(9) 郊外電車に乗って

Clamart, Fontainebleau, St. Germain en
Laye

フランス地方都市 点描(9)

クラマールClamartという街の名を知っている人は少ない。パリのモンパルナス駅から郊外電車で南西に二駅。昔のパリ市街は城壁に囲まれていて、郊外電車に乗ると、今でもその名残が感じられる。城壁のすぐ外に位置する、郊外の町である。

駅自体はぱっとしないし、駅に降り立ってみてもまわりは殺風景だ。だからわざわざ観光に訪れる人もいないだろう。でも、ぼく自身にとっては、Clamartの街の名は、とてもなつかしい思い出の響きがある。

町の中心部は駅から2km近く離れているから、バスに乗ることになる。シートに揺られていると、しだいに道の両側に郊外の一軒家が建ち並びはじめる。パリ市街はどこもかしこも殆どが集合住宅のアパルトマンで、一軒家はめったにお目にかかれない。だから個人の家を見かけると、なんとなくほっとした気持ちになる。

Clamartには、何度か行った。合唱の合宿練習が、そこであったのだ。といってもパリから近いので、泊まることはせずに通いの合宿だったが。

街の中心部近くに小ぶりな役所の建物があり、秋には黄色い菊のような花で壁面が美しく飾られていた。中心の通りには市場や、パン屋・お菓子屋・花屋・チーズ屋といった商店が並ぶ。いかにも地味な、でもそれなりに実のある生活の場所を感じさせる。そして、役所の近くに小学校があり、その校舎がぼくらの合宿の練習場所なのだ。

ぼくが入っていた合唱団はChorale Franco-Allemande de Parisといって、その名があらわすとおり仏独の友好の主旨の元に結成された団体だ。この合唱団のことは、別にまた詳しく書くこともあるだろう。指揮者はBernard
Lallement。合唱指導界のベテランだ。

11月末に小さなコンサートがあり、それを目指した合宿は小学校の校舎をかりて行なわれた。たぶん団員の中に関係者がいるのだろう。土日の二日間にわたる練習で、日曜日の昼間は、小学校の食堂を借りて小さな昼食パーティをやった。上の写真で、グラスを掲げているのが指揮者のLallementだ。もう60歳過ぎだろう。気のいい叔父さんという感じで、合唱界の重鎮だが偉ぶったところが少しもない。みながてんでんに持ち寄りのパーティで、ばくはお寿司とねぎまを持っていった。

とうぜん日曜の午後はほろ酔い状態での練習になる。しかし、合唱というのは、世界中どこでもやはり、似たような趣味の人が集まるものだと感じる。歌が好きで、和やかなおしゃべりが好きで、いかにも昼餐階級、いや中産階級的な楽しみである。つどう場所も、公共の文化施設や青少年ホールのような所。そこに、楽譜を手に三々五々やってくるのだ。

フォンテーヌブローの城

さて、ある冬の休日、やはりパリの街に疲れて、ふと外に出たくなった。どこへ行くかを決めぬまま、リヨン駅までしばらく歩いて、切符売り場でようやくフォンテーヌブローFontainebleauに行こうと思い立つ。何となくきれいそうな気がしたのだ。雨の降りそうな北国の暗い空の下、郊外列車は40分ほど走って、ぼくを歴史の街へと連れ出した。駅に降りると、空気がいいので何となくほっとする。やはり大都市に疲れていたようだ。人口の少ないのもほっとする。

フランスの歴史を知りたければFontainebleauに行け、という言葉がガイドブックに書いてある。有名な城があって、そこの歴代の主人がこの国のいろいろな歴史的局面を象徴しているからだろう。たとえば、その最後の一人がナポレオンである。彼の肖像画も残っているが、いかにも短気で頭が切れて神経質そうで、あまりボスに仰ぎたいタイプではない。

城は広大でなかなか美しいが、見学は30分ほどで終わる。あとは庭園を散歩するのがいい。とはいえ、冬で木の葉の緑はなく、雨で光りも乏しい。晴れて天気が良ければ美しいところだろうな、と思う。

そこで街のカフェに入って白ワインを飲んで、少し休憩。アリエスの「日曜歴史家」を読む。これはとても面白い。運河沿いをまた少し散歩するが、寒かった印象ばかりが残る街だった。バスに乗って、夕暮れの街を帰路に就く。

サン・ジェルマン・アン・レSt. Germain en Layeは、郊外電車RERのA線の終点にある、古くて美しいイル・ド・フランスの街だ。ある暖かい秋の日の午後、ふと思い立って出かけてみた。とても素晴らしいところだ、とフランス人の同僚が言っていたが、ほんとに素晴らしいところだ。家族といっしょに来たい街だ。

セーヌ川を見下ろすなだらかな丘の上に、散策路を兼ねた公園がある。直線距離にして4 km近くも歩いただろうか。それにしても景色が良く、空気もきれいで気持ちが晴れ晴れとする。はるか向こうに、パリの街が見える(高層ビルが少ないのでわかりやすい)。

道ばたで、初めて四つ葉のクローバーを見つける。フランスに来て初めての四つ葉だ。少しはいいことがあるかな、そんな風に考えながら、駅に戻る道沿いのカフェに座って、甘くて苦いエスプレッソを飲んでみた。