仕事を変革する<計画とマネジメント>の技術ノート

音の街、レンヌ Rennes

音の街、レンヌ Rennes

フランス地方都市 点描(2)


フランスの底流を流れるラテン文化は、「見る・見せる文化」だと言った人がいる。たしかに、フランス・イタリア・スペイン・南米など、いわゆるラテンの国々では、視覚的なアピールというものがとても大切にされる。フランスのイメージというと、ファッションだとか、美術だとか、デザインだとか、視覚的な美しさを連想させるものが多い。ついでにいうと、フランス料理は味覚および上顎で感じる香りを大事にする。フランス語は、なんとなく鼻音が多くて、もごもごと響かせる。どうもフランス人というのは、目・鼻・口など、頭部の前半分を主に使うのがお得意らしい。

ということは、逆にいうと、フランスでは「耳の文化」が、いささかしいたげられているとも言えよう。こんな事を書くと、フランス音楽はどうなんだと反論されそうだが、私の率直な感想では、他に比べて今ひとつなのである。ドビュッシー自身が随想の中で嘆いているが、フランス人の音楽の好みは英国やドイツ、イタリア人などに比べていささか平凡である。つまり、耳の趣味は必ずしも敏感ではないのだ。

ところが。ここ、ブルターニュの首都レンヌの街に到着した旅行者は、まず何よりも音響の歓迎を受ける。鉄道の駅を下りて、旧市街の中心の方に向かって歩くと、右から左から、教会の聖堂の鐘の音がさまざまな音程で降り注いでくる。それはまことに見事なものである。レンヌに来ると、“ああ、ここでは耳が生き返る”と感じるほどだ。

ブルターニュ地方はフランスの六角形の左上に位置する、大西洋にむかって突きだした半島である。気候はおおむね寒くて厳しく、北海に囲まれて断崖が多い。土地も肥沃とは言えず、牧畜とリンゴ栽培と漁業が主な産業である。つまり、その分、荒々しい大地と自然に根ざした暮らしを人々はしている。そしてやや貧しい。日本で言うと「東北地方」が持つイメージに近い。

しかし、ブルターニュを特徴づけるのは、何よりもそこが「ケルト文化」の地だということだ。ケルト人はヨーロッパでは先住民族に近く、かなり古くから住んでいたが、のちにゲルマン民族やローマ人たちがやってきて彼らを蹴散らし、あるいは混淆して、結局純粋なケルトの人々はブルターニュ半島の片隅に追いやられた。しかも、フランスは「国民国家」の概念の中心地である。ケルト人であることよりも、フランス人であることを大事にするのが建前だった。つい最近までは。

ところで、私たちのプロジェクト・チームにヤンというエンジニアがいた。ある日、用があって彼のデスクに行くと、彼はあわてて耳からイヤホンをはずした。何を聞いていたの? ときくと、彼はコンピュータの画面を指さした。インターネットで配信されているその画像は、アナウンサーが何かを説明している様子だった。「これは故郷のブルターニュの放送なんだ。ブルトン語で話しているんでね。」

ブルトン語は、ケルト系の言語であって、フランス語とは全く異なる。イギリスのウェールズ語、アイルランドのゲール語などとおそらく同系統の言葉なのだろう。ヤン自身、普段はフランス語を話しているが、我々とはきれいな英語を話すし、ドイツ人とドイツ語を流ちょうに会話していたこともある。その上、故郷のブルトン語だ。彼が言語の天才と言うよりも、複数の言葉を扱わなくてはならない小国(少数民族)の宿命を感じさせる。彼のヤンYannというファーストネーム自体、あまりフランス風の名前ではない。

レンヌの街は、それでも地方の中心都市らしい規模を誇っている。市街の中心には賑やかなエリアがあり、美しくウィンドウを飾った店が並び、立派な市庁舎は、訪れた11月の季節を象徴するように菊の花が懸崖さながらに装っていた。その向かいには立派な音楽ホールがあるという具合である。また、街の中を運河が流れており、その噴水もとても素敵なものだった。

レンヌの運河と噴水

昼の食事は、ブルターニュ名物のクレープにすることにした。本来のクレープは、そば粉が入ってすこし茶色がかった、素朴な色をしている。これをガレットという。薄く焼いたガレットに、チーズやハムや卵などをはさんで食べる。シンプルな食べ物だが、腹持ちも良く、とても美味しい。そして、合間にリンゴから作った発泡酒シードルを飲む。シードルもこの地方の名産で、甘口・辛口とさまざまなタイプの地酒がある。これを、ガラスではなく陶器のコップ(彼らは「お椀」Boleeとよぶ)で飲むのが本場の飲み方だ。そして、デザートに、そば粉を入れない小麦粉だけの白いクレープを焼いて、蜂蜜だとかジャムだとか甘いものをはさんで食べる。巧緻だの洗練だのから遠い、まことに単純素朴な食事である。しかし、その分、素材の味だけが勝負になるから、これほどごまかしのない料理もないだろう。

旧市街にはブルトン風の建物がならぶ一角があり、木の枠で囲まれたファサードはなんだかドイツかオランダの街を見ているようだった。また、街の中心近くに魚市場があり、そこを少しひやかして歩いた。これはなかなか飽きない見物だった。ブルターニュ半島は周りを海に囲まれていて、とても魚介類が豊富である。

夕食は旧市街にあるグリル料理の店に入った。黒のニットシャツをスマートに着こなした男女の従業員たちがきびきびと働き、注文を聞いている。金髪が黒のシャツに似合っている(パリあたりのフランス人には金髪は少ない)。お洒落だが、どことなくフランス風のお洒落感覚とはちがって、クールでストイックな美学である。ここらへんがケルト的なのかもしれない。ぼくは白身魚のグリルを頼んだ。

飲み物は何か白ワインを、と相談したら、Cote de Bleyeという白を出してくれた。品の良い甘い香りとすっきりした味のバランスが良くて、すごく気に入ってしまった。後日、ヤンに「ブルターニュ地方のワインか?」と聞いてみたら、“ブルターニュは寒くて葡萄は育たない。それはボルドーだと思う”という返事だった。してみると、赤ばかりが有名なボルドーにも、比較的安くて美味しい白があったのだ。

すっかり良い気分になって、ホテルまで歩く。市庁舎の前を通りかかると、夜にライトアップされた菊の花が古い石の壁を美しく飾っている。通りをそぞろ歩く、楽しげな人たち。そして、頭上から降り注ぐ夜の鐘の音。

レンヌは、音の街なのだ。

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