さいながら、ボッティチェリの『聖母子像』など屈指の傑作が多い。

それにしても一日中てくてく歩いたのでくたびれた。夜はホテルの近く、劇場のそばにあるLe Brigadier de Theatreという比較的高級な(ぼくにとっては、だが)店に入る。羊肉のプロヴァンス風ハーブ焼きに赤ワイン。付け合せのラタトゥイユの美味なのに驚嘆する。いかに本場とはいえ、単なるラタトゥイユがこんなに美味しいとは。赤い米(?)らしき付け合せもおいしい。また、Soupe
d’orangesというデザートにも感心した。オレンジのざく切りに、ざくろの真っ赤なジュースがかかっている。酸味はふしぎとなく、おいしかった。

翌朝は、ホテルでカフェ・クロワッサンの食事をとり、チェックアウトして出かける。昨日に続いて、良い天気だ。St. Pierre教会でごミサに参加する。とてもきれいな教会だ。ステンドグラスの上の部分の模様に特徴があって、美しい。

そのあと、バスでVilleneuve des Avignonにむかう。ローヌ川の対岸にある、古い村だ(名前だけは「新村」だが)。そして、La
Chertrouseの僧院を見学する。ここは本当に美しい。どこがどう、というポイントはないのだが、光と空間のあり方がとても素晴らしく、思わず写真をとりまくる。

     

   

   

 

その後、歩いて古い城塞Fort St. Andreにいく。光が強く、気温も穏やかで、風は心地好く、まるで春の日のそよ風のようだ。半袖になって見る。ローヌ川の向こうにAvignonの街のシルエットが霞のように浮かんでいる。なんともいねぬ幸せを感じ、マリア様に家族のお守りのお祈りをする。

    

         

そして、草むらの茂みの中にすわり、春霞の上にぼおっと浮かぶアヴィニョンの街を見ながら、なぜだかふと想ったのだ。もう、これで十分だ。十分、美しいものは見て味わえた。だから家族のもとに還ろうと。

ボートでローヌ川下りをしようと思ったが、これはからぶり。歩いて橋を渡り、Avignonまでもどる。広場のカフェでSalade
Nicoiseを食べて白ワインを飲む。

夕方は美術館を散策しておわる。

駅までの道を歩いたら、小さな映画館のそばをとおった。ポスターの並ぶ中に、なぜか「千と千尋の神隠し」のポスターがあって、その和風なたたずまいのコントラストに、ひどく驚かされた(実際のフランス公開はもう少し後だったが)。

夕方、5:48のTGVに乗り込む。2日間ののんびりした旅だった。そうして、夜のパリのアパートに戻る。明日からの、文書管理システムのバグ取りのらちのあかないテスト手順と、煮詰まって行き止まりになっている発注フェーズの設計について、いつまでこのトンネルは続くのだろうと思い悩みながら。

それでも、アヴィニョンにいったのだ。そして、ローヌ川を眺めて想ったのだ。もう、これで十分フランスは味わったと。