仕事を変革する<計画とマネジメント>の技術ノート

ロンシャンの教会 Romchamps

(8) ロンシャンの教会 Romchamps

フランス地方都市 点描(8)

こうして写真で見ると、珍しいキノコか変わったお菓子のようだ。これは教会なのである。しかも、おそらく世界で最も有名な近代教会建築だろう。ル・コルビュジェが設計したこの教会は、ロンシャンという小さな町の丘の上にある。

この時の旅のことを思い出すたび、ぼくは恐縮で穴があったら入りたくなる。同行者のハセガワ君に対してである。彼とはパリから一緒に1泊2日の旅行を企て、フランス南東部、サヴォア地方に近い土地までやって来たのである。その目的はといえば、なによりこのロンシャンの教会を見るためだった。ぼくがそう言い張ったのだ。

ロンシャンは小さい町だ。鉄道は通っていない。この町に行くには、ベルフォールという古い城塞の街から、1時間ほど車で足をのばすしかない。ぼくらはTGVでディジョンまで来てレンタカーを借り、そこから運転して教会を目指すことにした。

ときは5月。フランスでは最も気候の美しい時だ。とくに大都市から逃れて、この国の大部分を占める田舎に来ると、そう思う。高速道路は充実しているから、二人で交替して運転し、ディジョンからの2,3時間を飛ばすつもりだった。

ロンシャンの教会 やや右側から

ディジョンから1時間ほど走り、高速のインターで休憩所に入って少し休息をとってから、ぼくが運転席に座った。ところが。フランスの自動車は基本的にすべてマニュアル車なのだ。ぼくが運転免許をとったのはもう20年前。しばらくペーパードライバーをつづけ、自分の車を買ってからは、すべてオートマチックだった。

そして、何と! ぼくはマニュアル車の運転を完璧に忘れていたのだ。クラッチのつなぎ方すら、うまくできない。ひどいものだ。初めての国、見知らぬ土地の高速、相当久しぶりの右側通行、そしてマニュアル車。こいつに運転をまかせておいたら命が持たぬ、と同行者のハセガワ君は判断した。そして、「自分が運転しますから」と言って、さっさとハンドルを取り返した。

ロンシャンの教会 北側

ぼくらはベルフォールでカフェに入り、ハムとチーズのサンドイッチを作ってもらい、それをかじりながら運転を続けた。ところで、運転席の彼はしだいに寡黙になり、つらそうな表情になってきた。風邪を引いたらしく具合がわるくなってきたのだ。

ようやく目的地ロンシャンについたころは、ハセガワ君はかなりグロッキー状態で、「自分は車の中で寝ていますから」と言い出す始末だった。ぼくは半病人に運転を強いて、はるばる奇妙な建築を見に来た結果になったわけだった。

それにしても、建築家ル・コルビュジェが建てたこの教会は、なんと奇妙な建物だろうか。近代建築の始祖の一人である彼は、フランス伝統建築、とくに19世紀的な鈍重な建築への反逆者だった。だから、ポワシーのサヴォア邸と同様、どこが正面だか分からないような外観から、かれは設計を始める。

そしてまあ、それは成功だったろう。こうして建物の周囲をまわってみても、どこが正面なんだかどこが入口なんだか、さっぱり分からぬ。建物自体はそれほど大きくないし、塔もない。とにかく、威圧的なところが全くない教会だ。

そして、窓がまた、4面の壁に不規則に小さく散らばっている。内部の写真撮影は不許可だったため、中を見せられないのがたいへん残念だが、この窓は壁の外側は小さく、内側に向けて角錐型に広がっている。だから、外から見ると30cm四方くらいの穴が、内側では60cm四方くらいの空間になって、外の光を拡散させながら導き入れている。この光の取り入れ方の処理は、天才的だと言っていい。

教会の屋根もまた、有機物のように、曲線を描いている。屋根と壁の間には意図して隙間をとってあり、中から見ると天井が浮いているように感じられる。そもそも、外壁面にもどこにも、垂直や水平の直線がほとんどないのだ。四角四面で重苦しい、(たとえばパリのサン・ポール寺院のような)生真面目な教会空間とは全く隔絶している。内部も光に満たされていて、ル・コルビュジェならではの静謐で明るい空間が、祈る人たちを迎え入れる。

教会の前のハセガワ君

もっとも、この教会にお祈りに来る人よりも、建築写真を取りに来る人のほうが多いかもしれない。なにしろ、ロンシャンは小さな田舎町なのだ。カフェが数軒、小さなホテルが1軒、あるかないかという程度だ。

ぼくはこの教会のことを、若いときに、建築学科の学生の友人から教わって知った。彼はこの教会を見るために、はるばるフランスの片田舎まで巡礼に来たらしい。そしてアルバムを開いて、ぼくに得々とル・コルビュジェの素晴らしさを説明してくれた。彼によると、このロンシャンの教会が完成したときは、『全世界が騒然となった』のだそうだ。革命児ル・コルビュジェはすでに老境に入っており、教会建築をやるというので注目が集まっていたのだろう。

ロンシャンの教会の側面

まあ、ぼく自身の感想は、そのときも今も、この不思議な教会を見たからと言って「騒然と」なるほどエキサイトはしまい。彼はまた、外壁面に穿たれた窓の明かり取りの四角形は、それぞれが皆違う大きさの正方形・長方形なのだが、それらをすべて合わせると、大きな正方形になるのだ、と教えてくれた。だからすごい、と思うのが教養ある建築愛好者の感性らしい。だから何なの、というのがぼくのような技術者くずれの思うことだ。まあ、ここらへんは議論しても意味はあるまい。

それにしても、建築家の思い入れを超えて、この建物は人口わずか数千の町に、はるか遠くから、地球の裏側からも、人を惹きつけている。そして、たしかに旅行の価値はあるのだ。それこそが、ル・コルビュジェという人が、この丘の上に遺した、ロンシャンの町への最大の贈り物なのだろう。

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