見える化

5年前に日経文庫から『時間管理術』を上梓したとき、出版社が帯につけた惹句(注目をひくための宣伝のフレーズ)は、「自分のスケジュールを“見える化”せよ!」だった。帯の文句は著者が知らないところで決められる。でも、これを見たとき、正直に言って、やれやれと思った。“見える化”はトヨタの発明した用語で、あまり関係のないわたしが勝手に使いたい言葉ではなかったからだ。当時、たまたま学会の委員会関係で、トヨタ自動車の銀屋技監をはじめ何人かの方ともおつきあいがあった。自分の著書が出たので早速贈呈したのだが、挨拶の中で「この“見える化”という言葉は出版社が勝手に書いた惹句でして・・」と妙な言い訳をしたのを覚えている。

わたしはトヨタ独特の用語や概念を、自分のサイトなどであまり使わないことにしている。第三者が尻馬に乗ってはしゃいでると思われるのは、しゃくにさわるからだ。それにトヨタ系列以外の会社が、(自分との違いを深く考えぬまま)トヨタの真似をするのは、決して賢いことではないと思っている。だから「あなたの会社にトヨタ生産方式があわない5つの理由」などというエントリーも書いたが、この文章は我がささやかなサイトの中では、飛び抜けてアクセス数が多かった。上司から「トヨタを見習え」と指示されて苦労している人が、けっこうたくさんいる証拠なのだろう。

ところで最近、5年ぶりにまた本を書いている。そのテーマが、じつはジャスト・イン・タイムなのである。「生産革新フォーラム」の友人達と準備中のこの本は、早ければ12月に上梓される予定だが、仮のタイトルを「『JIT生産』を卒業する本 ~トヨタの真似だけでは儲からない」という。つまり、考えずにトヨタの真似をしてはいけない、がサブテーマだ。

誤解しないでほしいが、わたし達はトヨタ生産方式やジャスト・イン・タイムを批判しようとしているのではない。需要と供給を一致させる「ジャスト・イン・タイム」の思想はサプライチェーン・マネジメントを先取りしていて見事だし、有用だと思う。また、トヨタ生産方式はトヨタグループにおいては最善の仕組みであろう。ただし、別の業種業態の企業が、前提条件の違いも考えずに、かんばん方式やらアンドンやら、道具立てだけを導入したって、うまくいかない。だから自分の立ち位置を分析した上で、ジャスト・イン・タイムの本来の目的を実現するための、(トヨタ流とは違う)様々の定石を紹介しようとの意図で書いている。

ところで、そうは言いながら、わたし自身が最近、トヨタ用語についうっかり乗って、踊らされてしまったことがある。冒頭にも書いた“見える化”である。これをプロジェクトに適用しようと、最近あれこれ試みていたのだが、どうも根本的な勘違いをしていたらしいことに気がついたのだ。

いうまでもなく、プロジェクトというのは状況が把握しにくい(見えにくい)代物である。プラントは目に見えるからいいだろ、とよくIT業界の人に言われるが、それは実物を建設する段階に入ってからのことで、そんなのは後期の話である。初期から中期にかけて設計段階や調達段階での進捗や品質状況は、やはり分かりにくいのである。それでも、なんとか種々のテクニックで進捗や費用を数値化して、予実対比することはしている。

問題は、PERT/CPMやEVMSなどで計数管理しにくいエリアである。具体的に言えば、コミュニケーションとリスク(イシュー)だ。こうした、プロジェクトの深層に位置するマネジメント・エリアの把握は、非常に困難である。それをなんとかしよう、グラフ化して見える化してみようと、調査やらアンケートみたいなことを試みた。

たとえば、自分が消費している時間の何割がコミュニケーション仕事で使われているのか、また何割は追加変更や手戻りなどの想定外の仕事に使われているのか、を集計してみたのである。ちなみにエンジニアリング・プロジェクトでは、一般に30%近くが変更や手戻りで浪費されている、と言われている。わたしはこの通説の正確な出典を知らないが、あるいは米国Constrcution Industry Instituteあたりなのかもしれぬ。ともかく、想定外の仕事にどれだけ時間を割いているのかを“見える化”しようと思ったのである。

しかし、3割なんてとんでもない。結果は意外なほど小さかった。じゃあ、わが勤務先は別格に生産性の高い職場なのか? あいにく、そうとは思えぬ。つまり回答者達は、どんな追加変更やリワークが起きようが、「想定外」とは捉えなかったのである。どこかにボタンの掛け違いがあったらしい。わたしはあわてて、もう一度原典に当たることにした。つまり、トヨタ生産方式における“見える化”の意義を調べ直したのである。

もともと“見える化”は、トヨタ生産方式における改善手法とともに有名となり、世に知られるようになった概念である(本家に遠慮して、「可視化」と呼ぶ人も多い)。ところで、本家トヨタにおける“見える化”の概念とは、次のようなものであった:

(1) 異常管理を“見える化”の中心に据えている

トヨタでは正常な業務の中で異常を顕在化させる仕組みを「見える化」と呼ぶ。一番いい例が「アンドン」で、工場の生産ラインで機械の故障等が起き、ある工程がストップ状態になった際に、「アンドン」を灯して皆に分かるようにする。
言いかえるなら、作業結果や状況を示す値それ自体ではなく、あくまで正常値や目標との「ギャップ」を見える化するのが本家トヨタ流である。そのためには、このギャップは異常、と判断できる「標準・基準」が必要となる。

(2) 自律分散型管理とワンセットになっている

"自律"とは、「自らやっていることの正否を判断する機能と権限を有すること」である。これができない現場で「見える化」しても意味がない。そして、問題を解決できるのが自律である。だから、問題発生と同時に、解決・改善状況も「見える化」するようにすべきである。

(3) あくまで目的達成の手段である

目的を明確に説明できない「見える化」は、トヨタにおける見える化とは根本的に異なる。「見える化」は会社の方針管理とKPI目標にはっきり結びついているし、アクションにつながらなくてはならない。

(4) 情報を取りに行くのではなく「目に飛び込んでくる」状態を作る

だから、何かを調べて集計グラフや図表にして、それで「見えました」ではダメなのだ。

このように、トヨタの“見える化”は、会社全体のマネジメント意識と密接に結びついている。だから自社において実現する場合も、本来の目的意識を忘れないように取り組まなければならないことが分かる。

・・と。それはいい。

しかし、「正常を異常と区別できる」ことが重要と明言されているが、わたし達の場合、ここが問題であった。「正常」とは、つまり「標準動作」である。くりかえし、同じ動作・操作ができること。これが標準である。“標準なくして改善なし”もよく知られたトヨタの標語だ。

ところが、プロジェクトというものはその定義上、本来ユニークな、一回限りのものなのである。プロジェクトにおける標準とは、何だろうか。たしかにレンガ積みだけ延々繰り返す「万里の長城プロジェクト」なら、標準作業も設定できるだろう。しかし、たいていの現実のプロジェクトでは、そうではない。少なくとも、一番知りたい設計・調達段階の標準とは何なのか。そして、何が異常なのか。そもそも個別の環境変化に対応できることこそ、プロジェクト・マネジメント能力なのではなかったか?

という訳で、この問題は(少なくともわたしは)まだうまく解決できないでいる。むろん我が職場では、設計でイシューが発生するたびに机の上にアンドンを灯す、という風には「見える化」できないだろう。アンドンと同時に、ライン全員が手を止め、問題解決のために走ってきて必要な手を打つ、というのもありそうもない話だ。トヨタの生産ラインではこれが出来るのである。それは、作業の繰り返し性が高いからだ。だが、毎度ユニークな世界に生きているプロジェクト屋のわれわれは、まだしばらく頭をひねらなければいけないらしい。