早期着手かジャストインタイムか

早期着手かジャストインタイムか (2009/11/23)

期日を決めた督促には、副作用がある。それが『学生シンドローム』と呼ばれる現象である、と前回書いた。学生シンドロームとは、期日ぎりぎりになるまでタスク(アクティビティ)に着手しないで放っておきがちになる、人間の性(さが)みたいな事象である。

もう一つ、人間には悲しい性がある。それは、怒られるのが恐いためにサバを読みがち、という傾向である(・・どうでもいいが、この「性(さが)」って言葉をくりかえし使っていると、なんだか昼のメロドラマの解説みたいになってくるな)。

期日を約束しても、それを守れないと、相手に(そしてたぶん上司にも)怒られる。怒られたら、うれしくない。今度の査定に響くかもしれない。だったら遅れなければいいだろ!、というのは上司の側の論理である。現実にはいろいろな割り込みやトラブルや掛けもち仕事があるじゃないですか。だったら、10日で終わりそうな仕事でも、「20日かかります」とサバを読んで申告しておけばいいか。そうだ、そうしておこう・・

こうして、異なる部署間の期日の約束事には、しばしば余裕日数(サバ)が入り込んでくる。期日は依頼する側が一方的に決められないしきたりだ(当然だが)。タスクを請け負う側の都合や自己申告にあわせる必要がある。

ほぼ同じ種類のタスクを繰り返した場合でも、着手から完了までの所要期間には、いろいろな幅(ばらつき)が出てくるものだ。なぜ、タスクの所要期間に幅が出るのか。理由はさまざまである。ほかとの掛け持ち仕事(マルチタスキング)のために、一部の時間しかさけない、というのが最もありがちな理由であろう。急な割り込み、というのもよくある話だ。必要なインプットの情報や材料の到着が予定より遅れる(上流側の遅れの影響を受けた)、というケースだってある。というわけで、ホワイトカラーの仕事というのは、工場で部品を旋盤で削る仕事と違って、数量×単位時間あたり生産性=所要期間、みたいなスケジューラ的計算は成り立たないのである。と、広く信じられている。

さて、そこで問題です。作りすぎのムダを排除する「ジャストインタイム」(JIT)については、このサイトの読者なら誰もが聞いて知っておられると思う。JIT生産では、作りすぎによる在庫のムダをさけるため、必要な時になるまで作らない。つまり、ぎりぎりまで待って着手することを良しとしている。

その一方で、できることは先に着手するべし(「今日できることを明日に延ばさない」)というポリシーも、よく耳にする。じっさい、『学生シンドローム』を避けるには、後回しにするな、可能ならすぐ着手すべし、と主張したくなる。

では、この二つの指針は、どちらが正しいのか?

この問いかけは、拙著「革新的生産スケジューリング入門―“時間の悩み”を解く手法」でも書いた問題である(第1章『いつ宿題をやるか--最早着手と最遅着手』参照)。スケジューリング理論では、EPST(Earliest Possible Start Time:最近ではESとも略す)とLPST(Latest Possible Start Time:LSとも略す)という二つの重要な概念があるが、前者は「着手可能になった時点ですぐに」、後者は「納期に遅れずに済むぎりぎりの時点で」仕事を始める日時、をそれぞれ指すのである。だから、上の問いかけは、こう言い直すこともできる:仕事はLPSTで着手するのが正しいのか、EPSTで着手するのが正しいのか?

この問題が生じるのは、EPSTとLPSTの日時が異なるからだ。EPST=LPSTならば、どちらかを選ぶ意味はなくなってしまう。ではEPST=LPSTとなる状況とは? それは、クリティカル・パスに乗っているアクティビティである。あるいは、ボトルネック工程にある作業である。これらのタスクでは、上記の問題に悩んでいる余裕はない。最速で仕事をするしかないからだ(ジャストインタイムが徹底している工場では、ほぼ全ての工程がボトルネックに同期化されるよう設計されている)。

問題は、EPST<LPSTとなる場合である。LPST-EPSTのことを『フロート日数』と呼ぶわけだが、つまりフロート日数のある仕事はどちらが正しいか、ということになる。で、どちらだろうか?

こうした質問を受けたら、反射的に考えるべき事がある。それは、“「正しさ」とは、何のモノサシで測るかによってちがう”、ということだ。

もし「仕掛り在庫低減」がモノサシの場合、当然ながら最遅着手(JIT生産)が正しい答えである。ただし、これできちんと仕事を回していくためには、当然ながら所要期間のばらつきをかなり小さくできている、という前提条件がついている。それなりの作業習熟度(成熟度)が要求されるのである。

逆に、一刻も早く製品ないし成果物を出荷することがモノサシの場合、当然ながら最早着手が正しい答えになる。そして、各タスクは可能なかぎり早く完了させる。完了したら、すぐ次のタスクにバトンタッチさせる。実際には早く終わったのに、報告しないでおくようなことはさせない(なぜそんな事が起きるかといえば、「サバを読んで期日を約束しておいたため、現実は早く終わったのだが、ここで正直に報告すると、次回から短い期日を約束させられるだろう」などと憶測する“頭の良い”人たちが出てくるからだ)。

ついでにいうと、納期遵守が受注後の唯一のモノサシの場合も、最早着手が正解ということになる。これは、じつは顧客に怒られたくない営業部門の場合の論理である。その結果、仕掛り在庫という社内のコスト=利益率低下は不問にされるわけだ。営業部門の目標は売上高であって、利益率は工場の責任である、と考えているような組織では、こうして「早く早く」のかけ声が社内を駆け巡る、という状態になりがちなのである。

ということで、つい寄り道をして、ゴールドラット博士の「画期的な解決法」について書くつもりが、今回もまた書けなかったようだ。続きはまた、ということで。

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