プロマネのハードスキルとソフトスキル

「ハードスキル」と「ソフトスキル」という用語をはじめてきいたのは、2003年のことだったと思う。米国で参加した会議におけるPMコンサルタントの講演で、この区別を知った。プロジェクト・マネジメントに携わる人間のスキルを、「ハード」と「ソフト」に二分する思考方法は、そのときまで私の中には無かった。

米国の思考法は、つくづく「分けていく」思考法だな、と思う。分類し、分析し、分業する。全体を部分に細分化して、それぞれの特徴・特性を多面的に把握する。そして目的合理性の見地から、それらを使い分け、組み合わせていく。だから道具立ては専門分化したツールの集合体になる。PMBOK Guideの構成を思い出してほしい。まるでゴルフバッグに入ったクラブの束みたいだ。あるいはナイフとフォークを何本も並べるフルコースの食事のようだ。(これに対し日本人は最初から最後まで一膳の箸だけですませる。最小限の道具だけで何でもできるよう、自分の側があらゆるスキルを駆使するのが日本のスタイルだろう)

さて、そのスキルだが、プロジェクト・マネジメントの理論や手法やツールなど、形式化された知識を使いこなせる能力、これを「ハードスキル」とよぶ。一方、問題解決や交渉やモチベーションアップなど、非定型な(主に対人的な)技能を「ソフトスキル」という。

当然ながら、良いプロジェクト・マネージャーには、この双方のスキルが必要である。では、これらはどう習得すべきか? 習得の面からいうと、両者は全く異なる。ハードスキルは本や座学で学べる。しかしソフトスキルは、持って生まれたセンスを経験の蓄積の中でみがいていくしかない。前者はコンピュータなどの仕組みに乗せやすいが、後者はなかなか仕組みにのせにくい、といってもいい。

と、こう書いていくと、“だからソフトスキルを充実させる方が重要な課題で・・”とつながりそうに思えるかもしれない。しかし、私は今のところ逆だと考えている。ソフトスキルは、部下を持ち中間管理職の立場になったら、誰でもその必要性に気づく。プロジェクト的職種だろうが、そうでなかろうが、あまり関係がない。だから世の中の本屋には、リーダーシップ論や人心掌握術や処世訓があふれかえっているのだ。だれもがこの問題について悩んでいる。つまり、だれもがこの問題を認識している訳だ。

ところが、プロジェクト・マネジメントのハードスキルに関しては、その存在すら知らない管理者がいまだに圧倒的に多い。問題を認識していなければ、改善の対策などあるわけがない。さすがにIT系企業ではCMMiだとかPMBOK GuideだとかITILだとか、毎年あの手この手でおどかされているから、うすうすその存在については気がついている。しかし、それ以外の業種・職種ではどうだろうか。製造・生産技術・研究開発・マーケティング・経営企画・サービス・・・あらゆる分野で非定型な「プロジェクト」は存在する。中には企業の短期・中期の命運を左右する大きなプロジェクトもある。にもかかわらず、こうした世界のプロマネたちは、「プロジェクト管理に理論がある」という基本的なことさえ知らずに仕事をしているかもしれないのだ。まるで、海図も測量器具も知らずに航海に出る船長のように。怖ろしいではないか。

たとえば、12ヶ月スケジュールのプロジェクトがあったとしよう。今、開始してから3ヶ月たった。当初の計画では、現時点までに600万円の出費が予想されていた。ところで、実際の出費は500万円だった。このとき、「このプロジェクトはコストを予定内におさえているから安心だな」とプロマネが判断したら・・それは決定的に間違っている。プロジェクトのコスト管理は、定常業務と同じような予実対比で見てはいけない。これがアーンドバリュー分析(EVMS)の教えである。

EVMSに限らず、WBSコード、アロウアンス、クリティカル・パス、トータルフロート、TRM、マイルストーン、ドキュメント・インデックス・・・これらプロジェクト管理の基本的な理論や手法はみな、ハードスキルの範囲だ(とはいえ、適当に選び出したこれら用語がすべてカタカナの外来語であるということ自体が、この国のビジネス文化を象徴しているなあ)。

幸い、ハードスキルは短期間で一通りの知識を学べる。学んだ知識を実践力にかえていくためには繰り返しが必要だが、その機会は実務にいくらでもころがっている。だからこちらの方が優先課題だ、と私は言うのである。そのためにはまず、プロマネ、ならびにその上にいる上級管理職が、ハードスキルの存在を知らなければならない。

私の知っている米国人は長らく金融関係でシステム開発にたずさわっていたが、中年になってからこうした理論を学び、「あと10年早くこれを学んでいたら、あれほど苦労せずにすんだのに!」と痛感したという。彼はのちに、独立してPMコンサルタントとなり、こうした知識の普及活動に従事することで、大勢の人が自分と同じような無駄な苦労を避けられるように貢献している。

前回、私は『誰のための生産管理?』(「タイム・コンサルタントの日誌から」2007/05/06)で、人間不在の管理論を強く非難した。しかし、今回はまったく逆のことをあえて書いている。人間論を排除したPM論が必要なのだ。リーダーシップ論も人格論も部下の掌握術も、いらない。まず、ハードスキルを学ぶべし!