PMPの資格はほんとうに仕事の役に立つのか (2015-05-25)

昨年、勤務先でPMIの来訪を受け、同僚と共にインタビューに応じた。目的は日本におけるPMP資格取得の動向を探ることで、相手はいかにも頭の良さそうな30代の米国人であった。名刺を見ると、PhD、つまり博士号保有者であるむね書かれている。むろんPhDのほかにPMPも資格として名前の後ろに書かれている。

今さら説明するまでもないが、PMIはProject Management Instituteの略で、米国発で世界最大のグローバルPM団体である。日本にも支部はあるが、米国の本部が、世界中の数十万人の会員を統括している。PMIは元々1960年代に、プロジェクト・マネジメントに携わる人々が、PMという仕事もプロフェッショナル専門職として世に認めてほしい、との願いをもって結成された組織だ。現在のPMIは、通称『PMBOK Guide』(R)、正式には”A Guide
to Project Management Body of Knowledge”とよばれるプロジェクト・マネジメント分野の標準書を発行しており(邦訳『プロジェクトマネジメント知識体系ガイド』)、それを元にしたProject
Management Professional(略称PMP)の資格試験を主催している。

PMBOK Guideの初版が編纂されたのは’90年代の前半で、PMP試験も最初は米国に受験しに行かなければならなかった。しかしこの標準書と資格制度は非常に成功し、次第に世界中に広まることとなった。今では日本でも、日本語で、いつでも好きなときにPMPを受験できる。PMIはその後、他の資格試験制度もいろいろと設立しており、昨年3月の時点でPMIの資格保持者数は世界で60万人を超えている。また、PMBOK
GuideとPMP試験が大当たりした影響は大きく、他の諸団体もきそって”xxBOK”というBook of Knowledge(知識体系)を発刊するようになった。わたしが知っているだけで、BABOK(ビジネス・アナリシス)、DMBOK(データ・マネジメント)、CMBOK(コスト・マネジメント)などがある。
その大成功した米国PMI本部のディレクターが、なぜわざわざアジアの辺境のわが勤務先などを訪ねてきたのか。たしかにPMIの法人スポンサーだし、インタビューに応じた同僚もわたしも、一応PMP資格は持っている。だが、わが社におけるPMP資格保有者など、(正確に数えたことはないが)数十名の下の方だと思う。日本だけで20万人以上いると思われるPMPの意見を聞くには、ずいぶん不適格ではないか。3桁以上のPMPを抱える立派な日本企業だって、IT業界にはいくつも存在するはずだ。

むろん、相手はそうした企業も回っているのだろう。だがエンジニアリング業界の話も聞きたいと思って、選んでくれたのかもしれない。質問の中には当然、「プロジェクト・マネジメントをビジネスの基盤としているエンジニアリング会社なのに、なぜPMP保持者が少ないのか」という主旨の問いもあった。わたしの同僚達はPMO部門に所属しており、(わたしも数年前までは同じ部署だったのでよく知っているのだが)PMP資格取得を社内で推奨しているのに、実際には受験者が少ない。

なぜPMP受験者が少ないのか。答えは簡単である。なくても、とりたてて仕事に不便がないからだ。海外のOil &
Gas業界には、プロジェクト・マネジメントに関する一種のIndustry Standardが存在しており、発注者も受注者もそのことを承知している。これは一種の業界の慣習であって、特に何か決まった書き物はない。しかし、プロジェクトの入札書類には、必ずプロジェクトをこの業界標準に従った形で進めることが条件として義務づけられている。いわく、きちんとしたProject
Execution PlanとProcedureを最初に作成すること、WBSを構築すること、レベル-2・スケジュールを作成してCritical
Pathを同定すること、EVMSで進捗をコントロールすること等々、事細かく規定される。むろん、プロマネやPCM (Project
Control Manager)やEM (Engineering Manager)など重要職は、本業界で10年以上の経験を有していること、などの要求もついているのが普通だ。

逆に、プロマネがPMP資格を有すること、などの条件がついているのは見たことがない。つまり、たとえPMP資格を持っていても、十分な経験がなく、上記の要求レベルでプロジェクトを回せなければ、役に立たないことを意味している。だから、あえてPMPを取ろうという人が出てこないのだ。

誤解しないでほしいのだが、わたしはPMP資格が無価値だ、などと言っているのではない。むしろ、社内に対しては、PMPも取ってないようでは恥ずかしいではないか、とのメッセージを発している。試験はたいして難しくない。基本的に、知識を問う選択問題である。多少、用語理解と模擬試験のために数ヶ月程度の準備はいるかもしれないが、パスする者は多いだろう。PMBOK
Guideだって、読めば頭の整理にはとても役に立つ。たしかに用語は若干、我々の業界からずれているところもあるが、それは頭の中で翻訳しながら読めばいい。もし業界をまたぐ共通語を習得できれば、他の業界から、より良いPracticeを学ぶ機会もありうるではないか。

それでも、PMBOK Guideを勉強する人は少ない。わが同僚のA氏は皮肉って、こんなジョークをつくった:

若手 :「PMBOKくらい読んでおけよといわれたのですが、どんなことが書いてあるんでしょうか?」
ベテラン :「PMBOKなんて実務には何の役にも立たないよ。」
若手 :「そうなんですか。 で、どんなことが書いてあるんでしょう?」
ベテラン :「きみきみ、役に立たないものを、私が読んだことがあると思うのかね?」

勤務先を訪問された上記PMIのインタビューアーへの回答としては、それ以外に二つのことをあげておいた。一つは試験費用である。PMPの受験料は、社内では負担の一部を補助しているが、それでも他の日本の公的資格試験等に比べて、かなり高価である。もう一つ、日本語の翻訳も、いささか生硬でぎこちない。PMP試験はPCの端末に向かって行う形式だが、わたしが受験したときは、英語がデフォルトで、あるオプションを押すと、翻訳の日本語が表示される仕組みだった。しかし日本語が読みにくいので、わたしはずっと英語で問題を読んだし、後輩にもそれを勧めている。

まあしかし、これらのことは本質ではない。わたしがPMP試験について一番問題に感じているのは、じつはそれが知識を問う試験にすぎないことだ。以前から書いていることだが、能力とは知識や資質だけで決まるものではないと、わたしは考えている。個人の能力を構成する要素としては、知識・感覚(センス)・身体的スキル・創造性などがあり、これらをきちんとバランスし、かつ整合的・臨機応変に、組み合わせて活用できなければならない。だから、誰かの能力を評価するのはとても手間のかかる、難しい仕事なのである。これを、わずか数時間程度の、パソコンの前の応答だけで測ろうというのが、もともと無理なのだ。PMやPM補佐を10年近くやってきた者は、こうした矛盾点にそもそも違和感を感じるのだろう。

じつはちょうど昨年の同じ頃、わたしはGAPPS Initiativeの活動も手伝っていた。GAPPSとは、”Global
Alliance for Project Performance Standards”の略で、プロジェクト・マネジメント分野の標準化問題を整理するために組織された、まったく非営利のボランタリーな団体である(URL
http://globalpmstandards.org)。GAPPSは10年ほど前に、PM分野の巨頭たち数人によって、私的に結成された。世界には、米国のPMIをはじめ、欧州のIPMA
(International Project Management Association)、豪州のAIPM(Australian
Institute of Project Management)、日本プロジェクトマネジメント協会 (PMAJ)、英国APMなどPM団体がいくつもあり、それぞれが独自に標準や資格を制定してきた。その結果、2000年代に入ると、複数の標準・資格の競合や乱立といった現象がおき、実務家にとってありがた迷惑な状況が発生してきた。

GAPPSはこの問題をただすために生まれ、PMI・IPMA・AIPM三団体の元トップらが参加して地道に活動してきた。メンバーは世界中に分散しているので、基本的に年に3回集まって、Working
Sessionで作業を進めている。昨年はそのうち1回を日本で開催し、JICA(国際協力機構)がホストを務め、PMAJが協力した。わたしもPMAJからのお声がけで、参加したのである。

GAPPSは、PM能力(コンピテンシー)とは、外的に現れた成果を基準に評価すべきだと考える。PMP試験のように、知識を基準とした(Knowledge-based)評価から、成果基準(Performance-based)のコンピテンシー標準への進化を求めると共に、各国のPM標準を相互比較し、アセスメント結果を公表している。その目的のために、結局、GAPPS独自のPM
Standardを作成したのだから、なんだかN個の基準の整合性をとるために、N+1個めの基準を作ってしまった感もなくはない。が、少なくともその目的意識は、わたしも共感するところである。

そもそもマネジメント分野で標準とか資格とかに、どういう意味があるのか。わたしは東大で夏学期に週1回、プロジェクト・マネジメントを教えているが、今年の授業開始直後に、こんな質問を院生から受けた:

「Managementの再現性の取れなさ、うさんくささがずっと気になっています。『君にもできるプログラミング』と『君にもできるプロジェクト・マネジメント』という2冊のタイトルを並べてみると、後者の本に頼りなさを感じます。どうして理論が組み立てられているのに、現実の組織はこんなにもうまく機能せず、有能なリーダーはこんなにも稀なのでしょうか?」

なかなか本質をとらえた、鋭い、よい質問である。これはいいかえれば、「PMの標準なんて何の役に立つんだ?」という疑問だ。で、わたしは、こう答えた:

「世の中の技術や能力には、決定論的なものと、リスク確率の伴うものがあります。プログラミングは前者で、プロジェクト・マネジメントは後者に属します。これはたとえば、『君にもできる航海術』というタイトルの本を考えてみれば分かるでしょう。航海には、船の構造や気象学・海洋学といった専門的な知識も、GPSをはじめとする最新の測量技術も必要です。しかし、それらをみんなそろえたからといって、誰でもすぐ航海に成功すると思いますか? 学ばなければ、航海には出られません。しかし、学んだ後で、自分のものにする努力がなければ、いずれにせよ役には立たないでしょう。」

マネジメントの能力とは、たえず変化する環境の中で試されるもので、「知っている」ことと「出来る」ことの間には、大きな距離がある。こうしたことは、落ち着いて考えれば誰にでも分かることだ。にもかかわらず、知識を基準とする資格制度が、世界的に非常に成功してしまった。これは、今後は製造業より知財ビジネスと金融で経済を支えていく、という米国の国家戦略ともマッチしていた。PMP試験は、受験資格を得るためにも、また3年に一度の更新のためにも、『PDU』とよばれる一種の単位を取得蓄積することが義務づけられる。その制度的発明は、PDUビジネスという大きな周辺産業を生み出すこととなった。こうしてPMIは、みごとに渦を巻いて、多くのプロマネやプロマネ予備軍の人たちを引き込んだのである。とくにPMBOK
Guideは、IT産業への福音として喧伝され、歓迎された。

そのPMIは、しかし、どうやら二つの悩みを現在かかえているように見える。会員数が思ったように増えないこと、PMPを維持しない人が案外多いことだ。だから日本まで、市場調査のために行脚にくるのだろう。

なぜPMPを維持しないのか? なぜPMBOK Guideに失望するのか? 答えは明らかで、本当にはプロマネ達の悩みを解決する助けにならないからだ。少しは、助けになる。だが知識は必要条件だが、十分条件ではない。そのことは多くの人がうすうす、気づいている。そしてさらにいえば、あらゆる業種、あらゆる形態と規模のプロジェクトに、共通にフィットする知識体系というものも、そろそろ限界に達してきているのだろう。抽象的すぎて、自分の実務に適用するにはコンサルを呼ぶしかない、というのでは、ちょっと不便である。

どうやらプロジェクト・マネジメント関係の標準は、一つの曲がり角に来ているらしい。そういう問題を議論したくて、次回の「プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」では、PM標準に関する国際的なエキスパートである田島彰二氏を招いた次第だ。知識だけでは、プロジェクトは救えない。知識を超えた知恵を、われわれが出すには、どうしたらいいのか? できれば皆で、一緒に考えたいと思うのである。