--電子商取引の意義-- (2002/08/17 発信)

「やっと少し車が流れるようになってきたわね。」

--ああ。ひどい渋滞だったね。

「高速道路って日本のインターネットみたいね。行き先はこの道で良いはずなのに、ときどきさっぱり進まなくて。」

--ま、その比喩はある程度あたっているでしょうな。通信路だって、トラフィックがある許容能力を超えると、パンクして渋滞したようになるから。」

「あなた、前に『ITって輸送に似ている』って言っていたような気がするけど、そういう意味なの?」

--輸送じゃなくて、ロジスティックス。物流だ。でも、ITとロジスティックスのアナロジーというのは、単なる通信の混雑よりももう少し抽象化した意味で言っていたんだけれどね。

「抽象化って、どういう風に?」

--ITってのは、意味のある情報を送り届ける機構なんだ。必要な相手に、必要な情報をタイミングよく送り届ける機構。ただし、情報ってのは不定形だから、形の決まった器に入れてやる必要がある。ちょうどばらばらの雑貨類はコンテナに入れて運ぶようにね。それが定型化されたデータだ。
 運送業者自身がコンテナの中身について関知しないように、ITのシステムもデータの中身である情報の『意味』については関知しない。単に効率よく運ぶのが仕事だからね。そして、道路が通信路ならば、自動車や列車などの輸送機械はコンピュータに相当する。

「・・自動車が、コンピュータ?」

--うん。比喩的な意味だよ。運転手はすなわち、コンピュータのオペレーター=運用管理者。そして荷物の送り主、受け取り主がすなわちITのユーザーだ。

「トラックの運転手がコンピュータのオペレーターなの? だったら自家用車は何かしら。」

--自家用車は、それこそパーソナル・コンピュータだな。つまりね、たとえ話を続けると、昔の輸送は鉄道中心だった。それがしだいにトラック輸送に置きかわり、モータリゼーションの普及で自家用車がどんどん増えていった。
 それとよく似たようなことがITの世界でも起こったんだ。昔の大型汎用コンピュータはちょうど鉄道のようなものさ。早くて信頼できるが、線路つまりルートは決まっていて、ユーザは駅まで自分で行かなければならない。ユーザが計算機の都合に合わせるために、かなりの手間を強いられたわけさ。おまけに作るのには巨額の投資が必要だ。
 トラック輸送やバス輸送は、速度と効率の点では鉄道より劣るけれど、もう少し小回りが利きやすい。これが『オフコン』=オフィス用の小型コンピュータに相当する。もちろん、オフコンでもまだ、運転には専門家が必要だ。また、ユーザはみな停留所や貨物集積所やまで荷物を持っていく手間がある。オフコンの決まり切った帳票に自分を合わせる必要があったんだね。
 でも、自家用車すなわちパソコンが普及して、このありさまはすっかりかわってしまった。自家用車の良い点は、なんといっても自分で好きなところにいけることだ。これはすなわち、自分好みの形に情報を加工できることを意味している。

「それで、自家用車つまりパソコンはプロの運転手じゃなくて、各ユーザが自分で使うようになったのね。」

--うん。まあ、このほかに、新幹線に相当するスーパー・コンピュータとか、スポーツカーに相当するワークステーションとかもあるけれど、たとえ話はもういいだろう。

「それで、輸送機械の作り手としての日本は進んでいたけど、ロジスティックスの使い手としての日本は遅れている、っていうのがあなたの意見なの、要するに?」

--ハードウェア・リッチなシステムを設計する技術では、日本はまだ世界でトップクラスにある。安く製造する能力という点では、しかしまあ、すでにバブル時代にかなり脱落してしまった。土地も人件費も、あらゆるものの値段が舞い上がったからね。そして、残念ながら使いこなしの技術では、ぼくは世界の最先端だったことはないんじゃないかと思ってる。

「使いこなしの技術って、つまり今のたとえ話で言うと運転の技術ってこと?」

--ちがう。そこがそもそもITに関する誤解の始まりであり、終着駅でもあるんだ。
 ITというのはロジスティックスだ。物流業だと思えばいい。物流業の会社をうまく運営管理するためには、個々のドライバーが運転がうまくなればいいか? そんなことは絶対にない。みなが自家用車で自分の荷物を輸送するようになればいいか? そんな馬鹿な話はない。
 大事なのは、ロジスティックス=物流の仕組みをうまく構築し、運営することなんだ。ロジスティックスの管理者は、荷物をどこに集積してどうトラックや列車に振り分けたら効率的に運べるのか、さらに道をどこからどこに通すべきなのかを考える。

「つまり、これからヤマト運輸を創設したいと思ったら何をすべきか、という問題だといいたいわけ?」

--そう。ぼくがITの使いこなしの技術といっているのは、まさにそれさ。そして、使いこなしの技術を考えることが、ほかならぬシステム・アナリストの役目なんだ。
 それなのに、ITの本を探しに本屋さんにいくと、『パソコン入門』だとか『コンピュータの仕組み』の本が並んでいる。会社の物流の仕組みをうまく構築したいのに、運転の仕方や自動車工学の本しか手に入らないような状況だ。

「車作りは得意だけれど、都市交通政策はゼロの、自動車大国ニッポンらしいお話ね。」

--まあね。

「でも、もしITがあなたの言うように情報のロジスティックスなら、インターネットっていう名前の高速道路網が突然出現したことは、ずいぶんインパクトがあるんでしょうね。」

--そりゃ、ビッグ・インパクトさ。もちろんある日“突然”出現したわけじゃないけれど、わずか数年の間にあれよあれよと伸びてつながり合ったのは事実だ。そして、インターネットというインフラの存在が前提となって、新しいITの応用分野が生まれてきた。それが例えば、電子商取引だ。

「電子商取引。Eコマース、ってやつね。インターネット以前にはなかったの?」

--ネットワークを介して発注情報をやりとりする技術は以前からあった。でも、それは特定企業間で行われるクローズドな仕組みだった。インターネットは不特定多数を相手にできる可能性がある。これはまったく発想が違うんだ。

「ふうん。だったら、私でもインターネットにお店を開けるかしら?」

--もちろん、お店を開くことは自由だ。だれだってできる。

「コンピュータのことを知らなくても?」

--もちろん。知っているにこしたことはないけれども、特に詳しく知る必要はない。コンピュータ関係の面倒はその道の専門家に任せてしまえばいいのさ。そういうことを請け負ってくれる専門業者はたくさんある。
 大事なのは、商売のポイントを知っているかどうかだ。商品の特性、売り方、ネット上でのショップの作り方・・ここのところを理解しないために失敗した電子商取引のビジネスは、けっこうたくさんある。ITの陥りやすい罠かもしれないね。

「たとえば?」

--まあ、適切な例かどうかは知らないが、米国の1999年のクリスマス商戦はB2C E-Commerceの元年みたいに言われていたけれど・・

「ビーツーシー? 何それ。」

--あ、ごめん。BはBusinessのB、CはConsumerのCで、Business to Consumerの略称をB2Cというんだ。企業が一般消費者相手にネット上で商品を売る仕組みさ。これに対して、企業間の商取引をネット上で実現する仕組みをBusiness to Businessの略でB2Bとよぶ。

「クリスマスの商品を大衆向けに売っていたからB2Cなのね。それで?」

--大手のおもちゃ屋が、初心者でも簡単に注文できるシステムを作ったおかげで、クリスマス・プレゼントの注文をインターネットで大量に受けることができた。そこまでは成功にみえた。ところがね、注文に対する供給がおいつかなかったんだ。
 その結果、クリスマス・イブまでに商品の届かない顧客が続出。おかげで訴訟騒ぎになったり、お詫びに商品券を配ったりする騒ぎになった。

「だって、おもちゃ屋が自分の得意の商品を売っているんでしょう? 商売の仕方はよく知っているはずじゃない。」

--そうとも言えるが、そうでないとも言える。商品はメーカーからの供給に頼っているけれど、注文が多すぎてそのサプライ・チェーンがうまく機能しなかったんだね。
 電子商取引では「店頭在庫」というものが存在しない。だから、もしも大量の需要がある場合には、それを適時タイミング良くメーカーに伝えたり、逆にメーカーの在庫や供給能力をチェックしながら顧客からのネットでの注文を受け付けたり、といった仕組みを必要とする。単に商品カタログをインターネット上に置くだけとは質的に異なったロジスティックスを要求される。これを忘れたんだと思う。

「量が多くなると質的に違うことを要求される・・スケールアップの法則そのままじゃない。」

--うん。この、店頭在庫が存在しないということ、それから店舗自体の場所も建物も販売員も必要としないことは、既存の商売との大きな違いだ。

「ってことは、私がネットにお店を開いても、誰も所場代を要求してこないのね! 敷金も保証金もいらない。女性を見下す不動産屋や嫌味な銀行のオジサンたちに頭を下げる必要もない、ってわけねえ。すごくいいじゃない。」

--ま、適当な在庫を持つのなら、その分の仕入れ代金と保管スペースの分の元手は必要だよ、もちろん。まあ音楽データを売ったりするようなデータ売りの商売や、サービス業ならばそれも不要だろうけれど。

「ねえ、そうだとすると、一等地としての立地ってどういうことになるのかしら? 銀座4丁目の角が一等地、みたいな格付けはあり得ないわよね?」

--交通の要所とか、乗換えのターミナル駅の前とかいった、普通の実物経済の世界で使うような意味での一等地というのはない。ネットワーク世界の面白いところは、目的地まで一発で移動できることだからね。
 だから、この世界では、多数の注目を引くということ自体が巨大な価値なんだよ。多くの人の注目を集めるサイトから、リンクをたどって直接飛べるかどうか、がすべてなんだ。そして、人が大勢集まるかどうかは、純粋にそこで提供されている情報やサービスの質によって決まる。まあ、これは一般消費者相手のB2Cの場合であって、専門業者間の取引であるB2Bでは関係ないけれどね。
 それにしても君、いったい何のお店を開くんだい?」

「それはこれから考えるのよ。何か少しは人に役立つものがいいわね。商品を届けることで、買ってくれた人に少しでも幸せな気持ちを届けられるようなもの・・。ねえ、これまで、どんなものがネットで売られているの?」

--そりゃ、いまや森羅万象あらゆるものが取り引きのテーブルにのせられているよ。でも、成功した商品と、そうでないものとがあるね。たとえば、旅行とか、あるいは書籍とかはB2Cで成功している代表的なものだ。

「ふうん。なぜかしら? あ、待って。自分で考えてみるわ・・えーと・・もしかして、検索とかがポイントなの?」

--いい線をついているね。書籍や旅行の予約なんかでは検索はとても大事だ。そして検索が自由に瞬時にできるというのが電子データのメリットだからね。

「ふんふん。だったら、商品のバラエティがすごく多いようなものはネットのお店に向いているかもね。あ、株式なんかもそうよね、きっと。音楽CDなんかも良さそう。あと、不動産仲介なんかもそうかしら。衣料品だとか・・でも、そうしたら、これまでの通信販売とどこが違うのかしら。」

--さっき言ったように、店頭在庫や流通在庫の必要性がポイントのひとつだ。売買に実物の移動や納品が伴うかどうか、それがどれくらい即座に行われなければならないか。

「そっかあ。ネット上の取引は瞬時に行えても、実際の品物をえんえん列車やトラックで運ばなくちゃないんじゃ、利用者のメリットは小さいものね。」

--そう。それでは単に発注の手間が若干効率化されるだけだからね。衣料品や嗜好品のたぐいは数日間なら納品まで待てる。だからセンターに在庫しておいて宅配すればいいんだけれど、これは君の言うように既存の通販カタログをウェブにのっけただけで、すごく画期的とはいいにくい。
 不動産仲介は契約までひどく時間がかかるから、ネットは情報を取るだけで、発注は外側でやることが普通だ。これも電子商取引とはいいがたい。
 それから逆に株式や商品先物取引は、権利の移転だけを瞬時に行う必要があって、これは一応ネット向きではあるけれど、これまでも専門家は電話注文やオンライン取引のサービスを使ってきた。おまけに、みんな自分がどの銘柄を買うかはよく知っているから、あまり検索機能は必要とされない。電話やFAXのかわりにインターネットがあるというだけでは、こちらもあまり革新的とは言えないと思う。

「じゃあ、どうして書籍と旅行だけは成功例といえるの? これだって通販の延長なんじゃないの? ・・たしかにこれまで本やホテルの予約って、通信販売はなかったけれど。」

--なぜだと思う?

「なぜって、本とかは実際に自分の目で見てみないといやじゃない。それを読んだ知り合いの意見でも聞ければ別だけど、友達の輪なんて限られているし・・え? もしかして・・?」

--そう。その『もしかして』さ。

「もしかして、本屋とか旅行代理店のサイトに行くと、それを読んだり、ホテルに泊まったりした、よその人の意見がのっているわけ?」

--そこがポイントさ。成功したサイトは、利用者の意見が書き込まれている。他の人の書評や、ホテルに泊まったときの感想なんかがたくさん蓄積されているんだ。

「で、それを見て自分で決めることができるのね。ふーん、それは感心だわ。だって本の注文やホテルの予約なんて、これまではちょっとバクチみたいなものだったもの、大げさにいうと。でも、それはほかの人の意見をきく機会がなかったからだわ。知らない人同士が意見を披露し合う場所なんて世の中になかったし、その習慣もなかったのよ。」

--それがインターネットで可能になったのさ。

「たしかにそれは革新的といってもいいと思うわ。新しいコミュニティの創造みたいなものだもの。」

--そこまで大げさなもんじゃない。ユーザのフィードバックの仕組みを作っただけだ。

「でも、これまでの商売ってすべて一方通行だったでしょ? 町の個人商店をのぞけば。消費者が自分の意見を返す場所も方法もなかったのよ。いつも供給者側の押し込みみたいなものだったわ。」

--でもね、インターネットで公開されている個人の意見は、内容についてはどこにも保証がないということも忘れちゃいけない。だれかの意見を参考にしてひどいホテルに行き着いたからといって、それで文句をいうことはできないんだ。

「自由にはリスクは付き物だわ。自分の頭で判断すればいいだけじゃない。お仕着せの公式機関の格付けや権威付けなんて、今のこの時代には願い下げだわ。」

--そこまでユーザの皆さんの覚悟が決まっているならば、ネットの商売も意義があるだろう。実はネットの取引に不向きな商品はかなりたくさんある。

「たとえば?」

--たとえばね、ビールなんかがそうだ。理由は考えてみればわかる。

「えーとねえ・・まず、他人の意見なんかいらないわよね。商品の数は限られているし、繰り返し飲んでるから味は知ってる。だからカタログ検索も不要。おまけに、買いたいときはすぐに飲みたいわけだから、宅配なんて待ってられない。あ、だから全国の酒屋さんに店頭在庫が必要なわけね。」

--流通在庫というものは、商業の機能と切り離せないものだった。
 もともと商業の機能は、需要と供給のギャップを埋めることにある。生産地と消費地の地理的ギャップを埋める輸送機能、生産の時期と消費の時期の時間的ギャップを埋める保管機能、そして大口の供給と小口の消費の数量的ギャップを埋める小売り機能。もしさらに付け加えるならば、納品時点と支払い時点のギャップを埋める与信機能、かな。
 在庫というのはこのうち、時間的ギャップと、一部の地理的ギャップとを埋めるために存在する、いわば必要悪だ。これを解決できなければ、電子商取引の存在意味はうすい。単なる電話注文か通販カタログの代用に終わってしまう。

「もう一つあるわよ、商業の機能。」

--なんだい?

「情報のギャップを埋める事よ。消費者が必要としている情報を、生産者側からもってくる仕事。こんな商品があります、こういうニーズに合います、ということを教えてくれる機能。検索機能なのかもしれないし、提案機能というべきかもしれないけれど、それが今の大量生産時代には、お仕着せの情報をばらまくだけになっていたの。」

--必要な情報を必要な人に届ける、情報のロジスティックス業務か。それはまさにぼくのいうITの中心機能じゃないか。

「だからね、ネットのお店は、それを改革するだけの可能性があるんだわ。情報の流れを、逆に消費者側から生産者側に返すこと。そうすれば、きっと需給のギャップだっけ、それは埋まると思うの。そして、大量生産時代のバカげた資源の浪費を、きっと止めることができるはずなのよ。」

(c) 2002, Tomoichi Sato
              (この話の登場人物はすべて架空のものです)