--IT大国だが先進国ではない-- (2002/07/29 発信)

「それにしても、日本はITの創造性に欠けている、って本当なの? 日本はIT先進国なのかしら、それとも遅れているのかしら。なんだか両方の説をきくわよね。」

--うーん。最近の海外の評価を見ると、決して世界でもアジアでもトップではないようだね。

「そうなの? じゃ、どこがトップなの?」

--まあ世界のトップはアメリカだと、誰もが認めるんじゃないかな。2番目が日本だと、かつては皆が思っていた。しかし90年代、とくに後半くらいに日本はその座から滑り落ちてしまったようだ。

「“失われた10年”ね。こんなところでも失っていたんだ。」

--最近では、アメリカの次に話題になるのは、なぜか北欧が多い。フィンランドなんか意外にもインターネットの普及ではアメリカを何年も前から追い越している。
 それで、最近のアジアのIT産業はどうか、って話になると、これが日本をすっ飛ばしてシンガポールか台湾なんかの話題になりがちだね。なんだか悔しい気もするけどさ。でも台湾は今や世界のパソコン工場なんだから、しかたない。

「ふうん。それで最近は政治家のおじさん達もIT、アイテー、でうるさいのね。ああいう人たちって、日本は台湾とか韓国とかに追い抜かされたなんて聞くと、頭に血が上りそうだもん。」

--ただね。そういう議論てさ、ぼくは抽象的すぎると思うんだ。だって、方向を言わなければ「先進的」かどうかわからないだろ? 東に向かっているのか、南に向かうべきなのか言わないまま、あのランナーはこのランナーの先をいっているだの追い抜いただの、議論してもしかたがないじゃないか。

「ってことは、何か物差しをとって比べるべきなのね。でも、どんな指標があるのかしら?」

--そこなんだなよな、問題は。じつは、ぼくにもぴったり来る指標がすぐには思いつかないんだ。
 たとえばね、昔だったら、その国の計算機の生産高で比べれば良かった。でも、これは、IT=コンピュータ・ハードウェアの時代の感覚だ。ITの世界の歴史では、一貫してハードの価格の比率はソフトの価格の比率に比べて下がり続けている。こんな感覚で今時議論しても意味がない。果たして台湾みたいにパソコンを低価格で作りつづけていりゃあ先進的といえるのか? ぼくにはとっても疑問だね。
 むしろ、その国の中で、情報サービス産業が全体としてどれだけ売り上げているか、あるいは対GDP比でどうかを比べることのほうが有意義だろう。これだと日本はけっこういいはずだ。

「だったら、それで比べればいいじゃない。」

--ところがね、輸出入を計算に入れようとすると、急にむずかしくなる。というのは、ソフトウェアはモノではなくサービス商品にくくられるから、たとえば実物経済のような輸出入の勘定にはひっかからないんだ。

「ふーん。じゃあ、ほかに何かないのかしら。」

--思いつくことはいくつかあるんだ。たとえば、インターネットの普及率とか、あるいはデジタル通信サービス事業者の売上とか。でも、これも今ひとつだ。

「どうして?」

--たとえばね、通信の規制緩和が進まないためにデータ通信の費用が大きい国があったとしてさ(これはもちろん日本のことだけれど)、それは果たして先進性をあらわしているのか? 大いに疑問じゃないか。

「じゃあ、パソコンの普及率とかは?」

--それも90年代の中頃は一人一台かどうかが騒がれたころによく使われたけれど、ぼくは単純にすぎると思う。ホワイトカラーの職場はいいけれど、工場や現場業務のブルーカラーの多い組織はどうするんだ。トラックの運転台に1台ずつPCを置くわけにもいかないだろ。こういう、ハードウェアの普及率だとか、あるいはハードウェアの生産高でその国のITのレベルを計ろうというのは間違っていると思う。

「あなたって、コンピュータが仕事のわりには、ぜんぜんハードに肩入れしないのね。純粋にソフト屋さんみたい。」

--別にハードウェアを軽視しているわけじゃない。でもね、さっきもいったようにハードウェアの金額的な比重を考えると、それを指標にITの先進性を計られることには抵抗がある。
 さっきから言っているように、そもそもIT産業の発展は分岐増殖型のパターンにしたがっているんだ。だからハードウェアからソフトウェアが分化し、さらに基本ソフトと応用ソフト、通信ソフトとどんどん分化してきているわけだ。だから、どれかの業種にピントをあてた単一の指標で日本のITのレベルを計られ、批評されたんではたまったものではない、というのがぼくの感覚なんだ。

「・・ふーん。わかったわ、問題が。」

--?? 問題って、何が? 日本が先進的かってこと?

「ちがうわよ。あなたが指標を選ぶのに苦労している理由よ。何かうまい指標をぱっと見つけて、それで計れば日本のIT産業もけっこういい位置に来ている、っていうことを証明したいんじゃないの?」

--そんな下心はないつもりだけどね。

「下心とか何とかじゃないのよ、たぶん。ただ、あなたの言った指標って、みんなITの売り手側の指標じゃない? それはあなたがIT産業に属しているから自然にそういう見方をしてしまうんだわ。」

--売り手側、ねえ。まあ、たしかに社内向けではあるが、売り手側の目で見ていることはたしかだな。

「そうでしょ? だって、“社内にはITの価値が分かるやつが少ない”、って、さっきも吠えていたばっかりじゃないの。自分は供給者として優秀な能力を持っているのに、消費者側が馬鹿だから先進的になりきれない、っていうのがあなたの潜在的フラストレーションなのよ、きっと。
 でもね。ある国がITに関して先進的かどうかって、その国のIT産業がたくさん稼いでいるかどうかで決めていいものかしら? もっと消費者サイドで見なければいけないんじゃない?」

--そうかなあ。

「だってね。えーと、たとえば・・ほら、ピカソやダリやミロはスペイン人じゃない。」

--?? いったい何の話だい?

「それからシャガールはベラルーシ出身、モンドリアンはオランダ人だったわ。その一方で、フランスの画家はセザンヌとマチス以降は、言っちゃ悪いけれど小粒な人が多いの。だからといって、この20世紀前半の美術史を考えた場合、スペインの方がフランスより先進的だったと言えると思う?」

--・・はあ。

「でも、この人達はみんなフランスで活躍したのよ。なぜって、そこには彼らの絵を評価して買ってくれる需要があったからだわ。だから今でもフランスの美術館には20世紀初頭の近代絵画がたくさん残っているの。でも戦後はアメリカが現代美術の最大の買い手になっちゃった。だからねえ、先進性をいうなら、作り手じゃなくて買い手の側を考えなきゃだめなんだわ。」

--なんだかその例はへんてこな気がするけれど、まあ、君の言いたいことは何となく分かる。しかしね、買い手の側を評価するとなると日本のITの評点はぐっと低くなりそうな予感がして、どうもいやだな。

「買い手の側のレベルをうまく計れる物差しってないものかしら。たとえばほら、会社がITにたいして出費しているエンゲル係数みたいなもので。」

--出費といっても経費と投資とがあるけれど、それを単純に合計していいのかという問題がまずある。それに、さっきもいったとおり、妙に独占的な規制があるために出費がかさむ場合はかえって不公平だ。

「それなら、電子メールの普及率なんてどう? あ、これは携帯電話の分が入ってくるから問題かしら・・」

--うん。電子メールの普及率だと、たぶん日本は世界一だと思う。それは悪いことではないだろう。でもね、道を歩きながら親指一本でメールを打ってりゃIT先進国なのか?
 前にも同じ事を言ったけれど、オフィスでPCを配っても、みんながワープロとメールと表計算ばかりで、定型化されていないデータの卵みたいなのがあちこちのハードディスクに散らばっている状態って、決してIT化されているとは言えないと思う。

「お、久しぶりに出たわね、『定型化』」

--ちゃかさないでまじめに聞いてくれよ。営業マン一人一人にノートPCを配ってるけれど電子メールだけに使っている会社とさ、端末数は少ないけれど全製品の在庫数が正確にわかる会社と、どっちのITが進んでいるか、考えてみてほしい。

「後の会社の方だ、とあなたは言いたい訳ね。」

--そう。なぜなら客観的な事実認識に秀でているからだ。どんなにメールをばんばんやりとりしても、そこに曖昧な情報が行き交うだけだったら、あまりIT的とは言えない。ぼくにとってITってのは、このカーナビと同じ、事実のための道具だからさ。

「そしたら、社会における『カーナビ普及率』みたいなものが物差しになるんじゃないの? もちろんこれは喩えで言っているんだけど。」

--そういう、ツールの普及率だけに注目していてはダメなんだ。ツールの背後にあるものをみなくちゃ、本当のレベルは分からない。

「背後にあるものって、何よ?」

--このカーナビが動くためには何が必要か。これってどう働いているか知ってるかい? カーナビの基本はね、GPS=Global Positioning Systemといって、通信衛星をつかって自分の今いる場所を瞬時に計算する技術なんだ。これはもともと米国の軍事技術の応用だった。

「軍事技術がカーナビの背後霊だったわけね。」

--でも、それだけじゃない。もっと大事なものがある。それは、地図が完全に電子データ化されていることだ。地図のデータがなければ、自分がどこにいるか分かっても、道案内には何の役にも立たない。そうだろ?
 では、完全な地図のデータとはどうやってできるか? そのためには、まず自分の国の中がきちんと、小さな縮尺のレベルまで正確に測量されていなければならない。

「それって国土地理院とかがやっているんじゃないの?」

--そう。その点で日本はまあ合格だ。世界には、自国の詳細な測量ができていない国がじつはたくさんある。領土問題という障害もあるのかもしれないけれど、まず政府がそうしたことに意識をもつかどうかが問題だ。
 次に測量結果が電子化されているかどうか、そしてそれが一般に公開されているかどうかだ。

「一般に公開、ねえ。日本ってここらへんからあやしくなってくるのよね・・」

--日本では地形図データは完全に公開されている。しかし、まだ次がある。住居表示が正確で、地図上に表現されているかどうかだ。目的地の住所が地図上でマッピングできなければ、カーナビにはならない。

「そんなの当たり前じゃない。・・え? ・・・ちょっと待ってよ。」

--じつは日本では、都市部をのぞいては、『字』の表示のまま、町丁目の境界線が曖昧なところがたくさん残っている。そもそも、地番の付け方が都市部でさえずいぶんぐちゃぐちゃだ。宅配便のお兄さんから、近所の住所を聞かれたことはないかい? タクシーで、町の名前と丁目をいえば正確につれていってくれるだろうか?

「そうよね・・。えーと、欧米だとね、住所って通りに面してついているの。知っているでしょ? 何々通りの何番、という具合に。だから、タクシーに乗って正確な住所をいえば絶対間違わずにたどり着けるのよ。通りさえ分かれば、番号は着実に順番通りになっているから。日本って、丁目の中を区割りして行くから番号が分かりにくいのよねえ。」

--欧米が線のシステムだとしたら日本は面のシステムなんだろうね。

「だからね、外国からお客さんが来たときに困るのよ。タクシーで住所をいっても役に立たないから。東京のタクシーなんか、もうとっくの昔になくなっちゃっている旧町名で言わなきゃならなかったりして、いったい何なのよ、もう! って感じだわ。・・でも、何の話だった?」

--IT。

「・・IT、かあ。なんだかあなたの言いたいことが少し分かってきたような気がするわ。」

--カーナビという機械をいくらたくさん工場で作ってばらまいても、それだけじゃ事実認識の道具にはならないことがわかるだろ? 事実を認識するためには、事実の側に、認識しやすくするための仕組みが必要なんだ。番号をふり、定型化して、データに加工しやすくするための工夫。情報を公開し共有しようというモチベーション。対象を正確に観測する努力。それに計算機技術が相まって、はじめて意味のあるITになるのさ。

「なんだか批評される側から批評する側になって、急に強気になったわね。」

--そりゃどうも。でも、こういった消費者側のレベルを、単一の指標で計ることの難しさはわかっただろ? データの定型化が進んでいないせいでIT導入によけいお金がかかったとしても、それはレベルの高さではなくて低さをあらわしているんだ。ちょうど地盤が軟弱なところに建物を建てるようなもので、坪当たりの単価が高いからといって、ゴージャスで先進的な建物とは限らない、ってことさ。

「そうね。そういうことなら、でき上がった建物の広さや価値を比べるべきで、それにかかった費用を比べるべきじゃないわ。また費用と価値の議論になっちゃったけど。」

--まあITってには「目にみえない建物」だから、その価値の評価となると不動産鑑定士よりもなお難しい仕事になるだろうな。おまけにその建物たるや、建てたとたんに陳腐化がはじまって、ものすごいスピードで減価消却していかなきゃならない。へたをすりゃ「過消却」で古いIT資産はマイナスの資産価値になっちまう。つまり負債だ。ほんとに難しいね。

「それを国別に比べるとなると、なおさらね。」

--うん。日本はね、いろいろな大規模情報システムをかなり早くから作ってきてはいる。たとえば旧国鉄の座席予約システムなんて世界レベルでもすごいしろものだった。日本全体でシステム構築に投下した資産はかなりの量さ。だからITの大国だとは言ってもいい。しかし、世界が今、その進歩のスピードに舌を巻いているか? 否だね。大国ではあるがもはや先進国ではない。

「そういうことって政治家の人達はわかっているのかしら。」

--もちろんわかっていないだろ。そうか。君にそう言われてはじめて、日本のIT政策のどこが変なのか気がついたよ。ようするに今までの政策のほとんどは、IT産業対策、つまり「作る側」を助ける政策だったんだ。

「ふうん。でも、ありそうな話ね、日本なら。」

--まあ、30年前の、文字通りコンピュータ産業の幼年時代ならそれも意味はあっただろう。海の向こうにはIBMをはじめとする巨人たちがいて、それに日本市場を席捲されないように、国内のメーカーを助けて、しかもIBMの互換機路線をとらせた。一種の温室政策だね。まだひ弱な国内産業の芽を北風から守ろうというんだ。

「木が育ってたくさん実を結ぶようになったのに、あいかわらず温室政策の考え方がつづいたのね。」

--分岐増殖で新しい枝が生えて来ると、いちいちご丁寧に温室作ってかこったり、温室間で縄張争いしたり・・。あるところから先はね、君のいうように、消費者側をこんどは育てるべきだったろう。生産者側を保護して安価な商品を供給させるのではなく、消費者側を賢くして良い製品を選ばせるように仕向ければよかった。そうすれば競争原理が働いて、たぶん自動的に価格は下がって行く。

「でも、使う側を育てる政策ってどんなものかしら? 作る側なら、補助金で工場を立派にするとか、目にみえて分かりやすいでしょうけれど。」

--それはさ、うーん・・それはね。結局、人の問題になってしまう。工場をどうするかではなくて、人をどうするか。つまり文字通り、教育だね。

「そうなの? だったら、日本なんてアメリカ以上に教育レベルは高いんじゃないの?」

--はてね。むやみにアメリカを礼賛したくなんかないけど。でも日本のそれは、はたして事実を多面的客観的にアプローチする方法の教育だろうか? あるいは新しいパラダイムを産み出せるような独創性をそだてる教育だろうか? 情報の価値を認識できる、あるいは物事の進め方をシステマティックに分析できるような教育だろうか?
 正解の知識がどこか天から降ってきて、それをひたすら覚えるだけの、訓古学を試される科挙の制度みたいなものじゃなかったろうか。

「でも、あなたのいう、『システマティック』って何よ? システム・エンジニアならみんなシステム的に考えられるってわけ?」

--いえいえ、とんでもない。IT屋がみなシステム分析の方法論を身につけているなら、この国の産業はこんなに混沌状態になってはいないはずさ。ぼくのいうシステム分析の能力というのはね、人間系に対する洞察と、機械系の論理との間をバランスできる思考方法だ。いいかえれば、人間が必要な情報と、機械のあつかえるデータやロジックとの関係をうまく定義できる能力。

「なんだかかっこよく聞こえるけれど、抽象的だわ。そもそもシステムって言葉自体がよくわからないわよね。」

--『システム』という言葉はね、多義語なんだ。元々の意味は「系統」を意味していた。家系図みたいな系統だね。複数の構成員が集まって一つのファミリーをなす、という。

「それなら、英語でいえば太陽系だってsolar systemだわ。日本語で『ソーラー・システム』っていうと、なんだか屋根の上の太陽熱でお風呂を沸かす装置みたいに聞こえるけれど。」

--そうだね。そういう装置のことを指す場合もある。それから、「明朗会計システム」みたいに、手順や方式を表すときもある。でも、もう少し一般化していうと、複数の要素同士が機能を持ちながら有機的に連携して、全体としてある目的を達成する仕組みのことをシステムいう。

「だから太陽熱湯沸かし器は立派なシステムである、と。そうなの?」

--まあね。でも、その中に情報と判断の仕組みが入っているかどうかが大きな分かれ目だ。湯沸かし器にはたぶんそれはない。このカーナビにはそれがある。

「コンピュータが入っているかって事?」

--端的にはね。でも、別にデジタルでなくアナログの計装制御みたいなものでもいいのさ。湯沸かし器に温度計がついていて、それでポンプの駆動や弁の開閉をコントロールしてお湯の温度を一定に保っているのなら、それも立派な情報と判断の仕組みだ。初歩的だけどね。とにかく、情報と判断が入るような系は、だんだんシステム・エンジニアの仕事の対象になっていく。そして日本人は、こういう目的の明確な道具を作る、ハードウェアの設計はとてもうまい。

「あれ? 日本人はシステム作りの能力が低いという話じゃなかったの?」

--そうだよ。ところでさ、「会社」ってのはシステムだと思う?

「ええっ? さあー。いろいろな部署が機能を分担しながら一緒に仕事をしていくんだから、システムなんじゃない?」

--目的は何さ?

「そりゃ、民間企業ならお金儲けでしょ?」

--そうだね、最終的には。つまり、営利企業というのは、人間達と、工場などの機械・設備などが一体になって、ある目的を果たそうと機能しているわけだ。その中にはとうぜん情報の流れと判断がある。ね? 社長とかはその判断のためにいる。
 ところで、この人間系も含んだシステム、いや人間系を中心としたシステム、これを設計するのはむずかしい。人間と機械と両方を知らなければならないからだ。むしろ人間の方をより知っている必要がある。人間の持つ論理、性質、感情、ルール、コミュニケーション・・こうしたものを深く理解していなければ、企業の仕組み、ビジネスのプロセスをエンジニアリングすることなんておぼつかない。
 こういう仕事のできる人のことをシステム・アナリストという。

「アナリスト・・分析家ってわけ? 精神分析家みたいな?」

--分析だけでなく処方箋を書けなけりゃいけない。企業の持つ目的だとか、それを実現するための戦略とかに沿った形で、情報システムの機能要件を決めていく。そして人間系における仕事の流れを同時に提案していく。
 残念ながら日本ではこのシステム・アナリストが足りない。そもそもシステム・アナリストという言葉がほとんど知られていないのが、日本の現状ではある。

「わたしも初めてきいたもん。それってあなた一人の勝手な言葉づかいじゃないの?」

--システム・アナリストという言葉は確立した用語さ。まあ肩書きはどうであれ、本来はどの組織にも、アナリストの職能を持った人間がいなくてはいけない。そうでなければ、その組織には自分の仕事を改良する能力がない、ということだからね。

「そういう職種って、プログラマーの人がなるの?」

--全然ちがいます。それはものすごく広くはびこっている誤解だ。プログラマーはコンピュータの内部の仕組みを考えるのが商売。コンピュータが好きで、そういう職人仕事に適した人がなる。システム・エンジニアは情報システムの設計が商売で、これもどちらかというと計算機の方に顔が向いている。
 ところがシステム・アナリストは人間の方に顔を向けなければいけない。コンピュータが好きで、コンピュータの論理しか知らない人間はアナリストには向かないんだ。

「コンピュータが好きな人しかIT屋さんはつとまらないかと思っていたわ。」

--これまで日本ではしばしば、プログラマー→システム・エンジニア→システム・アナリストという風にキャリアを積んで年功序列で出世するもんだと皆が思っていた。でも、こんな奇妙な進化論があるだろうか。プログラマはいわば腕のいい大工さ。でも大工が仕事を続けていれば建築士になるだろうか。

「じゃ、アナリスト、つまり一級建築士の方が、大工さんのプログラマーより偉いと言いたいの?」

--偉いとか高級だとか、そんなこといってるんじゃないよ! まちがえないでほしい。アメリカでは下手なアナリストより高給取りのプログラマーは珍しくない。職種が違うといってるんだ。だから必要な教育も資質も違う。

「ふうん。IT屋さんにも、そんなにいろんな職種があるんだ。」

--その認識が足りないために最近よくある喜劇はね、企業が情報部門を分社化してITエンジニアを全員子会社か何かに追い出してしまうんだ。アナリストも含めてね。ところが、しばらく経つと、自社内の仕事の合理化を検討するためにアナリスト的な人がまた生まれてくる。それが目に付きはじめると、また人員削減と称して、またアナリストを追い出す羽目になる。これをいつまでも繰り返す。ほんとは喜劇だか悲劇だか分からないけどね。
 今どき情報システムなしに組織なんて成り立たないんだから、社内アナリストも必要なのさ。それなのにプログラマーと同一視して外から雇えばいいと思っているんだ。ちょっと話がそれたけど。

「ねえ、そういうアナリストになる人はやっぱり理科系出身なの?」

--文系理系は関係ない。人間系の洞察が一番のスキルだからね。そもそも、入試の時の得意科目で人間を二種類に分けたって意味ないじゃないか。ようは問題をマクロにとらえる能力、部分と全体の関係を理解する能力があるかどうかだ。人間様の情報を、機械のロジックとデータにどうモデル化できるか、そのセンスが問題なんだ。

「データのモデル・・それって、あなたがさっきのインターチェンジでえんえん説明してくれたことでしょう? 結局なんだかよく分からなかったけれど、とっても乱暴な単純化だってことだけは感じたわ。」

--乱暴といわずに“割り切り”といってほしいね。

「いいわよ、割り切りでも。でもね、ああいうアングロサクソン的な割り切りで、切り捨てられてしまうものが情報にはあまりにも多くないかしら? あなたはITが西洋哲学の子どもだ、って威張っていたけれど、あんなイデアとか唯名論みたいな物差しで日本を測ったら、遅れて見えるのは当然だわ。
 あなたは定型化がとってもお好みのようだけど、わたしは携帯の親指メールでコミュニケーションをとるのも立派なITだと思う。それとか、TVゲームとか。」

--たしかに、ゲーム機のハードとソフトだけは、日本が世界でもっとも先進的といってもいい唯一の分野ではあるな。でもまあ、我々の長所は長所としておいてだね、あちらの良い点も学ばなきゃ。

「それじゃダメなのよ! そうやって長所はおいて短所を補い、万遍なく点を取って秀才になろうとするから、日本人ていつもお利口なお馬鹿さんになっていくのよ。」

--おやおや、だったらどうしろと言うんだ。親指の訓練でもしろってか!?

「人と違っていたらね、その違いを伸ばすのよ。日本が西洋と違っていたら、そのちがう点を育てなきゃ。そうでなかったら、どうして個性が伸びるのよ? 個性と個性がぶつかって、磨きあってこそ、あなたのほしがる『独創性』が初めて手にはいるのじゃないかしら。」

(c) 2002, Tomoichi Sato
              (この話の登場人物はすべて架空のものです)