『なぜ』からはじめよう - 仕事の目的を設定する (2016/04/28)

たしか林達夫の西洋史に関する論考だったと思うのだが、「古代ギリシャは豊かなイメージがあるが、社会的な生産性はじつはかなり低かった。ギリシャ社会を支えていたのが、奴隷労働だったからだ」という説明を読んだことがある。林達夫はわたしの尊敬する思想家で、平凡社の『世界大百科事典』の編集長をやった博学の人だ。

人を動かすということが、技術リーダーとして面白い仕事をする必要条件だと、前回書いた。では、具体的に、人は何で動くのだろうか?

一番すぐに思いつくのは、給料などのお金だろう。お金という報酬で、人を動かす。会社というのは、そうなっている。業務上の命令通りに働けば、給料がもらえる。上司の覚えも良くなる。そむけば、叱責されて給料が下がったり、首になったりするかもしれない。つまりアメ(給料・昇進)と、ムチ(罰則・失職)で動かす訳だ。

ここで人を動かすために使われているのは、「強制力」(権力)である。強制力を使うことができるのは、マネージャー職種(=上司)という立場にあるときだ。動かす相手は、部下である。部下以外には、この手はきかない。業務命令と、統制。このような仕組みで組織を動かすことを、英語で”Command
and control”という。軍隊が、その典型だ。そして組織の成員が、この中で仕事の代償として期待することは、給料と生活の維持である。

部下でない他人に対しては、直接の命令権はない。給与を左右することもできない。しかし、もう少し別の報酬で動かす方法がある。それは、「貸し借り」で動かす方法だ。人に仕事上やプライベートでの貸し(恩義)を作っておく。そして、あとで「借りを返して」もらう。これは「影響力」と呼んでもいい。職場で上手に貸し借りを利用する人は、あなたの周りにもいると思う。

ほかに人を動かす方法はないだろうか? ある。それは、仕事を通じた成長や、自己実現への期待によって動かすことだ。「この人についていけば、自分も腕が上がるかもしれない。いい仕事ができるかもしれない」、と思えば、命令や貸し借りなしでも、人は動いてくれるだろう。これは、同種の職能から現れるリーダーや、上司という立場にはないプロマネが、もしもそれなりの腕前の人であれば、ふるえる力だ。これも影響力の一種だから、第二種の影響力とよんでおこうか。この場合、チーム員が期待するのは、自分の能力向上や、仕事の成果への満足感である。

そして、さらにその上がある。それはリーダーの信念や、他人への貢献意欲で人を動かすことだ。これはもう、カリスマか教祖の域であろう。そこに加わる人の期待は、他人を助けるという仕事への使命感・達成感だ。

かくして、人はいろいろな理由で動く。まあ、一番最初のレベルというか、デフォルトは「言われたから」「命じられたから」やることである。その最低次元が奴隷労働だ。これに、どれだけ他の要素が混ざるかで、パフォーマンスに差が出る。それはちょうど、三人の職人のたとえ話のようなものだ。

三人の職人の話をご存じだろうか? いくつかのバリーションがあるが、ともかく出だしは旅人が働いている職人たちのそばを通りかかるところから始まる。旅人は職人の一人に、何をしているのですか? とたずねる。最初の職人は、答える。
「見ればわかるじゃないか。レンガを積んでいるのさ。」
旅人がさらに、なぜレンガを積んでいるのですか、とたずねると、その職人は面倒くさそうに
「親方に言われたからさ。そのとおりにすれば、給金がもらえる。さあ、どいた、どいた!」

旅人はつぎに、別の職人に同じ事をたずねる。何をしているのですか?
二人目の職にの答えは、こうだ。
「壁をつくっているんです。どうです、立派でしょう? 親方のところに来たすぐの頃は、こんな風にまっすぐ積めなかったけれど、いまはここまでできるようになった。壁の高さは、この街で一番ですよ。」

さらに旅人は、三人目の職人にたずねる。何をしているのですか?
年老いた職人は、こう答える:「大聖堂を作っているんじゃよ。これが完成した暁には、大勢の信者が集まって、日照りの夏も寒い冬も、一つ屋根の下で祈ったり、ありがたい神様の話をきいたりして過ごせるじゃろう。尊い仕事じゃないか! まあ、完成までにはあと百年近くかかるかもしれんがの・・。」

なぜその仕事をしているのか? ?それが出発点である。わたし達が新しいことにチャレンジするとき、まず目的を明確にすることからはじめよう。そう、わたしはPMの授業などで教えている。それが賃金や貸し借りのためなのか、自分の成長のためなのか、あるいは他人や信念のためなのか。べつに給料のために働くことを卑しむつもりはない。それは最低限必要なことだ。だが、それ以上の成果を上げたかったら、「言われたこと以上」を考えて自分から動いてもらわなくてはならない。

目的とは、なんのためにその仕事をするのか、つまり英語の”Why”を示す。どのような期待や価値観によって、一人ひとりが動くのか。よく組織の壁だとか「サイロ化」といったことが問題になるが、Whyを皆で共有することは、サイロ化を防ぐはたらきがある。大きな目的を共有すると、自分や自部門を守ることよりも優先すべきことがある、と分かるからだ。

じつはプロジェクトで一番恐ろしいのは、ゴールが自己目的化することである。ゴール地点にたどり着くこと、決められた成果物を作ること、それが最終目的になってしまう。大学に進学する目的は、大学に入っていろいろ新しい学問を身につけ、成長することであるはずだ。だが、大学受験の勉強を続ける内に、いつの間にか大学合格自体が目的になってしまう。その大学になぜ入るのか、入ってから何をしたいのか、考えないまま、ただ点数競争に駆り立てられる。そうして、自分の適性と大して関係もない学部に、点数ランクの都合だけで進んでしまう。ばかげたことではないか。

同じように、組織で一番恐ろしいのは、存続が自己目的化することだ。組織はもともと、なんらかの目的のために結成されたものであるはずだ。「組織は戦略に従う」という言葉もあるくらいだ。だが、組織ができあがり、大きくなると、いつの間にか「組織を守る」ために仕事を作ったり、仕事をねじ曲げたりするようになってくる。あちこちの官庁や公共団体で、そういう例を見かけないだろうか?

手段が目的化する、というのは、あまりにも陥りがちな罠であろう。ゴールは遠い目的地への、中間地点にすぎない。プロジェクトが何かの成果物を作るとき、それはふつう、なにかの手段なのである。成果物が新製品なら、それはマーケットを拡大するための手段である。成果物が新工場なら、それは生産能力を拡大するための道具であり、成果物が情報システムなら、業務を刷新するための手段であるはずだ。より遠い目的を目指すためにプロジェクトを進めないと、おざなりな成果物を形だけ作って、ユーザが気に入ろうが気に入るまいが一件落着、といったへんてこなことが起きるのだ。それでインパクトのある、面白い仕事ができるはずがない。

目的を明らかにし、皆で共有することが大事である??それは、わかった。だが、具体的に、どうしたらいいのか? 我々は(少なくともわたしは)カリスマではない。仕事だって、大聖堂を建てるような崇高な仕事ばかりではない。そういう時、どうしたら人の心をつかみ、同じ方向に動かせるのか?

Simon Synekという人は、ゴールデン・サークル=『黄金の輪』というモデルを使ったコミュニケーション論を提案している。モデルは単純で、三つの同心円からなる。一番外側はWhat、その内側がHow、そして一番中心にWhyがくる。

Synekによれば、普通の人や企業がやりがちなアプローチは、外側から内側に向けた順番で、物事の意義を説明することだという。つまり、

(1) What「こういう製品です」
(2) How「こんな風にすごいんです」

で、多くのプレゼンや広告は(3)のWhyまでは説明しない。

しかし、本当に人の心を動かしたいのなら、順番は逆で、中心から外側に向けた順序にコミュニケーションしなければならない。それは、

(1) Why「我々はこうあるべきと信じます」
(2) How「だからこんな風にしたんです」
(3) What「それが、この製品です」

である。傑出したリーダーや、優れた企業はこういう話し方をする。

Synekはその例として、たとえばジョブズ時代のアップルや、キング牧師や、ライト兄弟とそのライバルだった男をとりあげる。彼はこの理論をわずか18分間にまとめてTED
Talkで講演しているが、非常にプレゼンの巧い人だし、翻訳字幕もついているので、試しにぜひ見ることをおすすめする。
「サイモン シネック: 優れたリーダーはどうやって行動を促すか」
http://www.ted.com/talks/simon_sinek_how_great_leaders_inspire_action.html

Synekは、このゴールデン・サークルを、人の脳の構造から説明している。つまり一番外側に大脳新皮質があり、ここが言語や理知で「What」を判断している。しかし、一番真ん中には古い大脳辺縁系があり、そこは言語化されないが、人の信頼感や行動を決定する。人が決断し行動するのは、理性ではない。もっと深い場所にある、感動や信念が一番強いのだ。(それはたとえば異性に惹かれる時を考えてみれば分かる)。ただ、人に理由をたずねられたら、理屈を後付けすることはできる。(「だって、優しい人だから。」)

まあ、Synekはプレゼンが上手すぎるので、ライト兄弟のライバルの例など、後からよく考えてみると本当に彼の理論で説明できるのかな、という気もするけれど、説得力があるのは事実だ。コミュニケーションは、Whyからはじめる。なぜ、この仕事が必要なのか。なぜ、これには意義があるのか。イノベーターとよばれる人々(100人に2.5人しかいない)は、そうした信念を共有することによって、彼の言う”Early
Adaptor”(人口の13.5%)を集める。そして賛同者が20%を超えれば、あとは勢いがついてくる。それによって全体を変えていくことができるのだ。

もし、わたし達がイノベーティブな成果を生みたかったら、なぜその仕事に意義があるのかを知らなければならない。そして、その目的を高く掲げるのだ。今、もし自分のやっている仕事のWhyが明らかでないなら、よく考えて他人と共有するべきだ。考えるのに遅すぎるという時はない。ぜひ、明日からでも考えよう。