進捗を把握する3つの方法

進捗を把握する3つの方法 (2010/06/14)

言葉の通じぬ、見知らぬ土地でタクシーに乗った。こちらの告げた目的地を、運転手は分かったんだか分からないんだか曖昧な態度のまま、車を発進させる。しばらく乗ったところでやはり不安になり、「もう半分くらいは進んだのかな?」と口にしてみる。すると、隣に乗っていた若い部下が気楽そうに答えた。「もう、2/3くらいまで来ていますよ。」「なんでわかるの?」「だって、メーター見てください。空港からだいたい30ユーロくらいって、言われたじゃないですか。もう20ユーロ分、走ってますもん。」

進捗を把握するのは、簡単なように見えて、案外むずかしい。それは、私たちが『進捗とは何か』を、本当には良く理解していないからだ--こう言ったら驚かれるだろうか。無論、このタクシーの例のように、目的地に向かっているかどうか分からないときに、メーターだけ見て進捗を測るのが無意味な事は、誰でも分かるだろう。では、次の例はどうだろうか。

まだ戦後間もない昭和25年、国会で「北海道開発法」が成立した。敗戦で海外の植民地をすべて失った日本に、ただ一つ残されていた未開の沃野が、じつは北海道だったのだ。この法律に伴って、「北海道開発庁」という役所が設立される。その北海道開発庁が中心となって、2年後の昭和27年に、北海道開発の『第一次五カ年計画』が開始する(余談だが、五カ年計画という名称はなんだか社会主義国を連想させる)。

その『第一次五カ年計画』は、農業・畜産奨励・土壌開発(機械力による客土)・道路・河川・港湾整備・・・を含む壮大な国家的プロジェクトであった。予算は、国費だけで800億円。半世紀以上前の金額だから、現在に直せば1兆円を超えるだろう。

ところで、それから5年経った昭和32年に、著名な物理学者でエッセイストでもある中谷宇吉郎博士(当時北大教授だった)が、文藝春秋に爆弾論文を発表する。「北海道開発に消えた八百億円 - われわれの税金をドブに捨てた事業の全貌」(昭和32年4月号)という、きわめてショッキングなタイトルのその論文で、中谷先生は、人口・農業統計などの数字を詳細に調べ、「人口増加・食糧増産・農家戸数の増加は、・・・いずれも達成率0であった」と断ずるのである。

この論文のおかげで、北海道開発庁は上を下への大騒ぎになったらしい。北海道開発庁(なぜかこのお役所の主要機能は霞ヶ関にあった)では、翌月、さっそく文藝春秋誌に反論を掲載する。開発庁の高官が書いたこの論文には、「開発計画は順調に進展している」と書かれている。なぜなら、「過去の年度で順調に予算を消化してきたからだ」・・・。

この論法が、タクシーに乗った後輩社員と同じく、おかしいのに気づかれただろうか。過去にどれだけお金を使って事業を進めて来ようが、目標に一歩も近づいていなかったら、進捗はゼロである。タクシー・メーターをいくらにらんでも、進捗が分からないように。

たしかに開発庁だって努力はしてきたにちがいない。そのこと自体について、異論はない。だが、進捗と、過去の努力は関係がないのだ。なぜなら、進捗とは、これまでどれだけ仕事をしたかではなく、「これから先、どれだけ仕事が残っているか」で測るべきものだからである。

それなのに、進捗の議論となると、タクシー・メーターを見ることばかりに集中するきらいが、ときどきある。メーターをどれだけ精度良くしようが、リアルタイムで1円単位まで測ろうが、それは(コスト管理には資するかもしれないが)進捗管理には関係ないのである。

あるいは、「使った費用」のかわりに「使った時間」で測りたがる誤解も、後を絶たない。10日間でおわるはずの仕事がある。今、8日目だ。だから進捗は8割です--これが間違いであることも、説明の要はないと思う。こんな論法が通用するのなら、9日目は9割、10日目には10割になる。10日目でも仕事が終わらなくて、11日目に突入したら、進捗は何割になるのか。11割か?

考えてみるとこれが馬鹿げていることは誰にも分かる(はずだ)。だから、実際の進み具合は、担当者にたずねてみるしかない。かくして、プロジェクト・マネージャーは週次ミーティングでチーム員や関係者を集めて、各人に「どこまで進みました?」と訪ねたりする。プロマネはその答えを持って机に戻り、Excelの計算表か何かに数字を入れて全体の進捗率を計算する。有名なプロジェクト・マネジメント・ソフトウェアにもたいてい、『Progress
%』を入力する機能がついている。まあ、一番ポピュラーなやり方であろう。

だが、こうした問答で返ってくる進捗率が、“タクシー・メーター的な進捗率”でないという保証は何もない。さらに担当者のサバ読みなども紛れ込みやすい。だから、「」で質問する方法は、私自身はあまりお勧めしない。

では、何で測るべきなのか? もし進捗を定量的に測りたいのだったら、やるべきことははっきりしている。「残りの仕事量」を定量化することである。それを、全体像と比べて、あと何割残っているかを計算する。だが、これは繰返し性の高い業務では可能だが、個別性の高いプロジェクト的業務では、決してたやすくない。

そのことを理解した上で、次に思いつく方法は、率の代わりに、各人に『残日数』(完了まであと何日かかるか)を申告させる方法であろう。「これが進捗管理の唯一正しい方法だ!」と力説される大学の先生に、あるセミナーでお目にかかったこともある。でも、はたしてそうだろうか。これが進捗管理として信頼できるためには、各担当者が、残日数について信頼に足る見積能力を持っている、という前提がある。これは、成熟度の高い組織ではあり得るかもしれないが、すべての会社に当てはまるとは、到底言えない。だって、プロマネ自身、上司に同じ質問をたずねられたとき、希望的観測を述べたりすることもあるではないか。

これとよく似た方法として、『完了見込日』を答えさせる方法もあるが、問題点は同様である。仕事にはまり込んでいる担当者に、客観的状況把握を期待するのは難しいと、私は思う。もしやるのなら、むしろ各担当者をマネージしているリーダーか、あるいはPMOに、完了見込日を推測させる方がベターかもしれない。しかしこうなると、「上は俺たちのいうことを信用していないのか」との感情的反発もあり得るし、手間もかかるという何点があるだろう。

残る、第3の方法がある。それは、「マイルストーン」を活用する手法である。プロジェクトのプロセスを計画時点で検討し、要所要所にマイルストーンを(できればそのクリティカル・パス上に)配置する。そして、そのマイルストーンに、進捗率を当てはめるのである。その率は、EVMSで用いるようなコスト基準(残るアクティビティのコストの比率)でも良いし、あるいは別の何らかの基準で決めても良い。とにかく関係者全員が、各マイルストーンについて、ある程度納得し合意できる進捗率を、定めておく。そして、そこを通過した時点で、“何%を達成”と公表するのである。

もしプロジェクトが大きければ、それを各アクティビティについても定義しておく。設計書作成のアクティビティならば、「設計条件の整理」→「設計計算」→「図面の作成」→「設計書本文の作成」→「検討・承認」といった標準的な内部プロセスがあるはずである。それぞれに対して、内部進捗率を10%・30%・60%・80%・90%・100%といった具合に取り決めておく(組織内部で合意する)。そして、週次ミーティングで質問するときは、「何%か」を聞くかわりに、「今どこのステップか」をたずねるのである。これならば、回答者の主観やサバ読みを、少しは排除しやすい。

いずれにせよ、繰返し業務と違って、プロジェクトは個別性が高い。これはすなわち、見通しにリスクが伴っており、「終わってみないと本当はどれだけの仕事量だったか分からない」ことを意味している。すなわち、プロジェクト的な進捗管理には、かならずリスクに伴う精度の問題が付随することを忘れるべきではない。この問題には「正解」は存在しないのだ。あるのは、「納得感を持てる」方法のみなのである。

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