--サイズ分析にみるIT産業の生態学-- (2002/06/23 発信)

しばらく彼女は黙っていた。

--どうしたの? もう質問は終わりかい?

「考えていたのよ。たしかもう15問したから、20の扉もあと5つしか残っていないわ。それなのにまだITって何なのか、よくわからないんだもの。」

--まだ5つも残っている、とも言えるな。

「あなたって楽天家ねえ、まあいいけど。今までに、まずデータと情報の違いの話を聞いたでしょ? それから、データのデザインのなんだかややこしい話。で、情報の価値の話になったのよねえ。値段と価値は違うってこと。それから情報システムの価値はどうきまるかって話・・ううん、そうじゃなくて、どう決まらないか、って話だったわ。」

--ぼくとしては一貫して、ITには目に見えない価値がある、って説明してきたつもりだけれどな。人間は情報に価値を見いだす。ところで情報を機械でうまくハンドリングするためにはデータに換えなけりゃならない。データを処理するためのツールとしてITがある。だからITの価値を認めてほしい。とても理屈がとおっているだろう?

「その筋道のどこかに、なんだか欠けているところがあるのよ。すりかえっていうか・・。あなたはITをお仕事にしているから、なんとか自分の仕事に価値を認めてもらいたくて一生懸命みたいだけれど。」

--誰だって自分の仕事にはとうぜん価値を認めてもらいたいだろう! 仕事っていわば自我の延長なんだから。ぼくは自分の仕事に誇りを持っていますよ。君だってそうだろ、翻訳の仕事は横のものを縦にするだけじゃない、って日頃から言ってるじゃないか。

「でも、価値ってとても主観的なものじゃないかしら。」

--主観的。そうかもしれないけど、それじゃ一銭も稼げないじゃないか。ぼくとしてはお金に換算してもらいたいね。システムを作って、ある人は百万円の価値があるといい、ある人は一円の価値もないという。それじゃ商売にならないよ。ぼくとしては、百万円なのか80万円なのか、という議論に持っていってもらいたいんだ。

「価値あるすべてのものがお金で買えるとは限らないわ。」

--あのね。そりゃそうだけど、愛や友情はお金では買えないわ、とか、一人の命の価値は地球よりも重たいわ、とかいった議論を今さらぼくらはしなきゃいけないんだろうか。保険会社は命の価値さえ値段表にしてしまう。それが資本主義ってものだろう? ITだって立派な産業なんだから、お金で計らせていただきたいもんだ。

「産業・・そうね、ITは巨大産業だわ。たしかまだ工場制手工業の時代だっていう話だったけれど、どうやって巨大になったのかしら。ITビジネスの成長のパターンってどんな風になっているの? これがわかるとITの性格が見えてくるかもしれない。」

・IT業界のスケールアップ(ジップの法則)

--うーん。それってけっこう難しい質問だと思う。君への答えに直接なっているかどうか分からないけれど、IT企業の大きさの分布については、ぼくなりに最近調べてみたんだ。大企業と小企業に二極分化していないかどうか、まだ成長の余地があるのかどうか知りたくてね。

「会社の大きさの話なの? まあたしかに、ITって巨大企業もいるわりに小さな会社もいっぱいあるみたいね。ふつう、大企業独占か中小零細企業だらけか、どっちかになりそうなものだけれど。」

--ところで、まずね、この世のたいていの偏った分布の形は、“ジップの法則”で説明できるといわれている。

「なんなの、薮から棒に。数学の話?」

--いや、大企業と中小企業の話なんだけれどね。どの大企業だって最初は中小企業から出発したわけだろ?

「NTTやJRみたいに、東西に分割されても大企業からはじまる、ってあるわよ。」

--ま、例外は認めよう。しかしほとんどの会社は小さな規模からはじまって、しだいに成長してくる。もちろん成長し損なって消滅してしまうものとか、合併吸収されてなくなってしまうものもある。でも、基本的には、中小規模のものの数はやたら多くて、大きくなればなるほどその数は減っていく。
 つまりね、これは一種の生態学の問題なんだ。生き物の数と大きさに関する分布の学問がつかえる。
 
「そうなの? 統計学じゃなくて?」

--ふつうの統計学って、こういうときにはちょっと不便な学問なのさ。基本的にガウス分布という分布型しかない。

「ガウス分布。昔きいたことあったかもしれないけど忘れちゃった。」

--正規分布ともいう。多数のサンプルをとって値を測ってみると、平均値のまわりにだいたいきれいに分散している、というのが正規分布だ。ヒストグラムを描いてみると、中央に平均値があって、その左右に対称にきれいな釣りがね型の分布型をえがく。たとえば人間の身長なんてそんなパターンに従う。

「だったらそれを使えばいいじゃない」

--そうはいかないんだ。会社にはある平均的な大きさがあって、個別の会社はその上下にばらつく、という風だったら、世の中は中企業ばっかりが多くて大企業も小企業もすくない、ってことになるはずだろ? ところがそうはなっていないんだ。世の中は中小・零細ほど数が多くて、大企業は指折り数えるほどしかない、というケースがほとんどさ。

「そういえばそうね。」

--だから、経済的市場における企業の成長パターンの分析には、ふつうの統計学は使えないんだ。

「そこでいきなり生物学のお出まし、って訳なの? 飛躍しすぎてない?」

--生物学じゃなくて生態学。生物学は個々の生物を研究する学問だけれど、生態学は生物の集団のあり方や、それをとりまく環境との相互作用を研究する学問で、もとは生物学から発したけれども、ある意味ではもう少し広い対象を相手にしている。
 企業ってのも、生き物の集団に似ているところがある。だから生態学の知恵を応用するとうまく現象を説明できるときがある。
 
「すっごい無茶に聞こえるけれど・・たとえば?」

--生態学ではよく、地域の中における生物集団の数が問題になる。自然を構成する植物や動物の種は、地域や気候によりさまざまだけれど、『生物の種とそれに属する個体数の頻度分布』という次元に抽象化すると、そこにはある程度の傾向が見えてくる。手っ取り早く言えば、“大多数の個体は、少数の種に集中する”という傾向だ。

「もう一度言ってくれない?」

--例えば、ある島に二十種類の鳥類が、合計1000個体確認されたとする。するとおそらく、せいぜい二、三種類の鳥が全「人口」の半分以上を占めているだろう。これがその島の『代表的な鳥類』になる。

「はーん、それであとは少数民族になるのね。分かる感じ。」

--他の別の島では別種の代表的鳥類が生息しているかもしれないが、個体の大多数が特定の少数の種に集中する現象には変わりがない。そして、個体数のヒストグラムの形が、正規分布のような対称形になることはまずあり得ない。それはどの種もほぼ同じくらいの数が同居しているということだからね。
 ところで生態学の教えるところによれば、競争と協調の下での種の個体数分布には、三種類の原型的パターンがあるとされている。
 
「どんな?」

・独立モデル・分岐増殖モデル・弱肉強食モデル

--第一の原型は独立型モデルといわれる。
 このモデルでは個体はそれぞれ、他と独立で全く無関係である、と仮定する。いいかえれば「無構造」という構造だ。一定面積の流域の中にいランダムに個体をばらまくと、その中に存在する個体数の頻度分布は、Poisson分布という分布形に従う。この分布形は平均値を大きくなると数学的には正規分布の形に近づいていく。

「なんだか頭が痛くなりそう・・」

--これは一種の数学的な純粋論だから、忘れてもいいよ。
 しかし普通生物の生息密度が上がると個体間の相互作用が無視できなくなり、現実には別の分布形に近づいていく。それが分岐増殖モデルと弱肉強食モデルだ。

「分岐増殖モデル?」

--分岐増殖モデルは『コロニー』の考え方が基本にある。今ある地域いくつか生物のコロニーがあり、それ自体は一定の増殖率(ε)で個体数が、増えていく。その一方で同時にコロニーからは時々個体が独立して飛び出し、新しいコロニーの元となる。新しいコロニーの出現する確率は、現在のコロニーの数に比例する(比例乗数μ)。

「コロニーを“会社”だと思えばいいわけ?」

--その通りです。会社自体は一定のスピードで、成長して大きくなっていくが、それと同時に、会社からスピンアウトして、新しい会社を作るやつらが出てくる。その確率は、現在存在している会社の数に比例する、と。

「ははあ。ちょっぴり話がつながってきたわね。分岐して増殖するのね。」

--こういう仮定をおくと、コロニーの大きさ(個体数)xは、それを大きさの順に並べたときの順位kにたいして、

    -(ε/μ)
 x∝k

という関係式が成り立つ。つまり、順位kの(ε/μ)乗に反比例するということになる。

「なんだかちんぷんかんぷん。」

--べつに数式は理解できなくてもいい。大事なことは、大きさの順位表をつくってみると、順位と大きさとの間にきれいな数値的関係が見いだせるってことだ。
 この関係を初めて生態系の中に発見し、その理由を数学的に示したのは、Yuleという学者で、1920年代のことだった。けれど、40年代になってジップという経済学者が、個人の所得分布やいろいろな言語の中の単語の使用頻度分布など、情報と人間行動に関連した分野で、かなり広範に見られることを発見して以来、『ジップの法則』と呼ばれるようになった。
 
「ふうん・・。でも、三つのモデルといったなら、もう一つあるはずよね?」

--三番目は弱肉強食モデルです。このモデルは、もっとはっきりと生存競争が行われる場合を仮定している。いまn種の生物がいて、それが生息場所をめぐって争うとする。この生息場所のことを生態学ではニッチ、という。

「『ニッチ』って、すき間市場を指すマーケティングの言葉じゃなかったの?」

--いまはそっちで有名になっちゃったけど、もとは生態学の概念なのさ。ところで、生物種の間には強弱関係が明確にやって、弱者は強者に会うとそこで消されてしまうと考える。

「まあ。そうしたら一番強いものだけが生き残るの?」

--もしも全体の領域が狭ければそうなる。けれど、ある程度広ければ弱者も生き延びる場所を見つける幸運に恵まれるだろう。この時、個体数分布は、

      -r
  x=bk

となる。
 たとえば湖の底棲動物などはこのパターンに従うことが知られている。

・IT産業界の構造

「なんだかため息が出てきちゃった。長々とご説明いただいたけれど、だから結局何なのよ?って感じ。話の筋道が見えないんですけれど。」

--これからが本題さ。
 ここで、IT業界の企業ランキングを調べてみる。2000年度の情報サービス業のランキングで上位20傑を選び出して、横軸に順位を、縦軸に売上高をプロットしてみたんだ。ちょっとそこの書類鞄あけてみてくれる? うん、その一番上にあるやつ・・つまり、こういうものだ。

<図15-1 情報サービス企業の売上規模と順位の関係>

「なにこれ・・変なグラフねえ。横軸が1から始まってるのに、その次の目盛りが2じゃなくて10になってる。そのつぎが100だわ。縦軸もなんだか10倍刻みね。だいいち、これって横軸にゼロがないじゃない?」

--こういうのを両対数グラフというんだ。まあ、あまり理科系で実験をやる人以外は使わないだろうけど、ふつうのグラフ用紙とちがって、縦軸横軸の両側の目盛りが、対数刻みになっている。

「た、対数? 高校の時にやった悪夢みたいなやつね。」

--悪夢って言うけれどね、君のピアノなんて実は対数を弾いているようなものなんだぜ・・まあ、それはともかく。こういうグラフは、文字通りけた違いに大きさの違う数の間の関係を分析するために使うんだ。なれてしまえば特別難しくはない。

「そうかしらぁ。」

--0,10,20・・といった普通の目盛りのグラフ用紙を使っていると、1より小さな数は0.5も0.01もみんな似たように見えてしまう。そしたら、ほんの一握りの大企業に比べて、圧倒的な数の中小企業が存在するような状況下では、ほとんどの点が団子みたいに固まってしまうだろう?
 ところが順位kと大きさxの対数をそれぞれ縦軸と横軸にとって、点をプロットしていくと、分岐増殖モデルに従うような生態系では、きれいな直線の上に乗っていく。それがさっきのジップの法則の関係式が示していたことなんだ。グラフを見ると20個の点がほぼ直線に乗っていることが分かるだろう?

「嘘よ、全然ばらばらだわ。あなたどういう目をしているの?」

--これはすごくマクロな社会現象を分析しているんだから、これでも十分、線に乗っているといっていいと思う。

「わかったわ。じゃ、ガチャ目になってあげる。」

--恐縮です。で、そのグラフはまさに、日本のIT産業が分岐増殖型のモデルで説明できることを示してると考えられる。

「それってどういうこと・・まさか会社が鳥のコロニーと同じ風にできている、って冗談みたいな話なの?」

--まさにその冗談みたいな話なのさ。

「それで会社員はみんなトリ頭の烏合の衆なのね。よく分かったわ。でもここにどういう教訓があるのかしら? そもそも、ガチャ目に直線に見えるような偶然が2000年はたまたま起こっただけかもしれないじゃない。」

--そう思ってね、12年前の1988年を調べてみたんだ。ちょうどPCがほんとに企業に普及しはじめたころさ。ところがこいつも立派な直線に乗っている。ぼくはこれは偶然じゃないと思う。

「偶然じゃなければどういう必然なの?」

--まさに分岐と増殖のルールに従ってIT企業は発展してきていると言うことさ。企業は成長しながら、そのサイズに比例してスピンアウトの種を作ってきている。企業内だと協調関係だけれど、別企業になれば競争関係だ。その相乗作用がIT産業の活力を生み出しているんじゃないのかな。

「本当かしら・・ねえ、この1位の企業って、どこ?」

--NTTデータだよ、たしか。

「だったらそんな法則なんて嘘に決まっているじゃない! NTTデータって電電公社から別れて出来た、最初からの大企業でしょ?」

--それだってね、NTTの中にいたときに最初から大きかったわけではない。ITという異質な仕事をやる部門は電話会社の中ですこしずつ成長していったはずなんだ。会社の看板がつけかわったのは結果さ。

「他の国でもこうなのかしら?」

--まだ調べていない。でも大企業から中小零細までなだらかに共存しているという意味では、大きくはちがわないと思う。

「なだらかに共存、ってどういうことよ? 資本主義の大企業って、中小や零細企業の中間搾取で生きているんじゃないの?」

--たしかにIT産業にも下請けや搾取の構造がある。大きい企業の方が『お布施の原理』でいい仕事をとりやすいのもたしかさ。だから調べるまでは二極分化しているだろうと思っていたんだ。でも、そうではないことがわかった。これはね、弱肉強食型のモデルが当てはまる別の業界があって、そこと比べると明らかだった。

「どこのこと?」

--建設業界さ。建設業界で同じく順位と規模のグラフを作ってみると、両対数では全然直線にならない。しかし、片対数用紙にプロットすれば直線にのる。ほら、これをみてごらん。

<図15-2 建設業における企業の売上規模と順位の関係>

「いろんなグラフ用紙があるのねえ・・。」

--これは目盛りの縦軸だけが対数軸になっていて、横軸は普通の目盛りの刻みになっているものさ。片対数のグラフを書いて直線に乗ると言うことは、さっき説明した弱肉強食型の数式がフィットすることを意味するんだ。

「つまり、建設業って、小さいところは絶対に大企業と競争しても勝てないってことなの?」

--日本では、何故かそういう仕組みらしい。おまけに、このグラフの面白いところは、上位5社とそれ以下の15社では別の直線に乗っていることだ。つまり上位ゼネコン5社が圧倒的に強くて、それ以下は『中堅ゼネコン』になってしまうらしんだね。不思議な階級社会といえるだろう。
 さっきから説明しているとおり、IT作りはどこか建築によく似ている。しかし、産業の構造を見る限り、両者には明らかな違いがある。片方は分岐増殖型で、片方は弱肉強食型のモデルになっている。

「でもね、もしあなたのご説が正しいとすると、ITでも強い方がたいてい勝つんだから『弱肉強食モデル』の世界になるはずじゃない? なんで『分岐増殖型』なのよ?」

--それはね、市場全体が成長しているからさ。大企業と小企業が既存のパイを競争で取り合うのではなく、小企業は新しいジャンルの市場を生むことで、全体のパイが膨らんで行く。だから中小企業でも成長していけるんだ。

「市場が成長しなくなったら、弱肉強食型に移行していくの?」

--可能性はあるだろうね。建設業界なんか典型的な成熟市場だ。毎年のパイの大きさは景気にもよるだろうけれど、限られている。そこを取り合うんだから、どうしても大企業の方が有利になる。
 IT産業だってね、もう少しミクロに市場のセグメントをながめてみると、そういう傾向がつかめるかもしれない。たとえばPC本体の市場とかね。でも、全体で言うと新しいセグメントが次々に生まれていて、それにシフトすることで成長がうながされていると思う。

「あなたの分岐増殖型では、吸収とか合併はどうなるのよ。」

--たしかにそれはモデルに組み込まれていない。アメリカお得意の吸収や合併は、どちらかというと淘汰選別の仕組みだよね。だから、分岐増殖型が成熟期に入って弱肉強食に移りつつある時期の証拠なのかもしれないね。

(c) 2002, Tomoichi Sato
              (この話の登場人物はすべて架空のものです)